第273話 33『昇級試験、開始』

 出発の朝、まだ夜も明けきらぬ早朝に、指定された集合場所に集まってくる者たちの姿があった。


「護衛依頼は楽しいから好きだよ!

 今回は多少自重した方がいいのかな?」


「今更だろう……まあ、ほどほどにな」


 テオドールは溜息している。

 そこに今回の護衛の依頼主である商人が、強力馬2頭立ての馬車2台を連ねてやってきた。


「馬車2台……この人数じゃ、ちょっとキツいかな」


 その、テオドールの呟きに応える者がいた。


「これは俺の手落ちだ。すまない、テオドール」


 馬車と一緒に現れたのは、副ギルドマスターだ。


「あ、おはようございます」


 少し困った表情の副ギルドマスターに、まったく気にしていないかのアンナリーナは、にこやかに挨拶する。


「今日から10日間、よろしくお願いします」


 もう雇い主の商人、ギーブ商会のタイニスとの話に没頭しているアンナリーナを置いて、テオドールは副ギルドマスターを睨め付けた。


「手落ちとはどう言う事だ?

 今回は特にセトとイジの昇級試験を兼ねた護衛依頼……そうではないのか?」


「もちろんそうだ。

 だが、最初は荷馬車一台に御者と担当者、それだけの予定だったが、荷物が増えたんだ」


 確かに中型の荷馬車が一台ある。

 だが同時に箱馬車の機能を設けた荷馬車がもう一台続いているのだ。

 実はこれは、タイニスの我儘からきた変更だった。

 商会の会頭である彼は、幾度かのギルドとの打ち合わせで今回の護衛メンバーに好奇心を刺激され自ら加わる事にしたのだ。

 それ故の変更だったのだが、この報せがギルドにもたらされたのが昨日と遅すぎた。


「馬車が2台になってしまったことで難易度が上がってしまったことは謝罪する。

 そして他の冒険者が都合できなかったので、俺が同行する事になった」


 一瞬で怒気が噴き上がり、テオドールの周りの温度が下がったように感じたのは、気のせいではないだろう。



 サルバドールが集合場所にやってきたのはメンバーの中で最後だった。


「おはよーっす……あれ?

 何か、人数多くないっすか?」


 一昨日の最終打ち合わせで聞いていたところより馬車が一台、人数では三人多い。


「それに副ギルドマスター、あんたその格好は?」


 彼は見るからに旅支度をしている。

 腰に剣を佩ている姿など、サルバドールは初めて見た。


「突発のトラブルで俺も同行する事になった。よろしく頼む」


 サルバドールと副ギルドマスター、それにテオドールが三竦みで見つめあっている中、緊張感のまったくないアンナリーナの声がした。


「あれ〜 何か、人数増えてますね?

 副ギルドマスターさんも一緒に行くんですか?

 ……あの、ちょっとお伺いしたいのですが、私がセトとイジ以外の従魔を使う事は可能ですか?」


「リーナ殿の従魔なのだから可能だが?」


「じゃあ安心ですね。

 馬車が増えていたので少し不安でした」


 うふふ、と笑うアンナリーナを見て、テオドールは嫌な予感がした。




「はい、どうぞ」


 見慣れない金属で作られた水筒を傾けると、香り高い茶が注がれる。

 と、同時に紙ナプキンに包まれたビスケットが渡され、アンナリーナはテオドールのもとに向かった。


『「ありがとう」……じゃ、ねーだろ!

 しっかりしろ!俺』


 もうサルバドールは混乱していて、何が何だかわからない。

 今、自分たちがいるのは街道沿いの中継地だ。

 朝早かった為、昼休憩までに一度休憩を入れたのだ。そこで馬を休ませて水を与えていたのだが、まさか茶と菓子まで出てくるとは思わなかった。

 その少女はなにもかも規格外だった。



 そもそもの始まりは朝、集合場所に行った時。

 彼女をはじめ、パーティの誰一人、得物以外の荷物を持っていないのだ。

 あとで聞いてみると、腰のベルトに付いたウエストポーチにすべて収まっていると言う。

 次は昼休憩で【サンドイッチ】と言う、初めて食べる食べ物を供されて舌鼓を打った。


 そして今夜の野営地は思いのほか旅程が捗った事により、予定していたひとつ先の中継地になった。

 これはアンナリーナが、休憩の度に馬たちに【回復】をかけていた事による。



「さて、私は夕食の支度にかかるけど、セトと熊さんは辺りの警戒をお願い。

 イジは御者さんを手伝ってあげて」


 そう言いながら、アイテムバッグから取り出している【携帯用魔導コンロ】やテーブルや椅子に、周りの者は驚愕するしかなかった。

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