第20話 リッカ、ナギサを二つの意味で救う

「……とまぁ、こういう訳さ」


 自分の裏の顔を詳しく話す訳にはいかないため、ナギサには言葉を慎重に選びながら掻い摘んで説明する。もちろん、情報屋の取引や表沙汰に出来ない話は言葉をぼかして伝えていく。一通り話し終えるとはぁ、とため息をついてからナギサが口を開く。


「……やっぱり、全部リカっちのお陰なんだね。でもさ、それだけじゃないよ。パパたちの手紙に書いてあったんだ。今まで取引した事ないようなところから注文がいっぱい来てるって。それに加えて、うちがとても使った事がないような上質な素材がたくさん届いているって。……それもリカっちの仕業でしょ?」


 困惑しているナギサに向かって返答する。


「おぉ。早速手を回してくれたみたいだな。お前さんの親、良い職人だな。派手さは無いけど腕はしっかりしている。調理用の鍋を新調したいと思っていたけど、こっちの話をじっくり聞いてくれて良い鍋をあつらえてくれたよ。お陰で自炊が捗るぜ」


 そう自分が言うと、ナギサがまた驚いた表情で叫ぶ。


「え!?リカっちあたしの地元どころかうちのお店にまで行ったの!?」


 驚いている様子のナギサを横目に言葉を続ける。


「あぁ。店の様子がどんなもんか気になってついでに、な。お前の事は一切話してないから安心しろ。ただの一見の客として行っただけだから」


 そう自分が言うと、ナギサが自分に尋ねてくる。


「そっか……どうだったリカっち?パパもママも元気そうだった?」


 そう尋ねるナギサに笑って答える。


「あぁ。とても仲良さそうな夫婦みたいだな。俺もあんな風な夫婦に憧れるよ。あと、話に聞いていた弟さんかな?元気な笑顔で一生懸命に挨拶や接客をしていたよ。お前が自慢の家族だっていうのがよく分かったよ」


 そう自分が言うとナギサが照れくさそうに笑って言う。


「うん。えへへ……何か恥ずかしいな。でもありがとリカっち。そっか。皆元気なんだね。そっかぁ。それが聞けただけでも良かったな」


 嬉しそうに言うナギサに続けて声をかける。


「そうそう。親御さんたち、お前の事も話していたぞ。魔法の才能が認められて、専門の学園に通っている長女がいるってな。『一人前になったら帰ってくるし!』って言ってろくに里帰りもしないで頑張っているって言ってたよ。お前、手紙だけじゃなくてたまには帰ってやれよ。二人とも心配してたぞ」


 そう自分が言うと、ナギサが少し困った様に言う。


「あはは……そうだよね。でも、早く一人前になって国からお金が貰える魔術師になって家計を助けないとだからさ……下手に帰って里心ついたら悲しいかなって」


 そんな事だろうと思っていたが、やはりその通りか。メック家をただ潰すだけでなく、色々手を回した甲斐があったと改めて確信する。


「その気持ちは分かるが、たまの里帰りくらいは大丈夫だろ。ま、家には大口の注文も続々来てるし、それに使える上質な素材もたんまり届いたからそれの製作が落ち着いてからにはした方が良いとは思うけどな」


 そう自分が言うと、ナギサがはっ、とした様子でまた自分に詰め寄ってきた。


「そう!それもリカっちの仕業なんだよね!?家で取り扱った事なんてほとんどないレベルの上質な素材が送られて来て、それで注文の品を作って欲しいって言われているって!しかも手間賃含めて製作にかかる破格の代金を提示されてるって書いてあったよ!?」


 ナギサの言葉に試みが上手くいったようで安心する。自分の今も繋がりのある本物にこだわる貴族たちに声を掛けた甲斐があったようだ。


「別に俺はたいした事はしてないよ。金と素材を工面してでも良い物が欲しいって連中にスワンに良い職人がいるって世間話をしただけさ」


 実際のところは自身で足を運んで色んな連中に頼み込んだのが真実ではあるのだが、それを伝える必要は無いと思いそう言ってはぐらかす。


「ま、お前さんの親の腕が確かだからこそだよ。これでしばらくは家業も安泰だろうし、たまには実家で骨休めしてくりゃいいさ。意地張らないで家族の皆に元気な姿を見せてやれよ」


 そう自分が言うと、急に神妙な面持ちになりナギサがこちらの顔を見つめて言う。


「……ねぇリカっち?何であたしにここまでしてくれるの?こんな事をしてくれても、あたし何もリカっちに返せないよ。……それこそ、リカっちがあいつみたいにそういう事をあたしに望むのなら出来るけど……」


「とう。」


 ナギサの言葉を遮り、勢いよくナギサの脳天にチョップをお見舞いする。我ながら良い角度に入ったと思う。


「い……痛ったーー!!ち、ちょっとリカっち!今、本気でチョップしたっしょ!マジ痛いんですけど!」


 その場でうずくまり、叩かれた頭を押さえて涙目になりながらナギサが抗議の声を上げる。無視して会話を続ける。


「お前が馬鹿なことを言い出すからだろ。せっかくあの色キチ講師から解放されたのになんで自分からそんな事言うんだよ。教育的指導って奴さ」


 なおも頭を押さえたままのナギサに更に言葉を続ける。


「……とにかく。実家があんな事になった以上、あいつが講師をこのまま続ける事は不可能だ。これからお前に何かやらかす余裕もないだろう。学園長には生徒の個人情報を私的に悪用している講師がいるって事を暗に匂わせておいたからな。そもそも家の事もあるし、数日もしないうちに学園から強制的に地元へ呼び戻されるだろうよ。戻ったところでお前の実家にはもう手出しも出来ないし、お前を含めてこれから何か嫌がらせを出来る事はまずないだろうな」


 そう自分が言うと、立ち上がったナギサが小さな声で言う。


「……ねぇ。もう一度聞くけどなんでリカっちはあたしにそこまでしてくれるの?何も自分の得にはならないのに」


 ナギサの問いに自分でも疑問に思う。正直、今回の一連の流れを収める際に自分が使った金額は決して少なくない。パーティーを抜けた際に持ち出した金額の四分の一くらいは消し飛んだだろう。だが、不思議と後悔はなかった。なので、そのまま思った事をナギサに伝える。


「分からん。ただ、困っているお前を見て何とかしてやりたいって思っただけさ」


 自分がそう言うと、涙目になったナギサがこちらを見つめて言う。


「……ありがとね、リカっち。あたし、この事ずっと忘れないから。一生かかってでもこの恩は返すからね」


 そう真剣な顔で言うナギサに笑いながら言葉を返す。


「おいおい。重く考えるなよ。忘れろ忘れろ。さ、教室に戻るぞ。早くしないとまたルジアにどやされちまうからな」


 そうナギサに声をかけ、二人で教室へと戻った。

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