第253話 13『災禍』
身体強化も飛行することも忘れ、全力で駆けるアンナリーナは、漂ってくる不吉な臭いに背筋が寒くなっていた。
それは畑を突っ切り、村の中心に向かうに従って強くなり、とうとう視覚に捉えられるようになって……アンナリーナの足が止まった。
「あぁ……嘘、嘘ぉ!」
そして再び駆け出した先には、昨年訪れた時には家々が並びささやかながらも村人たちが暮らしていた集落があった筈だ。
そこに今、焼け落ち、所々に数本の柱が残っている焼け跡が広がっている。
「何これ? 火事があったの?
それなら建直したりしてるよね?」
「ご主人様、落ち着いて下さい」
イジがしゃがみこんで、炭になった燃え残りを拾い上げた。
「これ……
燃えてから少し時間が経ってますね」
アンナリーナはイジの言葉を耳にする事が出来なかった。
その目はある一点を捉え、その身体は震えている。
「女将さん!!」
突然駆け出し、一際広い間口のその建物跡に飛び込んだアンナリーナは、手が汚れるのも構わずにあたりを掘り起こし始めた。
「女将さんっ! アンソニー!」
「主人!
まだ、そうだと決まったわけではないだろう!
少し落ち着いて、事情を知るものを探そう」
「そう、そうよね……」
セトに助け起こされて、イジに【洗浄】してもらう。
そのまま抱き上げられたアンナリーナは、その頬を大粒の涙で濡らしていた。
「この先……
道なりに進むと右側に雑貨屋があるの。その先の角には食料品店があって……」
アンナリーナは言葉を続ける事が出来なかった。
目に飛び込んできたのは火事で焼けていないが、めちゃくちゃに荒らされ、破壊された雑貨屋だ。
「そんな!ミハイルさん!!」
「主人、落ち着いてくれ。
次はどこに向かえばいい?」
パニックを起こす寸前のアンナリーナの腕をセトが掴む。
アンナリーナの身体を抱くイジの腕にも力が篭る。
「主人、鍛冶屋のところはどうだろう? あそこはここから離れているので、無事かもしれない」
「そう、そうね。ハンスさんのところに行ってみよう」
セトの提案に、光明を見出したかのように表情が明るくなる。
そしてアンナリーナを抱いたイジが、セトに鍛冶屋までの道を聞きながら小走りに進んでいく。
そしてようやく鍛冶屋兼ハンスの自宅を望める場所に近づいた時、その煙突から煙が昇っているのを見たアンナリーナはイジの手を振りほどき、一目散に駆けて行った。
「ハンスさんっ!!」
鍛冶工房の方のドアを手荒に開けて、飛び込んで行った先には……人影はない。
そのまま奥に向かい、誰もいないのを確認すると、アンナリーナは隣の自宅の方に向かった。
「ハンスさん?」
今度は恐る恐るといった様子でドアを開けて顔を覗かせると、こちらを振り向いたハンスとばっちりと目があった。
「あんた、リーナ……」
「ハンスさんっ!」
突然現れたアンナリーナに驚愕するハンスは、飛びつくように抱きつかれて二度びっくりする。
「お嬢ちゃん、久しぶりだなぁ」
その口調の、アンナリーナとの温度差に、セトは瞠目している。
それほどのんびりとした応えだったのだ。
「ハンスさんっ!
村、村に何があったの?
宿屋は?雑貨屋は?村の人たちは?!」
「嬢ちゃん、ちょっと落ち着こうな」
村が災禍に襲われてそれなりに時間が経っているハンスと、たった今衝撃を受けたアンナリーナの認識の差だ。
ハンスはアンナリーナに粗末な椅子を勧め、自分は台所の椅子に腰を下ろす。
「うん、どう話そうか……
去年、春に作付けた作物の収穫が終わって……ほら、デラガルサの特需で結構高く売れたんだ。
それをエイケナールに納めて、現金はギルドに預けて帰ってきた。
それを知らない盗賊団に襲われたんだ。
……冬前のことだった」
「盗賊団……」
アンナリーナの眼前が怒りで真っ赤に染まる。
だが、ハンスの次の一言で血の気が下がり、座っていても崩れ落ちそうになった。
「その時の襲撃で、宿屋の女将が亡くなった」
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