第37話 リッカとモルスト、戦闘再開する

 皆を巻き込まないように離れ、改めてモルストと再び対峙する。皆と充分な距離を取ったところでモルストが歩みを止めて口を開く。


「……この辺りで良いだろう。さぁ、戦闘再開だリッカ」


 そう言って聖剣を構えるモルスト。自分も身構えながら考える。


(さて……どうしたもんかな。さっきは見事に仕掛けを見抜かれちまったからな)


 先程の不意をつく形での『半同時詠唱』ですらモルストに防がれてしまい、正直なところ有効な手の内がないというのが実情である。


(生半可な魔法じゃモルストの聖剣に防ぐか弾かれるだけだし、下手に距離を詰めれば聖剣で直接やられるってオチだ。……全く、やり辛い事この上ないな)


 これがただの剣の達人とかならまだしも、聖剣の所有者であるモルストはそれに加えて中距離まで対応出来てしまう。つくづく敵に回したくない存在だと思った。


(……ま、パーティーを抜ける時点で一度はこうなる事を覚悟した身だ。やるしかないな)


 そう思った時、モルストが自分に向かって言う。


「どうしたリッカ。……来ないならこちらから行くぞ」


 そう言ったと同時、モルストがこちらに一瞬で距離を詰めて仕掛けてきた。


「……くっ!」


 聖剣でこちらに切り掛かってくるモルスト。その斬撃を紙一重で回避する。なおも攻撃の手を緩めないモルストの猛攻を必死で避け続ける。


(……早いっ!こいつ、また強くなってる!?この野郎、英雄扱いされながらもきっちり影で鍛錬してやがったな?)


 魔王討伐後の華々しい凱旋パーティーや自伝執筆等の噂を耳にし、多少なりとも当時に比べて緩みがあるのでは思った自分の望みは簡単に打ち砕かれた。


「どうしたリッカ!あてが外れたような顔をしているぞ!」


 喋りながらも攻撃の手を緩めないモルスト。その勢いは止まるどころかますます速さを増してくる。


(……くそっ!避けるので精一杯で魔法を構築する余裕がねぇ!)


 このまま防戦一方では先にこちらの体力が尽きてしまう。そう思って一か八かの賭けに出る事にする。モルストの攻撃を回避した後、あえてそのまま次の一撃を仕掛けようとしているモルストの懐に突っ込んだ。


「くっ……!」


 モルストが聖剣を振り下ろすより一瞬早くモルストに向かって掌底を放つ。ギリギリのところで自分の掌底が先にモルストの胸元に届き、モルストを後方へとのけ反らせる。軽鎧に阻まれダメージはゼロに近いであろうが、ひとまず距離を置いての仕切り直しに成功する。


「……やるな。まさか避けるどころか飛び込んでくるとは思わなかったぞ。並の魔術師と違い、近接の心得があるのは分かっていたが聖剣を前にしてそれを実行するのはお前くらいの者だろう」


 この様子から察するに、やはりモルストに全くダメージは無いようだ。追撃を仕掛けてくる気配がない今のうちに呼吸を整えながら言葉を返す。


「……必死だったからな。後先考える余裕がなかっただけだよ」


 そう言いながら改めて危険な賭けだったと自分でも思う。……ジーナが『依代札』のおかげで一度だけ致命傷を受けても助かるとは言っていたが、仮に腕や足を失ったりしてしまった場合はどうなるのだろうか。……試す気は微塵もないが。そんな事を考えていると、モルストが口を開く。


「……このままでは埒があかないな。そろそろ本気を出すとしよう。見るが良いリッカ。これが、今の私の全力だ」


 そう言って聖剣を構えるモルスト。だが、その構えに違和感があった。自分が今まで見た事のない構えだったからだ。


「……何だ、その構えは?……初めて見るな」


 思わず言葉が口に出る。これまでモルストは常に自分の手前に聖剣を構えていたのだが、今のモルストは聖剣を両手で背中に担ぐ様な構えだ。重心を落とし、右足をやや前に出すその姿はさながら斧を振り下ろす前の動作という感じである。


「お前が知らないのも当然だ。これが……魔王を倒した止めの一撃なのだからな。お前がパーティーを抜けた後、私が編み出した技だ」


 モルストの前の空気がひりつく。……まさか、本当にそんな一撃を放つというのか。


(いや、冗談でそんな事を間違っても言う奴じゃない。……本気で仕掛けてくる気だな)


 そう思い、防御結界を展開する構えを取ろうとする自分にモルストが構えたまま声をかける。


「何をしているリッカ。お前の唱える魔法は決まっているだろう。……あの魔王を貫いた魔法だ。あれをもう一度私に見せてみろ」


 周りの空気が更にひりついていく中で、モルストが重々しい声で言い放った。


「……正気か?本気でそれをぶつけ合うつもりなのか?」


 そう自分が言うものの、モルストに引く様子は見られない。むしろ、聖剣を握る手にますます力を込めているように見える。


「本気に決まっているだろう。……お前のあの魔法を見た時、私はお前に負けたと思った。何度も魔王に剣を振るうものの、せいぜい手傷を与えるに過ぎない我々の横でお前の放ったあの一撃は易々と魔王の腹を貫いた。あれがなければ今頃我々がこうしている事もなかっただろうさ」


 そこで一旦言葉を切り、構えは解かずにまたモルストが言葉を続ける。


「魔王を追い詰めるまでの間、私はずっと考えていた。お前を超える一撃を放てないものかと。旅の間で聖剣の力に頼りきりになっていないかと、な。そうして編み出したのがこの技だ。狙い通り、私の一撃は魔王を倒すことに成功した」


 ……聖剣の力に頼りきり、というのは決してありえない。勇者だけが宿すことが出来る聖剣をここまで使いこなしている事が何よりの証拠である。それを手にし、扱えるようになるまでにモルストがどれだけ血の滲むほどの努力や想いがあったかというのは他人にはとても計り知れないほどの苦労があったはずだ。モルストの独白は続く。


「……だが、それはあくまで魔王が手負いであったからだ。リッカ。お前との勝負でそれを確かめさせろ。それによって、私のこの技は本当の意味で完成するのだ」


 そう言ってこちらを睨むモルスト。その瞳には決意が込められている。


「……これ以上、俺がどれだけ言ってもお前は聞かねぇんだろうな。……分かったよ。断っておくが、何があってもお互い自己責任だからな」


 自分の言葉にモルストがにやりと笑って言う。


「無論だ。……さぁ、お互い全力でいこう」


 モルストの言葉には答えず無言のまま、自分も魔力を集中させるべく構え直した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る