第419話 179『焼きそば』

 今まで野営をしてきた場所は、森の中の少し開けた空き地が多かったので、今夜のこの、満天の星空を見る事は無かった。


「ふわぁ、見事だねぇ」


 360度の大パノラマを見渡し、手を伸ばせば届くような星々に、しばし今の状況を忘れた。

 と、香ばしい匂いとジュージューという音がアンナリーナを現実に引き戻す。さらにお腹がクーと鳴って、ようやく意識が向いた。


「リーナ! 焼けたぞ!!

 味見してくれ!」


 テオドールが夜店よろしく、2本のヘラを使って焼きそばを焼いていた。

 その鉄板と並ぶのは色々な肉を焼く鉄板や、野外用バーベキューコンロだ。


「はーい、今行きまーす」


 アンナリーナは現実に戻り、駆け出した。



 ミノタウロスの厚切りステーキ、ホロホロ鳥の串無し焼き鳥、オークのピカタ、目玉の骨つきウィンナーを含むウィンナーやチョリソーが、美味しそうな焦げ目をつけて焼かれている。

 そして今夜の主食は焼きそばだ。

 オーソドックスな、キャベツと玉ねぎ、にんじんに薄切りハムとともに炒められた麺は【異世界買物】で買った、アンナリーナにとっては懐かしい、黄色い麺だ。

 焼きそばソースは某お好みソースの姉妹品で、前世でアンナリーナが愛用していたものだ。もちろん鰹節も忘れない。


「みなさーん、お肉も焼きそばも出来上がりましたー!

 順番に並んで下さいー!」


 アンナリーナの声に、男たちが敏感に反応する。

 各自、皿を持って思い思いのところに並んで肉を給餌してもらっている。

 早速ステーキに齧りついたダンが言葉にならない嬉声を上げていた。



「焼きそば、最高ー!」


 キャベツも玉ねぎも収穫後すぐにインベントリにて保存してあるため、特に玉ねぎは甘くて美味しい。

 キャベツも火が通っていて、それでいてシャキシャキ感が残る絶妙な焼き加減だ。

 麺は一度湯をかけてほぐし、完全に水分を切らずに蒸し焼きにした。

 本来はそのまま食べるのだが、アンナリーナはそこに、お好み焼きに入れるイカ天を砕いたものを振りかけ、その上にお好みソースとマヨネーズを足して舌鼓を打つ。

 完全にカロリーオーバーだが、今世のこの身体は太りにくいようだ。

 おそらく魔力が関わっているのだろう。


「みなさーん、じゃんじゃん食べて下さいねー」


 今夜は、明日からの士気を高めるためビールを飲むことが許されている。

 もちろん常識の範囲内だが、彼らが大に盛り上がったのは言うまでもない。




 その夜の見張りは従魔たちが行う事になっていて、一行が眠りについた頃にアンナリーナは結界を強めて眠りについた。


「リーナ?」


 ツリーハウスの自室で、入浴をすませたアンナリーナがぐったりしている。


「リーナ、どうした?」


 就寝しようと、アンナリーナを抱き上げたテオドールの眉尻が上がる。


「熱いな……これは風呂のせいじゃないだろう? いつものやつか?」


 ナビからの報せで駆けつけてきたアラーニェが、作り置きされていた丸薬を用意する。

 アンナリーナのこの症状は病気ではないため、薬で熱を下げるのではなく、熱を逃がす方向にもっていく。


「お熱はそれほど高くないようですね。お頭を少し冷やしましょうか」


 濡れたタオルで額を冷やし、上掛けをかける。テオドールに冷たい眼差しを向けた後、一度部屋を出ていった。


「俺は今夜はソファーで寝るから、おまえもちゃんと休むんだぞ」


 大きくて無骨な手が頬に触れて、そして口づけが降りてくる。

 アンナリーナの唇を優しく食むように動いた唇が離れる前に、アラーニェの咳きが聞こえてきた。


「テオドール殿? お控えください」


 相変わらず、アンナリーナ至上主義のアラーニェは、テオドールには辛辣だ。

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