第77話 絶望の嵐
(生きてる……?)
セオドアは自分の体が動くことを確認する。
(いったい何が起きた……?)
辺りを見回すと、生徒たちはみな力なく倒れ込んでいた。気を失っているものもいるようだ。
「うぐっ……けふっ……」
口から血の塊を吐き出す。内臓が傷ついているのか、呼吸をする度に激痛が走る。痛みをこらえながらゆっくりと立ち上がる。
「―――――っ!?」
威圧感などと表現するのも烏滸がましいほどの、異質な気配が周囲に漂っている。視線の先には先ほどよりもいっそう禍々しい波動を放つモンスターがいた。
(あれは……テンペストゥス・ノクテム……なのか?)
先ほどまで対峙していたテンペストゥス・ノクテムは人間のような姿形をしていた。うろこのついた、羽の生えているものの人型のモンスターとして認識していた。
しかし、今目の前にいるのはただ腕が二本、足が二本生えているというだけの単なる悪魔にしか見えなかった。
先ほどセシルが切り落とした羽も、より凶暴性を増した形態ですでに復活している。アリシアが貫いたはずの傷も見えない。
「ぐっ……うぅっ……」
レヴィアナのうめき声が聞こえた。よかった意識はあるようだ。レヴィアナが守ったアリシアも無事のようだ。
ほかにも誰かうめき声が聞こえてくる。
テンペストゥス・ノクテムはそんな我々の様子を見て追撃するわけでもなく、ただ笑みを浮かべていた。
「うっ……」
不気味だった。あのおぞましいまでに邪悪な笑みに、純粋な恐怖しか感じなかった。
先ほどの姿も消して楽観視できるようなものではなかった。本当に死も覚悟した。
しかし今はまるで絶望そのものが動いているかのようだった。
さほど大きくない体躯が動く度に地響きが起こり、その震えはこちらの背筋を凍らせる。
(勝てない…………)
目の前の化け物に対して、勝てるビジョンが全く浮かばない。
この威圧感を感じるのは2度目だった。
たとえ万全の状態であっても全く勝負にならないだろう。それほどまでに圧倒的な力を奴は持っていた。
本能が警鐘を鳴らしていた。一刻も早くこの場から逃げるべきだと、身体が逃げろと訴えていた。
(でも……俺は逃げるわけには……!!)
それまでの経験からアレがどれだけ規格外のものなのか理解してしまい、ほんの一瞬だけ行動を躊躇してしまった。
――――セシルとアリシアがはじかれたように動き出す。
風の刃を全身に纏ったセシルのスピードは凄まじく、一瞬にして懐まで飛び込むことに成功する。
そのまま一閃、二閃と剣を振るうが、その全てが弾かれてしまう。
先ほどは羽を切り落とすことができたセシルのゼフィルレヴィテートをもってしても、傷一つつけることは叶わなかった。悪魔は防御の体制すらもとっていない。ただそこに存在しているだけだった。
フッっと少しだけ腕を振ったように見えた。
――ドゴォオオンッッ!!!
轟音と共にセシルの体は吹き飛ばされる。地面を転がり、やがて動かなくなる。
「ダメ!!!アリシア!!!にげて!!!!!」
レヴィアナの悲痛な叫びが響く。
アリシアも残った魔力で再びブレイズワークスを発動し、絶望に突き立てるが先ほどとは異なり貫くことはできなかった。剣は弾き返され、アリシア自身も後方へと飛ばされる。
そうしてアリシアもまた動かなくなる。
レヴィアナがよろけながら立ち上がり、二人の元へと駆け寄り、防御と呼ぶには頼りない魔法を展開する。
「潮騒の音を轟かせ、蹂躙せよ!波濤の破壊、ウェイブクラッシュ!!!」
マリウスがおそらく全魔力を注ぎ込んだ魔法を放った。巨大な水の渦が出現しテンペストゥス・ノクテムを飲み込もうと襲い掛かるが、やはり通じない。
テンペストゥス・ノクテムは少し鬱陶しそうに腕を振るい、嵐のような水流を吹き飛ばす。
「――――っ!!!っくおっっっ!!!」
その衝撃波だけでマリウスも吹き飛ばされる。追撃とばかりに、きっとテンペストゥス・ノクテムにとっては小石を投げたような軽い一撃なのだろう、小さな魔法をマリウスに向けて放つ。しかしその攻撃は明らかに致命的なダメージとなることは間違いなかった。
「マリウス!!!危ない!!!」
その攻撃を庇って救護班で治療を受けていたはずのナタリーが腹を貫かれた。地面に横たわり小さな体から次々に血が流れていく。
――――なんで俺はこんなにも無力なんだ?
――――なぜ誰も救うことができない?
――――俺がもっと強ければ…………こんな結末にはならなかったのか?
怒り、悲しみ、後悔、様々な感情が胸の中で渦巻く。
ようやく魔法の詠唱が完了した。
目の前で生徒が倒れていく時間を使って、体中の残り僅かなマナをかき集めて完成させた魔法だ。
「炎の輝きを借りし神の一撃、薙ぎ倒せ!灼熱の刻印を刻め!太陽の怒り、ソーラーアサルト!!!!」
超高温の光の矢が一直線にテンペストゥス・ノクテムに向けて放たれる。あの時の後悔から必死に作り出した最強の魔法は、眩い閃光を放ちながらその体の中心を穿つように衝突する。耳をつんざくような轟音が響き渡った。
「あ……あぁ……」
光が収まった時、そこにはまるで何も起きていなかったかのようにテンペストゥス・ノクテムが立っていた。傷一つ負っていないようだった。
絶望が体を満たしていく。もう頭の中には何も浮かばなかった。目の前の化け物に対抗する手段も、逃げる算段も浮かんでこない。
――――あぁ……だめだ……来ちゃ……来ちゃだめだ……
――――俺が……俺が全部守るんだ……
――――だから来ないでくれ……!
テンペストゥス・ノクテムがあたりを漆黒に包んでいく。
全ての力を使い切ったセオドアは意思とは関係なく膝をつく。
そして、次の瞬間あたりはまぶしい光で包まれた。
セオドアにとって、絶望の光だった。
***
「ナタリー!!しっかり!!しっかりして!!!」
「ナタリー!!目を開けろ!!」
マリウスと必死に声をかける。
この戦いに備えてシルフィード広場で仕入れた回復アイテムを手あたり次第ナタリーの傷にかけていくが、傷は少しも回復しない。
「なんで……なんで止まらないの……!」
涙で視界がにじむ。ナタリーの顔は真っ青で、血が止まる気配が全くなかった。
完全に致命傷だ。
「だい……じょうぶ……これで……よかったんです……」
「なにいってるのよ!?まだ助かるわ!!だから……!」
必死に呼びかけるがナタリーは目をつむったまま首を横に振る。
「これまで迷惑かけてばかりだったから……わたしも……やくにたてて……よかった……」
ナタリーの瞳から涙がこぼれ落ちる。最後にうっすら笑ったように見えて、そしてそのまま動かなくなった。
(嘘よ……こんなの……)
体中から力が抜けていく。みんなで生きて卒業式に行くって、だから準備もしたのに。でも思えば全部中途半端だった。
【霊石の鎖】も見つからなかった。結局こうしてまた友人を失ってしまう。
テンペストゥス・ノクテムはそのまままっすぐ私のほうへ向かってくる。
「うぅ…………ひっぐ…………うぁあああ」
とうとう抑え込んでいたものが決壊する。
テンペストゥス・ノクテムがゆっくりとこちらに近づいてくるのが見えた。とどめを指しに来るのかもしれない。右手に魔法が光っているのが見える。どんな魔法か分からない、でも、どんな魔法であっても対応することなんてできない。
(ごめんなさい……)
誰かの何かに謝った。本当はうまくいくはずだったの。
どうすることもできずただ呆然と正面の悪魔を見つめ、時間がすぎるのを待った。
――――次の瞬間、世界が優しい光に包まれた。
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