第6話 セレスティアル・アカデミーへ
出発の日、私はフローラに起こされて目をさました。
始めは寝ている姿を見られるのも何だか気恥ずかしかったのに、今では他人の手で着替えさせてもらうのにも随分と慣れてしまった。
朝食を食べるため大広間に行くと、まだ太陽も上がってもいない早朝だというのに、アルドリックを始め多くの使用人たちが既に卓に着いていた。
「おはようございます……。あの……皆様は……?」
「今日はレヴィの出発の日だろう?皆も寂しいと聞かなくてね」
「生涯の別れでもないのに、まったく大袈裟ですわ。わたくしが学校に通うのは1年ですわよ?」
「良いじゃないか!こういった日の朝食はみんなで食べたほうが楽しいだろう?」
そう言ってアルドリックが気持ちよく笑った。こうしている間にも本日非番の使用人も次々と席に着き、朝食と呼ぶには随分と早い食事が運ばれてくる。
目を覚ましてから今日までの日々でこの屋敷も随分と居心地のいい場所になった。
使用人はみんな良くしてくれるし、アルドリックもいつも暖かく迎えてくれる。
非難したものの、このみんなで過ごす時間が心地よくて、今日の朝食は今までで一番美味しく感じられた。
食事を終えて準備を済ませて玄関まで行くと、玄関先に使用人たちが総出で並び、私を見送る準備を整えていた。
「もう、本当に止めてくださいまし!」
気恥ずかしくてついそんな言葉が出てしまう。しかしどうしても表情が崩れてしまう。
「何を言うんだい?可愛い娘の旅立ちだぞ?」そう言ってアルドリックは微笑む。
「ですから!1年学校に通うだけですわ」今までされたことが無い状況に顔が熱い。
気恥ずかしくてこそばゆくて仕方なかったが、それでも胸いっぱいの幸せを噛み締めながら、屋敷の前に用意されている馬車に向かった。
ここからセレスティアル・アカデミーまで、馬車で送ってもらえることになっている。
アルドリックは最後まで「一緒に行く」とごねていたが、男性―――……と言っても父親ではあるけど―――と2人きりで馬車で過ごすのが気恥ずかしくて断り続けた。
「じゃあ、たまには手紙も書くんだよ」
「もう旦那様。本当に大袈裟ですわ。いい加減に娘離れしてください」
フローラも、そんなやり取りを笑顔で見つめている。
「お嬢様……いってらっしゃいませ」
「えぇ、行ってきます」
道中退屈しないようにと魔導書を積み込み、いよいよ準備が整った。
「思いっきり、好きなように楽しんできなさい」
アルドリックは優しく笑いながら、いつものように私の頭を撫でた。
「楽しんで、それで疲れたら……いつでも帰っておいで。ここは、君の家なのだから」
またそんな真面目ぶって、なんて茶化そうと思ったけど、なんだかその視線が優しすぎて、そんな軽口は口から出せなかった。
娘を思う父ってこんな感じなのかなぁ?と思いながら頷き返し、馬車に乗り込むと最後にもう一度屋敷の方を振り返って手を振った。
私が馬車に乗り込むと馬車は動き始め、いつまでも手を振っている使用人たちに手を振り返しながら、ゆっくりと私の乗る馬車がアルドリック邸から離れ、次第に屋敷の影が小さくなっていく。
(なんだか……うん、寂しい……のかな?)
あれだけ構ってきて鬱陶しかったアルドリックとしばらく会えなくなると思うとそんな風に感じてしまう。
でも何だかこれまで思い入れもないゲームのキャラクターにそんな感情を抱くのが気恥ずかしくて、ごまかす様に席に座りなおし深く深呼吸をした。
「わぁ…!すっごい……!!」
敷地と見知った土地を抜けると、馬車の窓から見えるのはどこまでも続く草原と青い空。そして時折遠くに綺麗な山々や湖が顔を覗かせている。感傷に浸る間もなくあっという間に移り変わる風景に、寂しさなど吹き飛んでしまった。
時折魔導書に目を通し、出発の時にもらった軽食をつまみながら馬車に揺られ続けて半日もすると辺りがどことなく活気づいてきたのが分かる。
やがて馬車は石畳が敷かれた街中に入り、車輪が軋む音や馬の蹄が石畳を蹴る音が響き渡った。
(がっ……石畳って結構揺れるのね……。馬車に乗ってる白馬の王子様って、こんな振動を受けながらあんなに笑顔なの……?)
座っていると余計に疲労感が増してきたので、馬車の窓から身を乗り出すように街の様子を眺める。
次第に建物の数も増えていき活気に満ちあふれてきて、中央広場の周りには活気のある屋台が並び、噴水では子どもたちが楽しそうに遊んでいる。
そしてついに、目の前に大きな白い校舎が現れた。
(わあっ!!!本当にセレスティアル・アカデミーだ!!!)
正直少しだけ不安だった。
私がレヴィアナの姿になっていることも間違いないし、あの父親もアルドリックであることも間違いなかった。
それでもどこか頭の片隅で半信半疑だったセレスティアル・ラブ・クロニクルの世界も、この魔法学校、セレスティアル・アカデミーを見ることでようやく確信に変わった。
何度あの門を見ただろうか。
何度あの外観を見ただろうか。
何度あの学校の入学して、卒業しただろうか。
私の記憶のままのセレスティアル・アカデミーが目の前に現れた。
「さぁ、お嬢様、着きましたよ」
「えぇ、ありがとう」
御者にお礼を言うと、私は恐る恐るその神聖な敷地内に足を踏み入れた。
(ついに来ちゃった……。ゲームの舞台……)
私がこれから通うことになる、セレスティアル・アカデミー。
これからの事を想像するだけで表情が崩れてしまう。
(あぁ…あの木、マリウスと一緒に話すんだよね。あ!あのベンチ、セシルと一緒にご飯を食べるところだ!そう、体育館の屋上!ガレンと一緒にあそこで文化祭の時に花火を見るイベント、あれはよかったよなぁ…!)
こんな状態で興奮を押さえるなんて無理に決まってる。
それにしても、この学校はとにかく広い。
入学式の会場を探して歩いているうちに、自分がどこにいるのか分からなくなってしまった。
(って、そりゃそうか。場所は選択してただけだもんね)
レヴィアナ自身も経験したことがないことは当然記憶は残っていない様だ。記憶を探ってもこの学校の内部情報はわからないままだった。
(……あ、でも、ちょっと待って?さっきの入り口の所に居ればもしかして……?)
来た道くらいなら戻ることができる。何とか記憶を頼りに入り口付近へ戻ると正門から一人の女性がこちらに向かって歩いてきた。あの茶髪のショートカットの女性、間違いない、そしてその女性がふらふらと向かう先にはすらりと背が高い真っ赤な髪の男性が立っている。
(よかった。間に合ったみたい)
私は急いで近くにあった木陰に身を潜める。ここなら声も聞こえるだろう。
「あの…すみません…入学式の会場はどちらでしょうか…?」
「ん?なんだ?俺様に用か?」
(うっわ――――!生で見ちゃった!!!)
何度このやり取りを見ただろう。正門から現れたのはこのゲームのヒロイン、アリシア・イグニットエフォートだった。そしてアリシアが話しかけたのはイグニス・アルバスター。このゲームの攻略対象の一人だ。
(アリシアかっわいい!それに何よあの声!あの雰囲気!)
遠くから風に乗って届いた声だったが、あんなかわいらしい姿をして、蕩けるような声をした女の子に声をかけられたらそりゃあ誰だって好きになる。
どうして誰しもが夢中になるのかと、ゲーム内のご都合主義に疑問を持たないことも無かったがあれは反則だ。同性の私でもほれぼれとする。
「突然すみません……。私入学式にきたんですが、迷ってしまって……」
アリシアは照れたようにはにかみ、頭をかきながら頭を下げる。そんな姿もどこか小動物的な愛らしさがあって可愛らしい。
(そうなのよね…かわいいだけじゃなくって、丁寧で腰が低くて、性格も良くて、面倒見もよくって、情にもろくって。レヴィアナ……がどんな意地悪な事をしてもめげなくて。あー……確かにヒロインだわ)
「おぉ、そうか。では俺様と同級生ということか。ふん、では俺様の事を入学式会場へ連れていくと良い」
対する燃えるような真っ赤な髪をした男は尊大な態度で、ふんぞり返る様に腕を組んでいる。
(それにイグニスもすっごいかっこよくない!?)
画面越しで見た時もあれだけときめいていた私の大好きなイグニス。でもこうして間近で見るとさらに格別だった。
程よく鍛えられた肉体に整った顔立ちに力強い目と赤い髪。
誰をも寄せ付けないような鋭い眼光をしながらも、表情はどこか好奇心旺盛な子供っぽい愛らしさもにじみ出ている。
「えっ……と?……あれ?」
「どうした、早くしろ。貴様も新入生なのだろう?早く俺様を会場に案内しろ」
生で聞くイグニスのツンケンとした言葉が耳をくすぐる。
(うっわ……!相変わらずすっごい俺様キャラ!はじめはイラっとしたのよねー。でも、あーもう!かっこいいなぁ!!)
木陰に隠れながら一人悶絶する。
「――――駄目だよ、イグニス。ちゃんとこの子の話聞いてた?君も迷子ならちゃんとそう言わなきゃ」
その声にハッとして視線を上げると、校舎の二階部分に腰掛けていた人影がふわりと舞い降りてきた。
(うわー!セシルだ!!ほんとに空から降ってきたんだ)
「セシル・ブリーズウィスパーが空から天使の様に降りてきた」と書かれていたテキスト通りだった。
陽光に照らされた少し青みがかった緑色の髪がキラキラと輝く。後ろで縛った長髪が体の後を追って風になびく。
ゆったりとした立ち姿にどこか中性的な顔立ちは、落ち着きがありながら内面の強さを醸し出す様な美しい青年の微笑みを湛えている。
「おお、久しいな、セシル。それより聞き捨てならないな、俺様が迷子だと?」
「だってそうでしょ?さっきからこのあたり何回往復してるのさ。と言ってもまぁ僕もちょっとわからなくてどうしようかなぁって思ってたところなんだけどさ―――っと、おーい、マリウス!久しぶり!元気にしてたかい?」
セシルが入り口の方に顔を向けながら手を振った。
それにつられて私も同じ方向に目を向けると、丁度こちらに向かって歩いてくるの青年の姿が見える。
(うっわ……!相変わらずのイケメン!)
主人公と一緒に入学試験を受けたライバルキャラ、マリウス・ウェーブクレストの姿がそこにはあった。
すらりとした細身な体格に綺麗に伸びた青みがかった銀色の長髪は上品に整えてあり、淡い黄色の瞳は切れ長で理知的な印象を与えている。ウェーブクレスト家の刺繡が施されたローブを制服の上から纏い、学生らしからぬ気品を漂わせている。
「あいかわらずお前たちは騒々しいな。これからこのセレスティアル・アカデミーの生徒になるというのに」
透き通るようなマリウスの声をBGMにゲーム内のシーンが次々と蘇ってくる。
(マリウスの個別ルートも最高にかっこよかったなー。良いわよねー拗らせ男子って!)
このローブもまた一つの彼らしいアクセントだ。そうしていると彼らの中での会話が盛り上がってきたようだった。
「まぁ、まだ入学式すら出てないし、僕たち迷子で入学式の会場までたどり着けるかわかんないんだけどね。マリウス、知ってる?」
「当然だろう。俺は兄様の関連でここには何度か来ているからな」
「俺様は迷ってなどいない。セシルとこの娘が迷っているだけだ」
「あ……え……?あ……」
突然現れた美男子3人に囲まれたアリシアは戸惑い、上手く言葉が出てこないようだった。
「あ、そうだ、君、名前はなんていうの?」
そんなアリシアを優しく見つめ、安心させるようにセシルが微笑む。
「アリシア・イグニットエフォートと言います。これから1年間よろしくお願いします!」
「あはは、丁寧にありあがと。僕はセシル・ブリーズウィスパー。よろしくね」
「俺様はイグニス・アルバスターだ。覚えようとしなくても良い。俺様の存在はどうせ一生忘れられないからな」
「俺はマリウス・ウェーブクレスト。ウェーブクレスト家の次男だ。よろしく頼む」
アリシアは一人ずつ丁寧に目を合わせながら笑顔で会釈をしている。
「丁寧にありがとうございます!お3方とも仲が良いのですね?」
「まぁ親の付き合いで小さなころから何度か顔を合わせてはいるが……仲がいいかは……。特にこのイグニスはうるさくてな」
「てめぇが静かすぎるんだよ」
「と、まぁこうして腐れ縁ってわけ。先日もアイアンクレスト邸で食事をしたりしてね」
「なるほど……みなさん仲が良いのですね!私もこれからたくさんお話できたら嬉しいです!」
(うっわ……!やっぱりすごい破壊力!)
アリシアが笑うたびに空気が和んでいくのがわかる。本当に彼女は周りを幸せにする不思議な魅力を持っているようだった。
「ほんとは僕たちの腐れ縁仲間があと2人、いや、1人来るはずなんだけど……ま、ガレンはしっかりしてるから先に行ってるのかもね」
「確かに。では俺たちも行こうか!」
「あ!マリウスてめぇ!俺様よりも先に行こうとするんじゃねぇ!」
「お前は場所を知らないんだろう。さ、アリシアも一緒に行こう」
マリウスが先導しながら一向は入学式の会場へ向かって歩き始めた。
(はぁ……もう……ほんと最高……!)
私は木陰から体を乗り出しながら一人鼻息を荒くしていた。
(くーっ!さいっこう!!!何あのアリシアの可愛さ!!ゲームのイベントスチル……っ!生で見るのやばい……。やっぱり実際に目にするのとでは全然違うっていうか!!)
さっきの首をかしげながらニコッと笑ったアリシアの顔を思いだす。
可愛すぎ!いや、知ってたけど!何回もあの笑顔はみてたけど!それでもああしてちょこまか動くアリシアの姿は愛らしくて仕方がなかった。
もちろんアリシアだけじゃない。その周りのイケメンたちもたまらない。
(イグニスの俺様っぷりも最高だったし、セシルのあの気取った感じもなんか可愛かったし、マリウスも意外と面倒見よかったりして……。はぁ……私の大好きなゲームのイベントシーンが目の前で見れるなんて……もうこれ幸せでしかないじゃない!!)
何回も、何十回もプレイし、設定集もすべて読み込んだ大好きなゲーム「セレスティアル・ラブ・クロニクル」の世界が目の前に広がって、そして大好きなキャラクターたちが目の前で喋って動いてる。本当に夢のような光景だった。
(でも……ガレンはどうしたんだろ?)
本来このイベントでは4人の攻略対象とアリシアの顔見せのためのイベントだ。ここで挨拶を済ませて入学式に向かうはずなのに……。
すぐガレンが現れて先に行った面々と合流するのかとあたりを眺めていると、遠巻きにイグニスたちの背中をにらみつけてる生徒たちの姿があった。
「ったく……貴族様が道のど真ん中をふさぎやがって」
「あいつらこの学園でも我が物顔かよ」
「なんだよあのローブに刺繍!そんなに俺たちに見せつけたいのか?」
(ふぅん……なるほどねー)
このゲームの中では一部貴族と平民の対立構造がある。それで貴族である『レヴィアナ』は平民であるアリシアに突っかかったり……と、まぁいっか。あんまり見ていても気持ちがいいものではない。それに今の私がアリシアにそんなことをしなければいい話しだ。
(そんなことよりみんなの姿が見えなくなる前に、私も入学式の会場についていかないと……って……)
「あ……」
思わず声に出てしまった。今の私……レヴィアナはどうやってアリシアやイグニスたちと知り合えばいいんだろう……。
さっそく楽しいはずの『セレスティアル・ラブ・クロニクル』に暗雲が立ち込めてきたのだった。
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