第381話 141『乗り合い馬車の護衛』

 冒険者、マルセル視線。


 今日、停留した村から乗り込んできた2人は、何もかもが異質だった。

 その2人はどういった関係なのかわからないが、大男が高位の冒険者であることは間違いない。

 少女の方は、やけに身なりが良いので裕福な商家かひょっとしたら貴族の令嬢とその護衛かもしれない。


 慎重に席を定めた2人は、しばらくは小声で話をしていたが、大男が目を瞑ると、少女は本を開いて読み始めた。

 この馬車には他に8人の乗客がいるが、ここに来るまでの20日間ほどの間に誰一人本など手にしなかった。

 この国の識字率は周辺国と比べれば高い方だが、それでもよくて半分くらいだ。

 もちろん商人は読み書きと計算ができるが、一般のものは、自分たち冒険者もそうだがどちらかといえば生活に必要な文字や数字を視覚的に覚えているに過ぎない。

 あの少女のように本を読むのは、ほんの一部の限られた人間だけだ。



 馬の休憩のために停車した空き地で昼食となった。

 今日は皆、村の食料品店の弁当を調達していたので、揃って同じ物を食べている。

 その中で新規の二人組は、弁当の他に短い水筒を取り出して、中の汁物を食べ始めた。


『アイテムボックス持ちか!』


 どうりで荷物が少なかったわけだ。

 ふたりとも申し訳程度の荷物を背負っていたが、それは今荷物置き場にしまわれている。

 ふたり分の弁当や水筒は少女のバッグに入れられていたようだが、それも何か色々おかしい。

 汁物の水筒に至ってはどこから出したのか、わからない。

 マルセルは2人から目を離せないでいた。



 新規の2人以外はそれなりに長い間、旅を共にしているので、ポツポツと会話が続いている。

 その彼、彼女らも今は様子見をしているのか話しかけようとはしていない。

 大男は腕を組んで、ジッと目を瞑って微動だにしない。

 実はこの時テオドールとアンナリーナは【念話】で話していたのだが、そんなことは側から見てもわからないことだ。





 夕刻の、かなり暗くなってきた頃に馬車は野営地に到着した。

 乗客各自が、座席の下の物入れから自分の荷物を取り出し、降りていく。

 アンナリーナたちもそれに続いて降りたが、そこは何もない広場だった。


「今夜は中継地で野営ですか?」


 朝の挨拶以降、初めて話したアンナリーナだったが、帰ってきた答えはびっくりするものだった。


「ああ、嬢ちゃんたちはこの国の出身じゃないんだな。

 ここは他の国みたいに建屋はないんだ。そして井戸もない。

 ずいぶん前の事だが盗賊が建屋に潜んで旅人を襲ってね。

 井戸にも毒を入れられた事があって、全部無くしたんだよ」


「そんなことが……」


 絶句するアンナリーナを尻目に、冒険者たちは馬車の屋根を開いて、中からテントを取り出した。


「だから乗り合い馬車は、こうしてテントを用意している。

 すぐに張るから待っていてくれ」


 さすがに毎回張っている彼らの手際はよい。あっという間に貼り終わる、その間に、テオドールは焚き火の火を熾して湯を沸かす段取りをしていた。

 アンナリーナは御者と一緒にいた。


「私たちも自分のテントを持っているので、それを使ってもよいですか?」


「もちろん、こちらは構わないが……

 嬢ちゃん、いいのかい?」


「はい、その方が慣れていますし」


 火の段取りを終えたテオドールがやってきて、手早くテントを設営してくれた。

 アンナリーナは早々にそこに引っ込み、乗客達がテントに引き揚げるまで出てこなかった。

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