第116話 施療院

 「ふむ、お前の報告も伝令と大差ないが、そんなに簡単に飛んだとは相当な体力と戦闘力だな」


 「強制招集での彼の戦いは噂になっていましたが、噂は大きく伝わるものだと思っていましたが」


 「噂通りの戦闘力ということだな」


 「キラービーに守られて、フォレストウルフを殺されたと話しながら新たなフォレストウルフを連れて来ていた事と常人離れした戦闘力。何とも厄介な男ですね」


 「それは敵に回したときのことだが、儂は敵にするつもりは無いぞ。バルロット、お前も十分に気を付けて対せよ」


 「はい、周囲の者は私が王籍を外れる者で、気楽な性格だと思っています。その姿を利用して彼と接触しています」


 「うむ、配下の者にも彼と彼の周辺の者には、十分注意して接触しろと言い聞かせておけよ」


 「それについて、ミレーネ殿より治癒魔法使いを一人預かったと報告を受けました。名前はルシアン、15才の少女です。彼がミレーネ殿に伝えた話では、怪我なら大怪我でも治せるだろうとのことだそうです。但し野獣相手に治癒魔法の練習をしたので、病気治療の経験は無いそうです」


 「それなら病気治療の依頼をしろ」


 「陛下、既に施療院の手配を命じていますので、折を見てミレーネ殿に依頼致します」


 「その時は私も是非立ち会いたいものです」


 「お前の練習の成果はどうだ?」


 「魔法師団長と氷結魔法使いの教え通りにしていますが、毎日倒れるほどの練習はちょっと」


 そう言って肩を竦めるバルロット王子。


 「その娘と接するときには、魔法や彼の事を決して聞き出そうとするな。相手から話してくれなければ黙っていろ」


 * * * * * * *


 ミレーネ様のお屋敷に来て次の日、執事のセバンス様に呼ばれて行くとメイド長のエレサさんが見知らぬ人と待っていた。

 何事かと思えば、身体や足の寸法を測られた後、執事のセバンス様の所へ戻り一枚のカードを渡された。

 言われるがまま針で指を刺して、血を一滴落とした。


 炎の輪の中に綺麗な花模様のカードは、ミレーネ・モーラン子爵様の家臣を示す物で、セバンス様の下の身分を示していると教えられた。


 王家は炎が12個、公爵家は炎が10個、侯爵家は9個、伯爵家は8個、子爵家は7個、男爵家は6個。

 炎の色が赤いのは貴族を示すもので、当主とその家族なので忘れないようにと言われた。

 私のは青い炎で、使用人に持たせる物で何れの貴族の使用人か一目で判るものだと教えられた。


 青い炎の輪にお花の絵が描かれていて、輪の下にお星様が四つ付いている。

 執事のセバンス様は五つで、メイド長のエレサさんは三つだと教えられた。

 エレサさんとは同格だと聞いていたので不思議に思っていると、治癒魔法の依頼を熟せばエレサさんより上位になるそうだ。


 身分証を渡されて二日後、部屋に服や靴など着替えが届けられて着替える様に言われた。

 薄い茶色のワンピースに着替えたが、左の胸の所に子爵家の紋章が同じ色の糸で刺繍されていて、買い物など外出の時にも着ているようにと言われた。。

 別に手渡された白い服は、治癒魔法の依頼で出掛ける時用だと教えられて、本当に治癒魔法使いとして子爵様に仕えるのだと思った。


 服を着替えてセバンス様の所へ行くと、馬車に乗せられて商業ギルドへ連れていかれ、言われるままにカウンターで身分証を差し出した。

 暫く待つと商業ギルド会員のカードを渡されて、此処でも血を一滴落とす様に言われる。


 私の口座に、治癒魔法使いとしてモーラン子爵家に仕える契約金10,000,000ダーラが振り込まれる事。

 月々の給金として500,000ダーラと、他家へ出向いての治療に支払われる謝礼の一部も振り込まれるので覚えておくようにと言われた。

 私は未だ誰も治療していないのにどうしてと思ったが、シンヤ様の紹介で重傷の怪我を治せると聞いるので当然だと笑われた。


 * * * * * * *


 ミレーネ様から、病気治療の練習もしておいた方が良いと言われて、王都の施療院へ行く事になり、セバンス様の補佐をしているモリスンと二人で施療院へ向かった。


 病気治療のことはシンヤ様から聞いている手順で大丈夫なはず。

 始めに病人に何処が悪いのか傷むのかを聞くこと。

 次に治癒魔法を使う時には健康な身体に戻る様に願って魔法を使うこと。

 病気の元が判らないときは、鑑定使いに何処が悪いのか鑑定して貰うこと。

 もっとも大事な事は、掌は患部に近づけて魔力を流すことで、手を高く掲げて治癒の光りを撒き散らすのは見掛けだけなのでしないこと。

 詠唱の事は、怪我が治り元気になります様にとか、この者の病を癒やす事をお許し下さい。と口内詠唱しているってことに。

 よし! 全部覚えている。


 拳をぎゅっと握り、気合いを入れていると馬車が止まった。


 御者が扉を開けてくれて降りるのを手伝ってくれるが、馬車に乗ったのはシンヤ様とお屋敷に向かったときが初めてだったので、未だ慣れない。

 ホッとして顔を上げると、白い聖衣の治癒魔法使いの女の方が迎えてくれた。


 「ルシアン様ですね。当施療院の治療師をしていますアランナです。治療のお手伝いをしてくれるそうで、有り難う御座います」


 深々と頭を下げるアランナの隣で、男がおざなりに頭を下げている。

 アランナの案内で施療院に入り、ベッドの並ぶ病室へと導かれたが、室内には四人の男女が待っていて病人の所へ連れて行かれた。


 「この方は胸の痛みを訴えて長らく伏せっています」


 それだけ言ってじっとルシアンを見ている。

 此れは治療しろって事かなと思い、おもむろに口内でゴニョゴニョ言い「ヒール!」


 誰も何も言わないので不安になり、キョロキョロとしたが病人はと気付き顔色を見る。

 病人の顔に赤みが差している様に見えるが、緊張していて治ったのかどうか判らない。


 「あの~、お加減は如何ですか?」


 「ん・・・」


 「治っています!」と声が聞こえた。


 ルシアンはホッとしたが、えっ、今の誰と声の方を振り向くと壮年の男が隣の男に伝えていた。

 ん、この人は誰? と首を捻る。


 「ささ、次の方をお願いしますね」


 アランナに声を掛けられて次の病人の症状を教えられた。

 腹痛が長く続いていて、時々厳しく痛む。

 腰が痛くて起き上がれない。

 膝の痛みで歩けない。

 咳が止まらず、痰に時々血が混じる。

 次々に説明を受けながら治療をしていくが、アランナ以外は誰も何も言わずに食い入る様に治療を見ていた。


 症状を教えられるままに治療を続けていると「あのう、魔力は大丈夫ですか」とアランナが心配気に声を掛けて来た。


 「あれっ・・・何人治療しましたか?」


 「もう連続して28人治療していますが、疲れていませんか」


 「後6、7人は大丈夫です」


 ルシアンの返答にアランナ達が騒めくが、何をそんなに驚いているのかルシアンには判らない。


 「失礼ですが、ルシアン様の魔力は幾つなんですか?」


 「84です」


 即答してそれが何か問題でもと、首を傾げる。


 その後も治療を続けたが、10人目になってシンヤの教えを思い出し「済みません、魔力が少なくなってきたので此れまでにして下さい」と治療を断る。


 ルシアンの乗る馬車を見送るアランナは、呆れていた。

 怪我人は治せるが病人の治療をしたことがないと聞いていたのに、軽く口内詠唱をしてヒールと口にするだけで簡単に治していくではないか。

 案内した病人達も昨日今日此処へ来たのではない。

 自分達が毎日治療して少しずつ良くなっていたのが、一瞬で治るなんて信じられなかった。

 彼女と自分は何が違うのか、自分の魔力は79で彼女より五つ少ないだけだ。


 「アランナ、彼女の事は口外禁止だ。判っているな」


 「承知致しておりますが、彼女は明日も来てくれますか?」


 その問いかけに返事は無かった。


 * * * * * * *


 「ブライトン様、施療院へ行かせた者達が報告に来ました」


 宰相に伝える補佐官の背後に、施療院でルシアンの治療を観察していた四人が立っていた。


 「結果はどうだった」


 「素晴らしいの一言に尽きます。あれ程の使い手が無名だとは信じられません」

 「症状を聞くと口内詠唱の後、ヒールの一言で次々と治していましたが、私ではあの域に達していません。あの娘は、特級治癒魔法師と言っても過言ではありません」

 「それに魔力が84と言いましたが、あの魔力量で連続28人を治療し、一言二言話した後で10人の病人を治療しました。魔力切れを心配して治療を中止しましたが、未だまだ余力がありそうでした」

 「治療の補佐として病人の鑑定をしていましたが、あれ程易々と治療出来る者は滅多にいないでしょう」


 「そんなに素晴らしかったのか?」


 執務室の一角に置かれたソファーに、だらしなく座った男から声が掛かる。

 声の主に向かって頭を下げる。


 「楽々と治癒魔法を使っていました。成人前後と思える歳の娘とは思えません。彼女の師に教えを請いたいものです」


 「あー、それは駄目だ。今日の事は全て忘れてもらう。魔法師団長、君が褒めちぎった少女は、授けの儀の後で数ヶ月指導を受けただけで師団長が褒めちぎる腕になった。私は、師団長や同じ氷結魔法の使い手から指導を受けたが・・・まっ、私に才能が無いと思うことにするよ。しかし、指導者の教え方一つでこうも素晴らしい魔法使いが育つとはね。魔法師団での、指導方法を改めるべきだと思わないか」


 キツい皮肉に、そんな事はないと言えない師団長。

 バルロット殿下に、魔力を練りひたすら魔法を使って練習を続ければ、上達すると教えたのは自分だ。

 いや、それ以上は教えなかった。

 自分より魔法が上手い王子となれば、自分は師団長の座から滑り落ちる。

 そんな事は許せなかった。

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