第2話


「さて……国王陛下、此度の事態についてどのように責任を取るつもりですか?」


 王宮にて、低い男の声が玉座の間の空気を震わせる。

 憤怒の声を発したのはロード・ガーラント公爵。エレノワールの父親だった。


「……すまなかった、ガーラント公爵」


 国王がうなだれて謝罪する。

 王太子によってエレノワールが断罪され、殺害されて一週間が経過していた。

 エレノワールの遺体はガーラント公爵に引き取られており、すでに葬儀も行われている。

 葬儀が終わり、抗議に訪れたガーラント公爵に国王はただただ頭を下げることしかできなかった。


「謝罪が聞きたいのではありません。これからどうするのかと聞いています。まさか謹慎程度で済ませるつもりではありませんよね?」


「む、息子には罰を与えるつもりだ。十分な賠償もする。だから、どうか廃嫡だけは許してもらえないだろうか……?」


 国王が弱々しく頼み込む。

 クズリックは唯一の息子であり、愛する王妃の忘れ形見。溺愛している後継者だった。


「クズリック殿下以外にも王位継承権を持つ人間はいるでしょう? 我がガーラント公爵家も王家の血を引いていますし、他の高位貴族の中にも候補はいます。殿下を廃嫡したところで後継者には困らないと思いますが?」


 国王の子供はクズリックしかいないが、王位継承権を持った人間がいないわけではない。

 ガーラント公爵自身も先々代の国王の孫にあたっており、亡くなったエレノワールともう一人の娘が生まれながらに王位継承権を有していた。


「そんな……どうにかならないだろうか? あれは不幸な事故だった。息子もエレノワールを殺すつもりはなかったはずなのだ……」


「だから許せと? 娘の名誉を汚され、命まで奪われたことを水に流せとおっしゃるのかな?」


「それは……」


「心配せずとも、私はクズリック殿下を廃嫡させるつもりはありませんよ。|その程度で済ませるつもりは毛ほどもありません」


「は、廃嫡で済まさないだと!? ま、まさか……!」


「ええ、お察しの通りです」


 ガーラント公爵が冷笑して、踵で床を踏み鳴らす。


「我がガーラント公爵家はクズリック殿下の処刑を要求いたします。公爵家の娘を身勝手に殺害したのだから当然でしょう」


「そんな……いくらなんでも処刑は厳し過ぎる!」


 国王が玉座から立ち上がって抗議する。

 娘を死なせてしまったのは申し訳なく思っているが、だからといって愛する息子の命を奪われたら堪らない。

 しかし、ガーラント公爵は冷たい表情をピクリとも動かすことなく、淡々とした口調で言葉を返す。


「証拠もなしに一人の令嬢を罪人呼ばわりして婚約破棄。おまけに国外追放を命じた男に厳しいですって? おまけに追いすがる娘を突き飛ばして死なせるなんて、人間の所業とは思えません!」


「それは……だからといって処刑だなんて……」


「二代にもわたって婚約者を貶めて、ゴミのように捨てるだなんて……蛙の子は蛙とでも言いますか、本当に似たもの親子ですなあ」


「う……ぐ……」


 ガーラント公爵の嫌味に国王が押し黙る。

 実のところ、国王もまた王太子であった頃に婚約破棄をした経験があった。

 当時、国王はガーラント公爵家と並んで力を有しているアルバン公爵家の令嬢と婚約を結んでいた。

 しかし、とある下級貴族の令嬢を見初めてただならぬ関係になり、アルバン家の令嬢に冤罪を被せて婚約破棄を突きつけたのだ。


「当時は王家の力が今よりも強かったので冤罪を押し通せたようですが……今度はそうもいきませんぞ。クズリック殿下が殺害されたのは私とエリーゼの娘……つまり、ガーラント公爵家とアルバン公爵家の両方の血を継いだ娘なのですから」


 冤罪を被せられたアルバン家の令嬢は、その後、ガーラント家の跡継ぎ……つまりロード・ガーラントと結婚することになった。

 これにより、国内でも有数の権力を有していた二つの公爵家が結びついている。

 公爵家の力が増したことで相対的に王家の権力が減衰し、今の王家にはかつての勢いはない。


「頼む、ガーラント公爵……クズリックは愚かな子供だが、アリスが遺してくれたたった一人の子供なのだ。あの子がいなくなってしまったら……」


「私も娘を失い、同じ気持ちになっています。貴方が私の立場だったのなら軽い罰で済ませますかな?」


「う……」


 国王が苦虫を噛み潰したように表情を歪める。

 苦渋に満ちた顔が、公爵の問いに対する答えを如実に語っていた。


(そこまで息子が大切ならば、どうしてもっと厳しく育てなかったのだろうな……)


 国王は息子を溺愛しており、甘やかして育てていた。それが今回の暴走とエレノワールの死につながっている。

 そんなに息子を愛しているのであれば、国王はなおさら厳しく育てるべきだったのだ。


(この男はそれを怠った。息子を愛するあまり、まともな躾をしなかった。そのくせ、エレノワールを息子の婚約者にと求めてきた)


 エレノワールが婚約者に選ばれたのは、国王の強い要望によってである。

 ガーラント公爵家とアルバン公爵家、二つの有力貴族の後ろ盾を得るためにエレノワールを求めたのだ。


「後ろ盾欲しさに娘を求めておいて、平気でないがしろにする。本当に許しがたい所業だ」


「…………」


「今回の件については議会で厳しく審議させてもらう。ご子息がエレノワールにかけた罪状についても精査する。もしも冤罪であったのなら……覚悟しておくことです」


「そ、そんなあ……」


 国王が床に崩れ落ち、ハラハラと涙をこぼした。

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