【午後五時〇〇分】林 浩一郎

『ごめんネ、もう終業時間だっていうのにお願いしちゃって』


「明日、文書の整理するんだろ? 専用の段ボールは総務部そうむぶの書庫にしかないんだから仕方ないよ」


『私が総務部の書庫に入れたらよかったんだけど』


あかね資産部しさんぶの書庫しか入れないからな。明日までに取りに来てくれよ」


 俺ははやし 浩一郎こういちろう。上篠市役所総務部総務課、入庁して五年目の二十七歳。


 内線電話の相手は川上かわかみ あかね、財務部市民税課の職員で年齢は俺の一つ下の二十六歳。今は独身だが、もうプロポーズは済んでいる。


 どうも明日、市民税課で公文書こうぶんしょの整理をするらしく、専用の段ボールが必要らしい。


 書庫には担当部署のIDカードを使わなければ入れない。


 公文書の担当部署は総務課なので、総務部である俺でなければ総務部の書庫に入れないわけだ。


「林くん、ちょっといーい?」


 自席の後ろから声をかけられた。振り返ると伊神いかみ しのぶが立っていた。


 幼さの残る顔立ちにロングヘア。役所内のオジサマ達に可愛がられている。


「しのぶか、どうかした?」


「ちょっと耳貸してぇ」


 彼女が中腰になって耳元でささやこうと俺に近づく。


(今日、IDカードをどっかで失くしちゃってさ……。帰るときにドアの鍵が開けられないから、一緒に出てもらってもいーい?)


(どこで失くしたか、心当たりとかないのか?)


(あったらもう見つけてるよぉ! 帰りだけお願いっ!)


(仕方ないなぁ……。これから書庫で作業してくるから、後で連絡するよ)


(やった! たすかるぅ!)


 しのぶは俺の肩をぽんぽんと優しく叩くと、人事課へ戻っていった。


 さて、書庫に段ボールを取りに行くか。

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