第330話 90『絆』

 テオドールの手を引いてアンナリーナは、寮の部屋に移動していた。


「リーナ?」


「熊さん、ここに座って」


 アンナリーナの寝室に置かれたソファーに2人並んで座り、そして向き合った。


 いつもと違う、アンナリーナの様子に訝しみながらもテオドールは彼女の手を握り、その言葉を待った。


「熊さん……

 これから話すことは私の、とても自分勝手なお願いなの。

 だから熊さん、もし嫌ならはっきりとそう言って」


「おいおい、一体なんだって言うんだ?ずいぶんと勿体ぶるな」


 そう言われてもなかなか言葉が出て来ない。

 アンナリーナの指先は震えている。


「熊さん、私と【従属】契約をして欲しいの」


 やっと言い切ったアンナリーナの顔色は悪い。


「【従属】契約?

 それって、この間のガキとしていたヤツか?」


「うん、そうだよ。

 ただアントンとは即座に契約解除したけどね」


「そうか…… いいぞ」


「いいぞって、本当にいいの?

 私、まだ何も詳しい話、してないよね?」


 うろたえ始めたのは提案されたテオドールではなく、した方のアンナリーナだ。


「じゃあ、その詳しい話? してくれるか?」


 どっしりと深く、テオドールはソファーに座りなおす。



「わ、私は……熊さんと、いつも一緒にいたい」


「リーナ」


「【従属】なんて不本意だと思う。

 でも、他に考えつかなかったの。

 ごめんなさい」


「ん? どう言うことだ?」


「だって……だって熊さんは一番大切な “ 家族 ”なのに!

 ツリーハウスに住めないなんて!!」


 アンナリーナの胸の奥底で、いつもモヤモヤと燻っていた想い。

 家族としての従魔たちより、さらに深く結びついた伴侶であるテオドールが、どういう形を取ろうとアンナリーナの庇護下に入り家族全員がひとつ屋根の下に住むことが叶えば、それはアンナリーナの夢に近づく事になる。


「リーナがそう望むなら……

 俺としては大して忌避感はないし、何よりも惚れた女の “ お願い ”だ。

 言葉はどうあれ俺は構わんよ」


「ありがとう。熊さん」



 この後テオドールは【従属】契約の宣誓を行い、その夜は二人きりで過ごした。




 翌日。


「ねぇ、やっぱりやめよう」


 尻込みして、前に進もうとしないアンナリーナと、それを促すテオドール。

 そして、そのふたりを見つめるセト。

 この3人が先程から、ツリーハウスへの入り口となる扉の前で繰り返し遣り取りをしていた。


「テストだってしたし、それも問題なかった。でも不安なの!

 他に何か考えるから、やっぱり……」


 取りすがるアンナリーナをそのまま抱き上げて、スタスタと境界線に近づくとセトに目で合図する。

 そしてそのまま手を差し出した。


 アンナリーナにデジャヴがこみ上げてくる。

 そのこと自体に後悔はないが、どうしてもアントンの悲惨な最期を思い出した。


「熊さん、何を!?」


 その腕に変化が見えればすぐに切り落とせるように、セトが剣を構えるなか、テオドールの指先が、手が、肘から先が境界線を越え、何事も起きない事を確認して……アンナリーナの目から涙がこぼれ落ちた。

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