第82話 惨劇

 遠巻きに俺達を見て騒ぐ街の人々と冒険者の一団に警備兵達。

 ま~、いい晒し者だわ。


 暫く歩くと別な一団、と言うか馬蹄を響かせて迫り来た一団が前を塞ぐ。


 「止まれ! 怪しき奴、武器を捨てて温和しく縛に就け!」


 『温和しく縛に就け!』って、凄い台詞に思わず笑ってしまったが、それが気に障った様だ。


 「何が可笑しい! 貴様はグランデス騎士団の者に狼藉を働いたと聞いたぞ! 温和しく、我等に同道せよ」


 《ビーちゃん達、下に降りてきてよ。だけど刺しちゃ駄目だよ》


 《刺しちゃ駄目なの~》

 《マスターのお願いだ、文句を言うな》

 《行くぞ!》


 馬上から偉そうに喚いていた騎士が、頭上から降ってきたキラービーを見て顔色を変えた。

 もっと驚いたのは馬たちで、恐慌を起こして棹立ちになり騎士達を振り落として逃げ散ってしまった。

 石畳の上で振り落とされた騎士達が唸っているが、助けてやる義理はない。

 道案内の騎士を蹴り上げて侯爵邸へと急がせる。


 高級住宅街を抜けると森の中に巨大なお屋敷の屋根が見えてきたが、余計な物も多数見える。

 楯を並べた完全武装の騎士達や長柄の槍にハルバートまで見える。

 その背後には魔法部隊らしき人の列、その背後に弓を持った集団が綺麗に並んで待機している。


 おいおい、俺は戦争をしに来たんじゃないぞ。

 前方に待ち構える一団を見て、足を止めた案内の騎士達。

 俺達が立ち止まると、前方の集団から一人の騎士が歩み寄って来るが、頭上を気にして及び腰もいいところ。


 「止まれ!」


 「止まってるぞ。それより何の用だ」


 「それは俺が聞きたい。何故騎士達を殺し、キラービーの大群を連れて押し寄せる!」


 騎士達を殺し、か。あの四人も死んだ様だ。


 「俺はテイマーだが、キラービーを使役する能力はない。頭上の蜂はテイマー神様が遣わされた俺の護衛だ」


 「護衛・・・だと?」


 「ああ、能力の低い俺の為に、加護としてキラービーを護衛としてつけてくれた。騎士達が死んだと言ったが、それは北門で俺に斬りかかって来た男を襲った時に、狼狽えて仲間と看做され襲われたんですよ」


 「そんな寝言が、通用すると思っているのか」


 「信じられ無ければ、俺を攻撃すれば証明出来ますが、貴方と後ろに居る方々は死ぬことになるな。今だって、敵意を持つ貴方達が居るので俺の側から離れないんですよ」


 「お前が街に侵入して侯爵様の屋敷に・・・」


 男の後方から火の玉がビーちゃん達の群れに向けて打ち上げられ〈パン〉〈パン〉と破裂音を響かせた。

 阿呆が! キラービーの群れを刺激するとは自殺行為だ。

 羽根が燃えたり煙に包まれて落ちるビーちゃん達と、怒り狂った群れが魔法を放った者とその周辺に殺到する。


 一瞬のうちに阿鼻叫喚の地獄絵図となるが、今更止めても遅いので、目の前の男と案内に連れてきた八人に動くなと命じる。

 悲鳴と羽音の狂乱は僅かな時間で終わったが、興奮したビーちゃん達が周囲を飛び回り、伏せた奴等や俺達を襲わない様に命じるのが精一杯だ。

 毛を逆立てたミーちゃんとフーちゃん達は、俺の足下で頭を抱えて伏せている。


 《許すまじ!》

 《マスター、そいつ等も刺して良いですか》

 《仲間がたくさん死にました!》

 《殺せー!》


 倒れて動かない奴を執拗に刺すビーちゃん達も多数いて、支配している俺ですら、背筋が寒くなる程の怒りが伝わってくる。

 今解放すれば無差別に襲いかねないので、落ち着くまで上空待機を命じる。


 「頭を上げても良いぞ」


 「こここ、ころ、殺したのか?」


 震えて歯の根も合わない状態で何とか問いかけてきた。


 「キラービーの群れを攻撃すれば反撃を受ける。子供でも知っているのに、馬鹿な魔法使いが攻撃したんだ。自業自得と言うか、自殺行為だな」


 「なっな、何て事を。お前は侯爵様の騎士団を・・・」


 「最初に斬りかかって来た奴といい、グランデス騎士団って馬鹿の群れか? 此れがグランデス侯爵やシンディーラ妃の差し金か、それともヘイルウッド子爵家の恨みなのかそれが聞きたくて来たのだが、真面に話が出来そうにないな」


 「お前は・・・何を言っているんだ」


 「此れが何か知っているか」


 思わぬ物を見せられて思考停止したのか、身体の方も硬直してしまった。

 それは俺達の遣り取りを見ていた八人も同じで、役に立たない奴等ばかりでうんざりだ。

 正気に戻るのをのんびり待つほど優しくないので、問いかけて来た男の横っ面に往復ビンタをプレゼントする。

 相当手加減したが、往復ビンタ二往復で頬がパンパンに腫れ上がってくる。


 「良く聞け、さっきの魔法攻撃でキラービーが興奮している。俺がお願いして抑えているが、それも長くは続かないだろう。抑えが聞かなくなれば無差別攻撃が始まる。1時間待ってやるから屋敷に走り、侯爵か執事に俺が聞きたい事が有ると言って近くまで来ていると知らせろ! 理由はヘイルウッド元伯爵に関する事だと言え、判ったか!」


 顔を引き攣らせてコクコクと頷くので、回れ右をさせ「急げ!」と行って尻を蹴り上げる。

 蹴られた反動でよたよたと歩き出したが、今日は騎士の尻を蹴る日なのかな。


 * * * * * * *


 冒険者が暴れていて騎士数名が死亡したとの報告から、暴れた冒険者が騎士達を人質に侯爵邸へ向かっていると続報が届いた。

 次ぎに、暴れる冒険者を取り押さえる為に差し向けた者達が全滅したとの報告に、留守を預かるウエルバ・グランデスは、魔法部隊を含む新たな部隊を編成して討伐に向かわせた。


 その後で先に向かわせた部隊は、キラービーの羽音に馬が驚いて暴れた為に騎士達が落馬して動けず、それを全滅と報告された事が判った。

 騎士たる者が蜂の羽音に驚いた馬を御しきれずに、全員落馬してしまうとはと憤慨していた。


 そこへ新たに差し向けた部隊の指揮官が、顔を引き攣らせて駆け込んで来た。


 「おお、賊は捕らえたか?」


 「魔法部隊の者が勝手な攻撃をした為に、キラービーを怒らせて全滅しました。件の冒険者は、王妃様の身分証を持つシンヤなる男で、ヘイルウッド元伯爵の事で聞きたい事が有るそうです」


 「全滅?・・・お前は何を言っている」


 「ウエルバ様、魔法使いがファイヤーボールでキラービーの群れを攻撃した為に部隊が全滅したのです。シンヤなる男が蜂を抑えているが、早くしなければ蜂が街を襲うそうです。早く会ってヘイルウッド元伯爵の事で話してください」


 頭が混乱して話があやふやになり、伝えたい事だけを喋ったがキラービーが街を襲う事になってしまっていた。


 「キラービーが街を襲う?」


 「此処からでも蜂の大群が見える筈です!」


 叫ぶ様に言って窓の外を指差すと、つられてウエルバや執事達が窓から外を見る。

 屋敷に続く道の上空が薄靄の様に見えるのを訝しむが、キラービーの単語が頭に浮かび顔が引き攣る。


 「ウエルバ様、シンヤと申す男はテイマー神の加護を授かり、キラービーに守られているとの報告が有ります。それはヘイルウッド伯爵死亡の原因でもあります」


 「あっ・・・」


 「何だ?」


 「その男が・・・王家の紋章入り身分証を持っています」


 「それを早く言え! ウエルバ様、その男はリリアンジュ王妃様との閲見に際し、護衛のキラービーを呼び寄せたとの報告が有ります。ヘイルウッド伯爵も彼を攻撃した為に、護衛の蜂に刺されて死亡しました。彼を攻撃してはなりません! あれをご覧下さい、無数の蜂に襲われたら街が全滅します! そうなればグランデス侯爵家は、ヘイルウッド家より酷い事になります!」


 執事に指摘されて顔色を変え、必死に考えるが妙案が浮かばない。


 「ど、どうすれば良い、オルウエズ」


 「お前、シンヤはヘイルウッド元伯爵の事で話があると言ったんだな」


 執事に問われて必死で頷く指揮官を見て、一度シンヤなる男に会わねばならないとオルウエズは決めた。


 「ウエルバ様、その男に会って、何故この様な事をするのか尋ねて参ります」


 執事は叫ぶ様に言うと、普段の礼儀を無視して執務室を飛び出していった。

 馬車の用意を命じようとしたがその暇が惜しく、正面玄関を飛び出して正門へ走る。

 徒ならぬ様子で駆けてくる執事を見て慌てる衛兵に「門を開けろ!」と怒鳴りつけ、開き始めた門の隙間から飛び出す。


 春霞の如くキラービーの舞う地を目指して駆けるが、多数の騎士達が倒れているのを目にして足が止まる。

 どす黒く変わった顔色と苦悶の表情を浮かべて、折り重なる様に倒れている者達を見て足が震えるが、その向こうに立つ男と座り込んでいる騎士達を見て胸をはる。


 侯爵邸の方から駆けてきた男が、折り重なって倒れる騎士達の前で足を止めたが、俺の方へ向き直ると胸をはり歩き出した。

 なかなか骨のある男の様だが、身形からして執事に見える。

 恐怖に歪んだ顔で立ち止まると一礼して口を開く。


 「シンヤ殿とお見受けしますが、この惨状は何故ですか?」


 「お前は?」


 「ブレンド・グランデス侯爵家にて執事をいたしております、オルウエズと申します」


 「この惨状・・・それはお前達の部隊が俺の護衛を攻撃した結果だ。それよりも、北門の所でグランデス侯爵家の騎士達の隊長から、俺は抜き打ちに斬り付けられたが侯爵家の指示か? それともシンディーラ妃かヘイルウッド家の遺恨による攻撃なのか尋ねに来た」


 「まさか・・・」


 「北門で、そこに座り込んでいる騎士達の隊長から声を掛けられた。俺が誰だか知っていて勝負を持ちかけられたが、それを受ける謂れはない。それ故に侯爵の指示かシンディーラ妃若しくはヘイルウッド家の遺恨かを尋ねたところ抜き打ってきた。俺はそれに反撃をして横っ面を張り倒しただけで済ましたが、収まらなかったのが俺の護衛を司る蜂たちだ」

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