第306話 66『大公妃のサロンにて』

 アンナリーナが大公妃とのお茶を楽しんでいると、先ぶれがあって大公だけでなくエレアント公爵を始めとした一行がやってきた。

 アンナリーナは大公妃とともにカーテシーで迎える。


「ローズ=マリー、邪魔をするよ。

 リーナ殿、退屈ではなかったかね?」


「退屈なんて、そんな!

 大公妃様のお話はとっても参考になります」


「それはよかった」


 ニコニコとする大公と比べて、公爵たちは顔色が良くない。


「ユングクヴィスト様?」


 大公家の従者たちが追加の椅子を持ってきて席を作り、侯爵以下男たちが腰掛けていく。

 アンナリーナたちはお茶を楽しんでいたが、男たちには酒が供されるようだ。


「あっ、私、少し持って来てるんですよ」


「何、本当か!?」


 思わず、といった様子で中腰になるエレアント公爵。


「あの、お出ししてもよろしいですか?」


 その異国の酒の事を聞き及んでいた大公の目が期待に輝き、すぐに了承された。

 アンナリーナは袖口に隠された、腕輪の宝石に細工された小型の異空間収納から【薬師のアイテムバッグ】を取り出し、酒瓶を取り出し始めた。


「やはり、これとこれ……ですか?」


【異世界買物】でも値の張る国産高級ウイスキーと、フランス産の有名高級ブランデーがローテーブルに並び、男たちの目は釘付けだ。


「えっと、お毒味して下さいね」


 その芳醇さを聞いていたのだろう、大公はかぶりを振って自ら瓶を手に取った。

 アンナリーナは慌ててグラスを取り出し、アイスペールに氷を作り出して入れ、ピッチャーに魔力水を注ぎ入れた。


「このグラスも素晴らしい」


【異世界買物】で大量購入しておいた、やはりフランスの超有名クリスタルメーカー製のウイスキーグラスとアイスペール、ピッチャーのセットは贈答用として何組も用意している。


「では、あとでお近づきの印に差し上げますね」


「いや、これで充分だぞ」


 まさか大公に使用したものを贈るわけにはいかない。

 何とか言葉を尽くして納得してもらい、ホッとするアンナリーナ。

 ここで自分が空腹なのに気づいたアンナリーナは、おつまみになるような異世界料理を取り出した。


 ……クラッカーにクリームチーズとスモークサーモンを乗せたもの。

 玉子多めのタルタルソースを乗せたもの。さつまいもに似た甘い芋を使ったポテトサラダを乗せたもの。

 アボガドと生ハムを乗せたもの。

 それに定番のトサカ鳥のから揚げを出し皆に勧める。



 確か今宵は舞踏会に来たはずなのだが、現在隔離中であって、どうしてこうなったかとアンナリーナの目が死につつある。

 実は今現在もダンス中の国王と会わせないためもあるのだが、アンナリーナはそこまでは思い至れない。


「あの、少しお話があるのですが」


 男たちにあまり酒が回らないうちに、アンナリーナは声をかけた。


「何だい、リーナ殿」


「あの〜、さっき王様とご一緒だった方は……」


「カテレイン殿だ」


 酒が不味くなる、と言わんばかりの大公の態度。


「側室様ですか?」


「いや、あのものは側室にもなれない……敢えて言えば “ 寵姫 ”だな」


 その違いがよくわからないアンナリーナに、エレアント公爵が丁寧に説明してくれた。


 この世界では明確な身分制度が敷かれていて、それは貴族間でも例外ではなく、例えば国王の正妃=第一妃となれるのは王族(他国を含む)の姫、及び公爵家の令嬢、側室は侯爵家と伯爵家の令嬢と決まっていた。

 例外で子爵家の令嬢が後宮に入ることがあるが側室になれる家柄は決まっていた。

 だが、代々の国王が女優などを愛人とする事があり、この場合は寵姫と呼ばれる。しかし寵姫は決して “ 妃 ”にはなれず、万が一子供が出来たとしても庶子とされる仕組みだ。

 そしてカテレインは平民出身。

 貴族社会としては、到底受け入れられるものではない。

「ずいぶんとお気に入り、と見えましたが」


「そうだな、現行、陛下の女人はあのものだけだ」


 若いアンナリーナが相手なので露骨な表現は避けたが、大公は忌々しそうだ。


「やっぱりそうですか……」


 黙り込んだアンナリーナはアイテムバッグを探り、ひとつの護符を取り出した。


「これには【魅了絶対対抗・解除】を仕込んであります。

 これを陛下にお渡し下さい」


「リーナ殿?」


 差し出された護符を見て大公は、訳がわからないといった表情で、アンナリーナを見つめている。


「あの寵姫の方【魅了もち】ですよ」


 その場にいたものたちの間に衝撃が走った瞬間だった。

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