第310話 70『糾弾』

「ご存知かもしれませんが、女性が一生のうちに排卵する卵の数は決まっています。

 これは、母のお腹の中にいるときにはすでに卵核の元が作られていて、それはどんな女性でも変わりません。

 ですが今回、私の目に止まった令嬢にはもう、その卵核の元がなかったのです」


「それは……それほど珍しい事なのか?」


 大公が誘導するように質問してくれる。


「はい、1人くらいなら……そんな事もあるのかと、気にしなかったかもしれませんが、学院に3人とは多すぎます。

 それで私は、当事者の親御さんに聞いてみたのです。何か思い当たる事はないかと。

 お一方を除いて聞き出すのに苦労致しましたが、それで全体像が見えてきました。

 全員が、先ほど言った【魔導具】をつけていらっしゃったのです」


「それが魔力を増強する魔導具だと」


「はい、先ほど増強と言いましたが、嵩増しと言った方が正しいのかもしれません。

 誕生した時、魔力が貴族の基準に満たなかった場合、ご両親にも黙って乳母がこの【魔導具】を与える事があるそうです。

 表面上は何の副作用もなく、誰にもわからない……耳朶の裏に小さな粒状のものを埋め込むだけで魔力値が格段に上がるのです。

 飛びつきますよね?」


「恥を忍んで申し上げるが、先日病気療養に入った我が家の長女サリアが、今回の件に合致致しまして、徹底的に調査しました」


 エレアント公爵の告白に国王が頷いた。来年の春に公爵家から入内するのは次女の娘に変更されている。


「この【魔導具】は大気の中の魔素を取り込み、魔力に変換して対象者に供与する仕組みになっていたのですが、女性がその対象だった場合、より安直なところから魔力を得ていたのが判明しました。

 ……そう、体内の卵核から魔力を奪っていたのです」


「それでは……」


 大公の目が戦慄いている。


「はい、結果【魔導具】は卵核を食い潰し、それを使っていた令嬢は卵を……子を妊娠する能力を失ったのです」


 その場に沈黙が満ちて、大公がチラチラと眼差しを向けてくる。

 アンナリーナは溜息し、言葉を発した。


「そんな方がこの場にも一人、いらっしゃいます。

 カテレイン様、お判りですよね?」


 突然、全員の視線を向けられてカテレインは慌てる。


「何を言っているのかわからないわ。

 そんなことよりも、ライオネル様ぁ」


媚を売りながら近づいてくる、つい先日まで一番の寵姫だった彼女を、王は容赦なく突き飛ばした。


「寄るな! この無礼者!」


「ライオネル様っ、どうして!?」


「それはあなたが【魅了もち】で、今お話しした魔導具の弊害を受けているからですよ」


 アンナリーナに容赦はない。


「魅了で陛下の心を支配し、懐妊することのないあなたが閨に侍っていたのは反逆罪にも当たります。

 あなたは陛下の貴重な時間を18年も奪ったのです……

 無事では済まないですわね」


「そんな、ライオネル様!

 私は何も知らなかったの!ライオネル様!!」


「連れて行け」


 見苦しく喚き続けるカテレインの頬に拳骨で一発殴りつけた近衛兵は、茫然自失となった彼女を引きずって退室していった。


「陛下、ご無礼を自覚して申し上げますが、王妃様は可愛い方ですよ。

 今年、準成人を迎えられたそうではないですか。まずはお庭の散策にでもお誘いになられたら如何でしょう?」


「そなたは……」


「は?」


「そなたは、私をどう思う?」


 アンナリーナはしばし硬直し、再起動したときの動きはとてもぎこちない。


「……それはどう言った意味でしょうか?」


「そなた、私の後宮に来るつもりはないか?」


 アンナリーナ本人よりもユングクヴィストの顔色が変わった。

 このままでは明日の朝にも失踪しかねない。


「陛下、私はもう結婚しています」


 今、この場にいる男たちが、今日一番驚愕した瞬間だった。

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