第71話 それぞれの戦い
(ほかにも何かないかしら……?)
私はその夜校舎内を当てもなく歩いていた。
先日のナディア先生の像を見た時の様に、もしかしたら歩いている間に何か新しいことを思いつくかと思っていたが、成果は上がっていない。
そろそろ寮に戻って休もうかと思ったところ魔法訓練場から音が聞こえた。
ナタリーとマリウスだろうか。それともイグニスとノーラン?
もしナタリーなら話したいこともあるし、ノーランだったら先日のカムランの件は相談しておきたかった。
しかしどの人物でもなかった。
「セシル……?」
いつもスマートに何事もこなしていく姿と全くイメージにそぐわない、汗だくになったセシルが居た。
「あ、レヴィアナ」
こちらに気付き近づいてくる。
「ははは、いきなりバレちゃうなんて。あまり慣れないことするもんじゃないね」
「いつからここで訓練を…?」
「うーん…まぁいいじゃない、そんなこと」
そう言ってセシルは笑う。ただ、服に染み込んだ汗や、荒い息遣いからかなり長いこと訓練をしていた事はうかがい知れた。
「珍しいですわね、セシルが一人特訓をしているなんて」
「んー……ま、レヴィアナならいっか。ほら、僕の夢覚えてる?」
「誰よりも自由になりたい、でしたっけ」
「そ、自由」
ゲーム内でもよく聞いたその言葉をセシルは天を見上げてつぶやいた。
「僕は自由が大好きだ。戦場で誰よりも早く移動して、そして僕のこの風の刃は誰にも止められない」
手のひらに小さな風の刃を創り出し見つめながらセシルは続ける。
「僕の前には倒される敵しかいなくて、僕の後ろには誰もついてこれない。そうだった……はずなのにな」
そう言って風の刃を消しそのまま俯き少しの間が生まれる。言葉を探しているようだった。
「こないだ生まれて初めて誰かを守って戦った」
アリシアがブレイズワークスを使った時の事だろう。ガレンが指摘するまでもなく、私自身も意外だと思っていたからよく覚えている。
「それがさ。思ったより居心地っていうのかな、うん、居心地が良かった」
そう言ってセシルは照れたように顔を上げた。
「一人で戦場を駆けているとき、倒される敵でも攻撃はしてくるんだ。僕も加速しているから一瞬で判断して避けないといけない。もしその判断を間違えでもしたら致命傷になってしまう」
「そうですわね。わたくしには到底そんな事できませんわ」
「後ろになんて警戒を割いていられない。もし僕より早く動ける敵が居たらたちまちやられちゃうだろうね」
そう言ってセシルはまた俯く。
「でもこないだみたいにアリシアを守っているだけならそんな心配は無いよね。後ろには仲間がいて正面からくる遅い攻撃を捌けばいい。とっても簡単」
「そうでも無いのではなくて?そう思えるのはあなただけですわよ」
「それにみんなどんどん強くなってる。入学した時は僕が一番強かったはずなのに、イグニスにも君にも、そしてアリシアも僕より強力な魔法を身に着けて……」
そこまで言ってセシルはくしゃっと自分の髪の毛を掴んだ。
「セオドア先生も強かったなぁ……。実は僕何回か本気でセオドア先生のこと攻撃してたんだけどあっさりいなされちゃった」
「9人がかりであれは反則ですわよ。先生が規格外なだけですわ」
「確かに。あんな人初めて見たなぁ。だから、本当は先生の言う通りなんだと思う。でも……、自由である事から逃げちゃったら、きっともう僕は僕じゃなくなっちゃうと思うんだ」
セシルはそこで言葉を切ると、フッと笑った。
「だから……逃げたくない」
「ふふっ、セシルっぽいですわね。わたくしも協力しますわ」
「ありがと。実はイメージトレーニングだけだと限界があってさ。対戦相手になってもらえるととても助かるよ」
ゲーム内でも魔法の実力は頭一つ抜けていたセシルとの訓練は私にとっても好都合だ。少しでも何かヒントが得られれば……。
「こんばんは!皆さんもトレーニングですか?」
「あら、アリシア」
振り返ると訓練場の入り口にアリシアの姿があった。
アリシアはこちらに向かって小走りに歩いてくる。
「私も訓練に混ぜてください」
「あ、そうだ、アリシアのブレイズワークスってどうやって創ったの?」
「あれはですねー……」
「あ!わたくしも知りたいですわ!」
こうして珍しい3人組でのトレーニングが始まったのだった。
***
「どうですか?生徒たちの様子は」
窓辺で一人佇んでいるセオドアにナディアが声をかける。
「ええ……とても順調ですよ。何人か危うい生徒もいますが、きっと大丈夫でしょう」
ミネットとジェイミーが立候補してきたときは驚いたが、思っている以上に成長していて驚かされた。
セシルの張りつめた表情も気になるが、それでもセシルにはちゃんとした仲間がいる。昔の俺の様に思い詰めることも無いだろう。
「昔……魔力が暴走した俺を助けてくれたこと、本当に感謝しています」
「なんですか突然改まって」
「いえ、少し感傷に浸っていまして」
セオドアはそう言うと窓の外を見つめる。訓練場にはまだ灯りがともっている。
「あなたがまだ星辰警団の団長をされていた頃、懐かしいですね」
セオドアは魔法での殲滅も隊をスムーズにまとめる統率も、自分一人でなんでもできると思っていた。その軽薄さをこれ以上ないくらいに深く経験させられた事件があった。
「今回の敵……テンペストゥス・ノクテムですか。マルドゥク・リヴェラムと同程度のモンスターなんですか?」
マルドゥク・リヴェラム……口に出すのも正直嫌になる。このモンスターのせいで俺の、そしてナディアの人生は変わってしまった。
「どうでしょうか。あそこまでの強さだとは正直思いたくはないですが、同じくらいのモンスターとみておいたほうが健全でしょうね」
セオドアはその言葉を聞いて強く右手を握りしめる。
「絶対……絶対にナディアの出番はないからな……。今度は俺が……全部守ってやる」
「あら、ナディア先生、では?」
ナディアは口元に手をあて上品に笑う。
「……はは、これは失礼しました。でも、本当にここで安心してみていてください。全部何とかしますから」
セオドアはそう言ってナディアに微笑むのだった。
***
(セシルのヤツ……。懲りないようだ……)
セオドアはため息をつく。
今日はアリシアとレヴィアナと組みたいというから組ませてみたが、防御を2人に任せ、セシル本人は昨日と何も変わらず魔法を練ってはただ単調な攻撃を繰り返している。
(何かあると期待したんだがな)
昨日の注意がどう転がるか正直楽しみだった。
あのときの返事がその場限りの返事なのはわかっている。それでも何か変わるんじゃないかとセオドアは期待していた。
(これは、俺が期待しすぎだったという事かな)
何度目かわからない単調な攻撃をはじく。
俺自身はテンペストゥス・ノクテムがどういう存在かわからないが、もし敵に知能があれば、そしてマルドゥク・リヴェラムの様に狡猾であればこういった浮いた駒はそうそうに堕としてくるに違いない。
(一度お灸をすえないといけないかな?)
セシルの動きは直線的だ。
いくら早いと言っても移動場所が分かっていればそこに魔法を置いておくだけでいい。
次の場所を予想してヒートスパイクを放つ。狙い通り。セシルの視線がヒートスパイクに向く。でも反応が少し遅い。これで直撃だ。
「あぶな……いっ!!」
しかしそのヒートスパイクはセシルに直撃することは無かった。狙いを読んでいたのか、レヴィアナがヒートスパイクの着弾点に先回りし、防御魔法を展開していた。
「レヴィアナっ!!!ありがとう!!」
「大丈夫ですわ!!セシルは次の術式を!!!」
それでも防御できなかったヒートスパイクが、レヴィアナに多少なりともダメージを加えている。
「セシル!!お前の勝手な行動がレヴィアナにダメージをやったんだぞ」
「―――違いますわ……!!先生、辺りをご覧になってはいかがかしら?」
「これは……設置型の魔法陣か?」
「レヴィアナありがとう。これで僕の世界は完成した!」
一気に周辺の魔法陣と共鳴し、セシルがを中心とした強い光が辺りを照らす。
「天の息吹よ、共に舞い踊り、我が創造の力となれ。風の力をもって、この領域に宿り、疾風となれ!ゼフィルレヴィテート!」
辺りが巨大な魔法陣に包まれていた。自分の体は何ともないのでデバフ系の魔法でないことを確認―――
「――――っ!!?!?」
いきなり風の刃を手にしたセシルが目の前にいる。反射的に無詠唱ヒートスパイクを放つがセシルは一瞬にしてまた違う場所にいる。
「流石先生!!この速度でも反応してくるんですね。でも……この領域の中なら僕は誰よりも自由だ!!」
視覚では到底追いきれない。セシルの動きの癖を頼りにヒートスパイクを放つ。いくつかは当たったようだがセシルが纏っている風の防壁で防がれてしまっているようだった。
「じゃあこれはどうだ?爆炎の力、我が手に集結せよ!爆炎の閃光、フレアバースト!」
先ほどセシルを庇い、まだ態勢を整え切れていないレヴィアナに向かって強力な魔法を放つ。レヴィアナは反射的に防御魔法を展開するが、今度はレヴィアナに魔法が到達することは無かった。
「ははっ……すげぇな……。そんなに弱く打ったつもりはないんだけどな」
一瞬にしてレヴィアナの前に移動したセシルが風魔法でフレアバーストを真っ二つに切り裂いていた。
「機動力はわかってもらえましたよね。次は威力を確かめてもらいます!」
その視線から察する。
「わかった。今からお前にインフェルノゲイザーを放つ。何とかして見せろ!」
セオドアは両手から炎の濁流をセシルに向かって放つ。セシルはこれまでと同じようにエアースラッシュを唱え風の刃を構える。
「いく……よっ……!!!!」
セシルは避けるどころか全身の超高加速に身を任せインフェルノゲイザーに突っ込み、すれ違いざまに風の刃でインフェルノゲイザーは真っ二つに切り裂いていた。
「まいったよ」
両手を上げセオドアは目の前でエアースラッシュを突きつけるセシルにそう言った。
「まさか……こんな形で成長するとはなぁ……」
「アリシアとレヴィアナの協力があってです。で、どうですか?」
「昨日のサポートに回れというのは取り消すよ。その機動力で敵をすべて切り裂いてくれ」
セシルは満足そうに地面に横たわり、握りしめた手を天に掲げた。
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