第4話


 広場に設置された処刑台の周囲には大勢の民衆が集まっている。

 次期国王になるはずだった男が処刑されると聞いて、王都中の人々が集結していた。

 クズリックの悪行はすでに王都中に広まっており、誰もが処刑の開始を待ち望んでいる。


「「「「「ワアアアアアアアアアアアッ!」」」」」


 処刑執行の時間となり、兵士に引きずられるようにして王太子クズリックが現れた。

 途端に民衆から喝采の声が上がり、一部の者達が石を投げつけてくる。


「いやだ……死にたくない……だれか、助けてくれ……」


 クズリックが弱々しくうめいた。

 処刑台まで引きずられていき、頭部と手を固定される。

 すぐ傍には斧を持った処刑人が立っていた。


「助けてくれ……死にたくない……死にたくない……」


「殺せ! 殺しちまえ!」


「無能な王族に死を!」


「そいつのせいで税金が上がったんだ! ぶっ殺せ!」


「婚約者殺しのクズ王子め! さっさと首をはねられろ!」


「…………!」


 自分の死を願っている者達の姿を目の当たりにして、クズリックは全身が凍りつくような恐怖に襲われた。


(どうして、僕がこんなに憎まれているんだ……僕は正しい道を歩いているんじゃなかったのか!?)


 正しい人間だと思っていた。正道を進んでいるはずだった。

 父親からは王になるべき人間だと深い愛情を与えられ、周りの家臣からもそのように扱われていたはず。


(僕が間違っていたというのか? やはり、エレノワールと婚約破棄なんてするべきじゃなかった……)


「助けてくれ……僕は間違っていた。お願いだ、やり直す機会をくれ……!」


 クズリックは涙を流して懇願した。


「ちゃんと勉強もする。民や臣下を思いやる。人々から愛される立派な国王になってみせる……だから、どうか命だけは……!」


「……ようやく反省されたのですか?」


「…………!」


 頭上から声が降ってきた。

 婚約者とそっくりの声……『彼女』の声である。


「エレノア嬢!」


 クズリックはエレノワールの妹の名前を呼んだ。婚約者とよく似ていて、少しだけ地味な彼女の名前を。


「お願いだ! 助けてくれ!」


 クズリックはこれが最後のチャンスだとばかりに叫んだ。


「これから罪を償う。彼女を殺めてしまったことを全力で! だから……どうか処刑を止めてくれ!」


「…………」


「本当に反省しているんだ……このまま愚者として死にたくない。お願いだ、償う機会をくれ……!」


「本当に……遅すぎますわね」


 エレノアが深々と溜息をつく気配がした。


「貴方と婚約を結んでいたのは国王陛下のたっての願いであり、国を安定させる上でそれが一番だと思ったからです。いつまでも昔の恨みを引きずっていたら前には進めませんし、私の子が次代の王になるのであればそれで良いと思っていました」


 クズリックを無視して、エレノアは淡々とした口調で言葉を投げかけてくる。


「貴方が王太子としての自覚を持って行動してくれたのであれば、多少能力が足りなかったところで支えてあげようと思えたのです。たとえ能力が足りずとも、勤勉であればそれで良かったのに……」


「お前は、まさか……」


「好きでないのはお互いさま。性根のねじ曲がった悪役令嬢で悪うございました」


「ッ……!」


 性根のねじ曲がった悪役令嬢。

 それはかつて、婚約破棄の際にクズリックが口にした言葉である。


「お前、貴様は……エレノワールなのか!?」


「…………」


「返事をしろ! 生きていたのか!? おい、何とか言わないか!?」


「それでは、さようなら……」


 エレノア……エレノワールらしき女性がクズリックから離れていき、処刑台から降りていく。

 処刑人が進み出てきて、黒く重厚感のある斧を振り上げる。


「やめろ! やめろ! あの女は生きている。僕は無実だ!」


「…………」


「やめてくれ……僕は誰も殺していないんだ。処刑されるような理由はないんだ!」


「「「「「オオオオオオオオオオオオッ!」」」」」


 王太子の声を民衆の声が塗りつぶす。

 処刑を見守っている彼らには、王太子が無様に命乞いをしているように見えたことだろう。


「僕は嵌められたんだ……あの女、殺されたふりをして僕を……」


「ムンッ……!」


「殺そうと……」


 処刑人が容赦なく斧を振り下ろす。

 真っ赤な血と共にクズリックの首が宙を舞い、民衆からひときわ大きな歓声が上がった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る