第80話 祝勝会
「お、今日の主役じゃんか」
魔法訓練場には、もうすでにみんなが集まっていた。私に気づいたノーランがこっちに向かって手を振ってくれる。
ナタリー以外のみんなも集まっているようだった。
「ガレンもセシルも傷のほうは大丈夫ですの?」
少し照れくさそうにセシルが答える。
「うん、大丈夫。これもナディア先生のおかげなのかな」
そういって明るく笑って見せるセシルの顔からは傷跡すら残っていない。
「私も無事ですよ」
「アリシア!!」
「さっきの、あの、モンスターに吹き飛ばされたときはとっても痛かったですけど、ぜーんぶ元通りです」
そう言ってその場でくるんと回って見せた。
「いやー、あの時のセシルとアリシアかっこよかったよなぁ。あんなにおっかない姿になったのにいきなり突っ込んでいったりしてさ」
「そういうノーランさんだっていつの間にあんなに強くなったんですか?」
アリシアも嬉しそうにしている。
ほかの生徒たちも思い思いにくつろぎながら談笑していた。それでもやはり疲労を隠しきることはできず、何人かは船をこぎだしているようだった。
「お、みんな集まってる……っていうかすごいなお前たち。まだ元気あるのか……」
少し遅れてセオドア先生がやってきた。
「へっへー、あんなすっげーこわい敵を乗り切ったんですよ?やっぱりみんなで楽しみたいじゃないっすか」
ノーランの言葉にうんうんとみんなが頷く。
「そういえばナディア先生とお父様はどうしたんですの?」
「私もナディア先生にお礼を言いたいです」
「レヴィアナ、アリシア……。まぁ、まずはせっかく料理人さんたちが作ってくれたから料理を食べてしまおう。みんなもお腹すいただろ?」
セオドア先生は少しだけ沈黙をし、それから明るく声を上げた。
その合図とともに魔法訓練場にたくさんの料理が次々と運び込まれてくる。シルフィード広場の腕利きの料理人に依頼したと言っていた通り、見知った人も見えた。今となってはお気に入りになったクラウドベリーサイダーの露店のおじちゃんも来ていた。
「いっただきまーす!」
魔法訓練場にみんなの明るい声が響き渡る。
その日の料理はとてもおいしかった。まさに勝利の晩餐にふさわしいものだったと思う。
私たちは大いに盛り上がり、たくさん食べて騒いだ。
「それにしてもすごかったわねー、あの戦い!」
「ほんとほんと。あの頭に響く声…あれとっても怖かった…」
「でもあれに勝っちゃうなんて私たちなんだか無敵な感じしない!?」
生徒たちも口々に賞賛しあっている。それを聞いてセオドア先生も嬉しそうだった。
ただ、いくら勝利の宴といってもあれだけのことがあった後ということもあり、だんだんと口数が減っていき、少しずつ疲れ切った様子ですぐに自室へと戻っていった。
「ふぁあ……」
私も生あくびがすこしずつ出始めてきた。でも、これだけ騒いでもまだナディア先生とお父様は魔法訓練場に顔を出さなかった。
うすうすではあるが何となく理解してしまった。少しだけ迷ってからセオドア先生に口にした。
「ナディア先生は……もう来られないんですか?」
セオドア先生は少しだけ悲しそうな顔をして、それから首を縦に動かした。
***
「どこから話そうかな……。昔俺が星辰警団の団長をやっていたってことは……みんな知っているんだっけ」
半数以上がいなくなり、静かになった魔法訓練場にセオドア先生の声が響いた。
ごく一部の知っているものはうなずき、知らないものはそれぞれ顔を見合わせ驚いている。
「だいぶ昔の話だけどな。それで、俺たちはモンスターと対峙して……全滅しかけた」
「星辰警団が全滅?」
「あの最強の戦闘集団が?」
どんな話が始まるのかと楽しみにしていた生徒たちも顔を見合わせる。
「今日のテンペストゥス・ノクテム……みたいな……ですか?」
「テンペストゥス・ノクテムよりも多分ずっと強かった。ま、どっちも俺は全く歯が立たなかったから正確なところはわからないけどな」
そう言って乾いたセオドア先生は笑い声を上げた。
「でも途方もない化け物だった」
「そのモンスターの名前は何というんですの?」
「ーーーーマルドゥク・リヴェラム」
口に出すのも忌々しいといった感じでセオドア先生は吐き捨てるようにその名前を告げた。
みんながざわつく。もちろんそれは私も同じだ。
マルドゥク・リヴェラムと言えばかつてこの大陸を滅ぼしかけたとされる伝説の魔神。原作のゲームには出てこない、でも、この世界では授業中に何度も耳にした名前だ。
「本当に実在したんですか?」
誰かが声を上げる。私も設定上のおとぎ話のようなものだと思っていた。それほどマルドゥク・リヴェラムという存在はどの書籍にも絶対に触れるべきではない禁忌の存在として記載されている。
「あぁ、確かにあいつはそう名乗った」
自嘲気味に笑って見せる。しかしすぐに真顔になり、話を続ける。
「あいつは突然現れたんだ。そして瞬く間に多くの都市や街を破壊した。人々はなす術もなく蹂躙され、そして死んでいったんだ。あいつの通った後には草一本残らないと言われていた」
誰も言葉を発しなかった。あまりに現実離れした話に、言葉を発することすら憚られるような雰囲気に包まれていた。
「そんな中、俺と俺の仲間たちは決死の覚悟で戦いを挑んだ。星辰警団だったからな。それなりに自信もあった。しかし、俺たちはあらゆる手段を使っても手も足も出なかった」
そこでいったん話を区切る。
「ところで、お前たち何で三賢者が選ばれたか知っているか?」
誰も答えることができず、お互いの顔を見合わせる。
「もしかして……マルドゥク・リヴェラムと闘ったのが……?」
「そう、三賢者だ」
みな息を飲む。
「それで……どうなったんですか……?」
恐る恐るといった様子で誰かが尋ねる。
「追い詰められた俺たち星辰警団の前に現れたのがナディア・サンブリンク、アルドリック・ヴォルトハイム、アイザリウム・グレイシャルセージの3人だった。当時はこの世界を冒険している最中だったそうだ」
さっきのナディア先生とお父様の雰囲気からただの知り合い以上の関係だとは思っていたけど、そんな過去があったなんて知らなかった。
「……マルドゥク・リヴェラムと3人の戦いはそれは本当にすさまじいものだった。世界が壊れてしまうのではないかと思ったくらいだよ」
先生が当時を思い出しているのか遠い目をして語る。その表情にはどこか悲壮感が漂っているように見えた。
「はじめは優勢だった3人だったが徐々にマルドゥク・リヴェラムに押されていった。やがて追い詰められた3人は最後の賭けに出た」
ごくりと唾をのみこむ音が聞こえる。私のものだったかもしれない。全員が固唾を呑んで次の言葉を待っているようだった。
「アルドリックさんは自分のマナのすべてをつぎ込み、アイザリウムさんがそのサポートをして……すごかったなぁ……」
きっとさっきのナディア先生と、テンペストゥス・ノクテムの現実離れした戦いが繰り広げられたんだと思う。
「そして限界まで追い詰め……ナディア先生はマルドゥク・リヴェラムを封印した。そうして世界は再び平和になった。その功績をたたえみんなは三賢者と呼ぶようになったんだ」
そこまで話して、ふうっと大きく息を吐く。私たちも併せて息を吐いた。
いつの間にか辺りはすっかり静まり返っていた。
でもそれならセオドア先生がこんな風にしみじみと話すのはおかしい。もっと喜んでいいはずだ。皆もそれを察してセオドア先生の次の一言を待つ。
「そう、でも全部が全部ハッピーエンドというわけじゃなかった。マナを一度すべて吐き出し切ったアルドリックさんは魔力が著しく減退したと聞く。アイザリウムさんも何らかの後遺症が残ったと聞いた。そしてナディア先生は……自らの魂を使ってこの地にマルドゥク・リヴェラムを封印したんだ」
「自らの魂を使ってって……どういうことですか……?それにこの地って……?」
アリシアが不安そうに声を上げる。
「そう、マルドゥク・リヴェラムはこの学園の地下に封印されている。そしてナディア先生はこの地を離れられなくなった。そういった契約で封印魔法の威力を底上げしたそうだ」
「ひっ……!?」
誰かが短い悲鳴を上げて立ち上がった。
私も悲鳴こそあげなかったもののあまりのことに絶句してしまった。
そんな様子を見てセオドア先生は優しく声をかける。
「きちんと封印されてるから大丈夫だよ。それにさっきナディア先生から聞いた通り封印は破られることは無い」
それを聞いてみなほっと胸を撫でおろす。
「戦いが終わって、この地に学校を作ったのは三賢者だ。もし次に強大なモンスターが出ても戦えるようにと。そして俺も自分の無力さを痛感して星辰警団を抜けてここの先生になった。命の恩人に少しでも協力したかったってのも理由の一つかな」
そう言って照れくさそうに笑った。
「―――だから……、だからセオドア先生はナディア先生をモンスターの森に連れていくのをあれだけ反対されていたんですね……」
私は呟くように質問する。
きっとさっきの衰弱は魔法の使い過ぎではなく、封印の契約を捻じ曲げてここから離れたことに拠る……。
「レヴィアナのせいじゃないよ。きっとレヴィアナが言わなくても生徒たちがあんなことになっていたらきっとナディア先生はきっと同じようにしていた。あらかじめ準備できた事にお礼を言うことはあっても責められるようなことじゃないよ」
「でも……ナディア先生は…もう……」
「あぁ。学校に着くころには完全に息を引き取っていたよ」
そう言って寂しそうに笑う。
「責められるべきは俺だな。俺が不甲斐ないばかりに死なせてしまった。こうならないように、先生になって、こういったときに戦えるように……してたはずなのに……」
そう言うと唇を噛み締め、拳を強く握りしめる。爪が食い込んで血が滴り落ちるほど強く握られている。
誰も何も言えなかった。いや、言えるはずがなかった。
それからしばらくの間、沈黙が続いた。
「すまんすまん。せっかくの祝勝会なのに暗くしてしまったな」
気まずい雰囲気を振り払うかのように明るい口調でセオドア先生が言う。
―――きっとセオドア先生はナディア先生の事が好きだったんだ。
そして少なからずナディア先生もセオドア先生の事をそう思っていたはずだ。なんとなくそう思った。
でもナディア先生は死んでしまった。このままもし24時を過ぎてしまったら―――。
「……さて、だいぶ遅くなってしまったな!みんなも今日は本当にお疲れ様。片付けはいいから早く寮に戻って明日に備えて休むとしよう!」
ダメだ。ここで解散しちゃ絶対ダメだ。そんなの悲しすぎる。少しでも、少しでも何か……
「セオドア先生?せっかくの機会です。ナディア先生についてもっと教えてもらえませんか?」
意を決して先生にお願いをする。これでどうなるかもわからない。なんの効果もないかもしれない。それでもこれくらいしか私にできることは無かった。
「でもみんな―――」
「私だけでもいいです。聞かせて下さい。私が満足するまでここから帰しません」
「ふっ、わかったよ。こんな機会でもないと話すこともないしな。そうだな……どこから話したものか……」
そうしてセオドア先生はぽつりぽつりと話し出す。
――どれくらい時間が経っただろうか。
セオドア先生は全てを話してくれた。
ナディア先生との思い出、このセレスティアル・アカデミーを一緒に立ち上げてからの苦労話。
セレスティアル・アカデミーの立ち上げに私のお父様も立ち会っていたなんて知らなかった。
そしてナディア先生と一緒に過ごした日々、そしてナディア先生の最期まで。
その一つ一つを丁寧に語ってくれた。
時折言葉に詰まりながらも、決して涙を見せなかった。
その姿からは、ナディア先生の事を大切に思っていたことが痛いほど伝わってきた。
ふと横を見ると、涙を流している生徒もいた。
みなそれぞれ思うことがあるのだろう。嗚咽をこらえながら泣いている子もいた。
時間を忘れて聞き入っていた。
「―――っと……もうこんな時間か」
気が付くと時計は深夜0時まであと30秒程度に迫っていた。
この一言を聞くのが怖かった。なんて返されるのか。もし知らないと言われたらどうしていいかわからない。それでも私は深夜0時を過ぎてから深呼吸してから聞いた。
「セオドア先生は、ナディア先生の事が好きだったんですね」
「好きだった……?」
――――――ダメだった……?
心臓が早鐘を打つ。全身が脈打つように鼓動しているのがわかる。まるで自分の心臓じゃないみたい。
私は今どんな顔をしているんだろう?わからない。もしかしたらひどい顔をしてるかもしれない。
そんなことを考えているうちに、セオドア先生は口を開く。
「……好きだったじゃないな。俺は、そうだな、今でもナディア先生の事が大好きだし、きっとこれからもずっと大好きだと思う」
その言葉を聞いた瞬間もう我慢できなかった。涙があふれて止まらなかった。
嬉しくて、悲しくて、切なくて、いろんな感情がごちゃ混ぜになって、ただただ涙があふれて、どうしていいかわからずそのままセオドア先生に抱き着いた。
「ちょっ……おいおいどうしたんだ?」
「よかった……よかったよぉ……」
泣きながら、ただ、良かった、としか言えなかった。
セオドア先生は少し困ったような表情をしていたが、優しく頭をなでてくれた。
本当に良かった。ナディア先生が三賢者だったから?それともセオドア先生の思いが強かったから?こうしてずっと話していたから?
本当にセオドア先生の中からナディア先生が消えなくてよかった。
全部何もわからないけど、それでもこうして今日がちゃんとつながったことがただただうれしかった。
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