第73話 テンペストゥス・ノクテム
「あれが……テンペストゥス・ノクテム……」
誰かがぽつりとつぶやいた。それ以上の言葉は誰も口にできなかった。
誰もが同じ気持ちだっただろう。
……あの姿を見た瞬間、死を連想したのだから。
『人の子らよ……』
頭の中に直接響くような声がする。それと同時に全身に鳥肌が立ち、体が震えるのを感じた。
これが……テンペストゥス・ノクテムの声……?
この言葉一つで一気に心がかき乱される。あまりの情報量の多さに頭が混乱する。声を聞くだけで恐怖を感じるなんて思いもしなかった。
『よくぞ我の前に現れた』
その声に呼応するように空に浮かんだ魔法陣が輝き始める。
『さぁ、試練を始めようではないか!!』
その言葉と同時に、空に浮かぶ巨大なディスペアリアム・オベリスクからいくつもの紫色の光の筋が地上に降り注いでいく。
その光はまるで生き物のように動き回り、逃げ遅れた生徒を飲み込んでいった。
「ぐあっ!」「きゃあああ!!」「うああああああ!!」
一気に思考が埋め尽くされる。
――――連れてこない方が良かった?
――――そうだ、アレだ。なんで今まであの姿を思い出せなかった?
――――他のみんなは無事?
――――負けたらどうなるの?あの子たちは?
――――あいつの弱点は?
生徒たちがなすすべもなく、ただ蹂躙されていく。頭は動いているはずなのに、目の前の光景をただ茫然と見つめていた。
「おい!!このままじゃやばいだろ!?どうするんだレヴィアナ!?」
ノーランの叫び声が聞こえる。
わかってる!今考えているんだから待ってほしい!!ゲームならまず……
そんな考えをまとめる暇もなく次から次へと攻撃が天から降ってくる。このままでは全滅してしまう……!!
「避けてください!」
そんな声が聞こえるとともに誰かに手を引かれ、地面に倒れこむ。
その直後に私たちがいた場所に闇の球体が降り注ぎ、地面を抉っていく。
「激しい風の盾よ、我らを護る壁となれ!絶対の防壁、ウィンドウォール!」
視線を上げるとミネットが前に出て風の防壁を張り、守ってくれている。手を引いてくれたのはジェイミーだった。
「大丈夫ですか!?」
その言葉に何とか正気を取り戻す。
「あ……ありがとう。本当にたすかったわ!」
「私たちレヴィアナさんのお役に立てましたか?」
「えぇ!もちろん!」
そう言うと2人は微笑んでから見つめあう。おかげで少しだけ冷静になれた。
「「地獄の炎を纏いし眼差し、敵を薙ぎ倒せ!業火の討手、インフェルノゲイザー!」」
すぐに立て直したセオドア先生とイグニスのインフェルノゲイザーが空高く飛ぶテンペストゥス・ノクテムに直撃する。2人の同時攻撃はテンペストゥス・ノクテムに直撃し、その体をぐらつかせることに成功した。
「試練だと……!?ふざけやがって!!!」
イグニスが叫んだ。ほかの生徒たちもイグニスたちの攻撃に徐々に反撃の状況を整えつつある。
「みんな!防御は私に任せて!!!!」
さっきと同じように、全員を囲むようにエレクトロフィールドを展開する。
まださっきまでの私の様にあの存在のショックに立ち直れてない生徒がいる。何よりもまずは態勢を立て直す必要がある。これで少しは耐えられるはずだ。
「レヴィアナありがとう!まずはあいつを地面にたたき落とす!!」
セオドア先生が生徒たちに指示を出していく。その間に私は必死に思考を巡らせる。
どうする?どうすればいい?どうすれば勝てる?そうだ―――。
「アリシア!!アリシアはブレイズワークスを展開して!!!」
「レヴィアナさん?……でもあれには時間が……」
「いいから!おねがい!!」
アリシアは戸惑いながらもうなずく。
「わかりました……!!」
アリシアが詠唱を始めると彼女の周囲に炎の渦が巻き起こり、彼女の長い赤髪がぶわりと揺れる。
敵がボスなら倒すのはヒロインのアリシアが適役だろう。
「セシル!!俺が合図したらあの高速起動でテンペストゥス・ノクテムの懐に飛び込め!!できるか!?」
「当然!!」
「全員構えろ!!準備が出来た者から俺の後に続け!!あいつも守るときは防御結界を展開する!!四方に分かれて魔法陣を展開しつつ攻撃を続けろ!!!」
セオドア先生の声で全員が一斉に動き出す。
最初に動いたのはイグニスだった。一直線に指示を受けた配置場所へと移動し、さっそくお得意の無詠唱ヒートスパイクを展開する。
しかし今までとはその数が異なっていた。
イグニスの周りには数十という数の赤い光球が浮かび上がり、さらにそれらは徐々に形を炎の槍に変えていった。
その数は百を超え……まだまだ増えていく。
「行けぇぇぇえええ!!!」
イグニスの掛け声に合わせて無数の熱線が放たれる。それぞれが空中で弧を描き、意思を持っているかのように別々の方向からテンペストゥス・ノクテムに向かって襲い掛かった。
『小癪な…………!』
テンペストゥス・ノクテムが右手を前に突き出すと、そこに巨大な紫の魔法陣が現れる。
そこから現れた巨大な黒い腕が、迫りくる灼熱の刃をすべて叩き落とした。
だが、それでもなおイグニスの攻撃は止まらない。イグニスが腕を振り下ろすと、それを合図に再び数百の炎の槍が空を舞った。
『むぅっ…………!?』
さすがに全てを防ぐことはできなかったのか、腕や翼に突き刺さりダメージを与える事に成功したようだ。
「すげーな!イグニス!」
「俺様もいつまでもお前に負けれられないからな」
「んじゃ俺も……!」
ノーランも同じように無詠唱ヒートスパイクを展開し、攻撃を開始する。それを皮切りに、他の生徒たちも一斉に攻撃を始めた。
テンペストゥス・ノクテムの巨大な腕や翼に炎や氷、雷など様々な属性の刃が突き刺さりダメージを与えていく。
テンペストゥス・ノクテムは忌々し気に舌打ちをすると、今度は自らの周囲に漆黒の球体を無数に出現させた。
『消え去るがいい…………!ダークネスホール!!』
「させないわよ!!!サンダーボルト!!!!」
先ほどあいつの攻撃はエレクトロフィールドで相殺することができた。だったら魔法攻撃でも―――!!!
案の定サンダーボルトの射線上にあった魔法はかき消すことができた。しかし相手の攻撃も数が多い。
『無駄だ……!全て飲み込まれるがよい!!』
「くっ……!!」
咄嗟に避けようとするが、間に合わない。防御魔法を展開しようとした瞬間、私の横から夥しいヒートスパイクとアクアショットが次々と漆黒の球体を打ち抜いていく。
「大丈夫か!」
視線をそちらに向けるとセオドア先生とマリウスがフォローしてくれていた。
「ありがとうございます!」
これならいけるかもしれない。
テンペストゥス・ノクテムが姿を見せた時はその禍々しさから絶望してしまったけど、冷静に考えればこれはゲームでも攻略可能な対象だ。みんなで協力すれば超えられない壁ではない。
「あの……レヴィアナさん。何か声が聞こえないですか?」
次の攻撃方法を考えているとナタリーがそう言った。
「声?さっきの不気味な声のこと?」
「いえ……不気味では無くて、もっと、痛い、苦しい、のような。」
ナタリーの様子がおかしい。
私も同じように耳を澄ますが何も聞こえない。
「ナタリー……?」
「確かに聞こえます。今も助けてって……」
「レヴィアナ!合わせろ!!」
呼ばれたほうに視線を向けると崖の上でイグニスが再び大量のヒートスパイクを制御して今にも攻撃を仕掛けるところだった。
あれを直撃させれば、また隙が生まれるかもしれない。
「ナタリー、後で聞かせてね」
ナタリーの言葉も気になるが今は強大な敵との戦闘中だ。まずは目の前の敵を……テンペストゥス・ノクテムを倒すことに集中する必要がある。
防御魔法を展開したまま、私もイグニスと反対側の壁に上りサンダーストームの詠唱を開始する。テンペストゥス・ノクテムがイグニスの攻撃に意識を集中し、こちら側に明確な隙ができる。
次々と詠唱を終えた生徒たちが持ちうる最大の威力の魔法を放ち直撃していく。それは魔法と言うより、単純な爆発に近かった。
もうもうと立ち込める煙の中からゆっくりとテンペストゥス・ノクテムが飛び出してくる。見かけ上は大きな変化はないが、登場した時の辺りを支配するような魔法力や威圧感は薄れていた。
しっかりと照準を合わせる。
「天空に渦巻く雷雲よ、我が力に応えて轟け!稲妻の竜巻、サンダーストーム!」
不意を突いた完璧なタイミングだ。
激しい轟音と共にテンペストゥス・ノクテムの頭上に稲妻が轟き、次々と降り注いでいく。
テンペストゥス・ノクテムは両手を頭上で交差し、防御態勢に入ったが不意を突いたはずだ。この攻撃は防ぎきれないだろう。
「……えっ……!?」
しかし結果は予想外のものだった。
突然現れた氷の壁に阻まれて、私が放った魔法はテンペストゥス・ノクテムには届かなかった。
***
誰なんだろう?
さっきからずっと声が聞こえる。
痛い、苦しいって。
助けてって。
でも……こんな声知らない。
誰が言っているの……?
『何かやりたいことがあるの?』
ずっと聞こえる声がそう問いかけてくる。
やりたいこと……?なんだろう。
レヴィアナさんの役に立ちたい。でも彼女は私が手伝うまでもなく、どんどん先に進んでいってしまう。
マリウスさんの役に立ちたい。でも彼もきっと私の助けなんて必要とせずに進んで行ってしまう。
2人は優しいから何も言ってこないけど、あの夜、私がレヴィアナさんに攻撃をしたことはちゃんと覚えてる。
疲れて休もうとしていたマリウスさんを無理に連れ出して、旧魔法訓練場に連れ出して、なんでそうしたかは覚えてないけど、それでもレヴィアナさんを攻撃した。
何度も何度も夢だって思おうとしたけど、違う。あれは現実だ。
あの日から攻撃魔法を使うのが怖くなった。
先日もセオドア先生に「ナタリーはもっと思い切って魔法を使っていいぞ」と言われたけど、魔法を使うたびにあの時の旧魔法訓練場の思い出がよぎってしまい緩めてしまう。
今日も役に立たないとと勇気を振り絞ってきたのに、これまでずっと守ってもらいっぱなしだ。
『やりたいことは無いの?』
また声が聞こえる。
あれ……?わたし、何をしていたんだっけ……?何をしたいんだっけ?
頭に霧がかかったみたいでうまく思い出せない。
手足が自由に動かせない。鎖でつながれてるみたい。でも声は聞こえてくる。
誰?あなたは一体誰なの?
『誰だっていいじゃないか。今沢山の人に攻撃されてて、とっても苦しいんだ』
声が聞こえたほうを見上げ理解した。
あぁ、この声はテンペストゥス・ノクテムだ。目の前でみんなに傷つけられている人の声だ。
さっきはあんなに怖い声だったのに優しい声だった。
その声の主が苦しいと泣いている。
『君にやりたいことが無いなら、僕の事を助けてよ』
何だろう、頭に染み込んでくる。
『人の役に立つのは嫌いかい?』
そんなことない……目の前で苦しんでいる人を助けてあげたい。
でも私なんかにそんな事できるかな?
『僕には君が必要だ。だから助けて欲しい』
『わかりました』
助けられるかわからないけれど、私にできることはしたいと思う。
助けてと頼まれたんだから助けてあげたい。
私にはそれくらいしかできないから。
声のする方向に向かって手を伸ばす。
そして私の意識はテンペストゥス・ノクテムに一気に持っていかれた。
***
「ナタリー……!?」
ナタリーが急に立ち直ったかと思うと、そのまま宙に浮き大きく手を広げテンペストゥス・ノクテムを守るように立ちふさがった。
「これ以上この人をいじめないでください」
「いじめ……って、ナタリーあなた何を言ってるの!?」
「助けてって頼まれたんです。何もできない私ですけど、少しくらいなら助けられますから」
ポソポソと話すナタリーは焦点が合っていない。明らかに正気を失っているようだった。
「ナタリー!どうしたんだ!そいつは敵だ!」
マリウスも焦って声を上げる。私には何が起きているのか理解できなかった。ただ、この状況をつくった原因位はわかる。
「テンペストゥス・ノクテム……!あなたナタリーに何をしたの!?」
『我は虚となった幻想体に目的を注いだだけだ』
「ふざけないで!何が幻想体よ!!天空に渦巻く雷雲よ、我が力に応えて轟け!稲妻の竜巻、サンダーストーム!」
私が放った雷の竜巻は再び一直線にテンペストゥス・ノクテムに襲い掛かる。
「氷の結晶で織り成す盾よ、我らを守り護れ!氷結の防壁、フロストシールド!」
しかしテンペストゥス・ノクテムの前にはナタリーが立ちふさがり、同じように防御魔法を展開し私の魔法からテンペストゥス・ノクテムを守る。
「やめてください。レヴィアナさん。これ以上攻撃をするなら、私はテンペストゥス・ノクテム様を助けるためにあなたを攻撃しないといけません」
「くっ……!」
このままじゃ埒が明かない。本当に何かの精神攻撃の様なもので操られているのだとしたら、テンペストゥス・ノクテムを何とかして倒さないとナタリーを救えない。でも倒したら本当に解放されるの?
「卑怯者!ナタリーを開放しなさい!」
『娘よ。この幻想体だけでよいのか?』
「どういう……---!」
その言葉を言う前に、左側から飛んできたガストストームに中断させられる。
「ミネット……ジェイミー……っ!」
「私たちはレヴィアナさんから頂いたノートに書いた目標を達成してしまったんです」
「さっきレヴィアナさんと一緒に戦って、レヴィアナさんの役に立つっていう目標」
2人もナタリーと同じように虚な目をして、魔法の詠唱を始める。
「あなたたちも何を言っているの!?その詠唱を止めなさい!」
「目標がなくなった私たちにテンペストゥス・ノクテム様は目標をくれたんです」
「レヴィアナさんを倒すっていう本当に素敵な目標を!」
そう言うと2人の前に魔法陣が現れる。
「猛威を振るう風の暴力、破壊の渦を巻き起こせ!無慈悲なる暴風、ガストストーム!」
「爆炎の力、我が手に集結せよ!爆炎の閃光、フレアバースト!」
目の前には巨大な炎の壁と暴風が混ざり合い、そのままこちらになだれ込んできた。
即座に防御魔法を展開し直撃を避けるが、私の目の前の空間が炎と暴風によって跡形もなく消し去られてしまった。
(ミネット……ジェイミー……。)
あれだけ私の事を慕ってくれていた2人にこうして本気の魔法を放たれて、少なからずショックを受けた。
でも、今は冷静にならないといけない。辺りを確認するが、ほかのメンバーが操られている様子はない。
もう一度テンペストゥス・ノクテムに対して、今度は牽制のための魔法を放つ。
「レヴィアナさん……私警告しましたよね?次テンペストゥス・ノクテム様を攻撃したら私もレヴィアナさんを攻撃するって」
「えぇ、だからかかって来なさい!ミネットもジェイミーもまとめて相手になってあげるわ!」
この精神攻撃がいつ解けるか分からないが、それでもテンペストゥス・ノクテムを倒せば、そしてもし解けなくても日付が変われば3人は元通りになる、そういう確信があった。
「皆さんはそのままテンペストゥス・ノクテムを攻撃してください!セオドア先生!」
「なんだ!」
「あとは任せます!!」
そう言って戦場から距離を取ると、3人も私についてくる。
「レヴィアナ!」
「マリウス!」
「さすがにあの3人相手にお前ひとりじゃ大変だろう」
すぐに追って来てくれたのか、マリウスも合流してくれた。もしかしてマリウスも操られて?と一瞬勘ぐったがそんなことは無い様だった。
「嬉しいけど、ナタリーと戦えるの?」
「俺もナタリーには散々助けられたからな。助けてやりたいんだ」
「そっか。なら絶対テンペストゥス・ノクテムから取り返さないとね!」
「ああ!」
そして私たち2人は愛すべき3人の仲間と相対した。
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