第11話 リッカ、ルジアに過去を語る
「……あんたの話?どういう事?」
怪訝な表情でルジアがこちらに尋ねる。ひとまずそれに対して言葉を返す。
「俺が男なのに魔法が使えるっていうのは実際目の当たりにしたし、ある日突然使えたって話はしたよな。……そんな俺が、勇者パーティーに入るまでの間、どんな人生を歩んできたと思う?想像で良いから言ってみてくれ」
そうルジアに言うと、少し間を置いてからため息混じりに言う。
「どんなって……そりゃ、大騒ぎされたでしょうね。あたしだってこの目で見てなきゃ信じられないし。さぞかし神童扱いされて、小さい頃から下にも置かぬもてなしで育ったんじゃない?……それこそ姉様みたいにさ」
そう吐き捨てるような感じで言うルジアに真実を伝える。
「そう思うか?……お前の言う通りだったらどんなに良かったかと思うよ」
自分がそう返すと、ルジアが意外だと言いたげな表情を浮かべる。構わずそのまま話し続ける。
「俺とマキラが十歳頃まで同じ村にいたってのは聞いていたよな?俺が村を出た理由ってのはさ、母親が病気で亡くなったからなんだよ。その頃には既に魔法に興味があったんだ。で、父の故郷に戻ってからもずっと魔法の勉強は楽しくて続けていたんだよ」
そこまで話してルジアを見ると、無言でこちらを見ているので、このまま話し続けることにする。
「……そんなある日、俺は本当に興味本位で魔法を唱えてみたんだ。詠唱や魔法の構築に関しては頭に叩き込んでいたからな。あの時の事は忘れられないよ。本当に自分の手から炎が出たんだぜ?お前も経験あるから分かると思うけど、初めて魔法が発動するあの瞬間ってヤバいよな。『出来た!』みたい感じでさ」
そう言ってもう一度ルジアを見る。無言でルジアが頷くのを見て会話を続ける。
「そうだよな。それで俺も父親をはじめ、村の連中の前で得意げに魔法をお披露目したのさ。『見て!僕にも魔法が使えたよ!』って感じでな。皆が驚いたり、褒めてくれると思った。……だが、残念ながら連中の反応は俺が望んだものじゃなかったんだ」
そこまで言ってまた酒を一口口に運ぶ。ルジアが静かに口を開く。
「……どんな反応だったの?あんたが魔法を見せた時」
ルジアの言葉に当時を思い出す。それを話す前に
ルジアに声をかける。
「悪いな。……その前にタバコを吸っても良いか?」
ルジアが頷くのを確認し、窓を大きく開いてタバコに火をつける。一口吸って窓の方に煙を勢い良く吐き出してから会話を再開する。
「ありがとな。じゃあ話を続けるぜ。結論から言えば俺の望んだ反応や、お前がさっき予想したような未来は全くなかった。むしろ男なのに魔法が使えるって事で『忌み子』や『異端児』呼ばわりされ、村の連中から畏怖の対象になっちまったのさ。ま、実際男が魔法を使えるなんて有り得ないからな。予想外だったのは実の父親にもそう思われちまった事だな」
ルジアが目を見開いてこちらを見つめる。構わずもう一口タバコを吸ってから続ける。
「そこからはもう村の連中にとって俺は腫れ物扱いさ。本当に男なのかとか、呪われた子なのかとかな。父親に至っては、本当にお前は俺の子なのかとまで言われたよ。で、俺の存在は村では隠匿されたよ。流石に座敷牢まではいかないものの、俺の行動にはことごとく制限が付けられた」
「…………」
言葉が出ないのか、ルジアがこちらを無言で見つめる。構わずにそのまま話し続ける。
「そんな中、ある日を境に何故か魔法の勉強は続けるように言われた。俺の意思とは関係なく強制的にな。書物は魔法に関する物以外は一切与えられなかった。娯楽品の類は何一つ与えないって環境だったし、こっそり手に入れれば見つけ次第取り上げられた。飯と寝る時以外は常に魔法の勉強って感じの生活だった。何でそこまで自分を締め付けて魔法を学ばされるのかが最初は分からなかったよ」
そこまで言って、新たにタバコに火をつけて吸う。二口ほど吸ったところでルジアが口を開く。
「最初は……、って事は後で分かったのよね。……何でだったの?」
ルジアがぼそりと言う。もう一口タバコを吸って煙を吐き出してから答える。
「国に売られたのさ。村ぐるみで俺という存在を、な。まぁ男で魔法が使えるなんて前代未聞の存在だし、小さな村じゃそんな奴を持て余すのも無理は無いよな。……って訳で、俺は存在を最小限に隠匿されたまま、国のとある施設に管理されながら育てられたのさ」
視線の脇で、ルジアが完全に絶句しているのが見えた。今は自分の話を続ける事が正しいと思い話を続ける。
「ま、その後は大して語る事はないな。その後、俺は一部の関係者だけに魔法を使えるただ一人の男として隔離された環境で育てられ、それを知った勇者にパーティーに勧誘され、魔王を倒す直前まで共に旅をした。ただ、それによって自分の名前や顔が出るのが嫌だから半ば無理矢理に抜けた。そして今に至るって感じだな」
そう自分が話し合えると、先程までとは違い落ち着いた様子になったルジアが口を開く。
「……あんたさ、それを何で私に話そうと思ったわけ?その……聞いておいてなんだけど、あまり人には話したくない内容だったでしょ?」
ルジアの質問にタバコを一口吸ってから答える。
「さぁ、何でだろうな?……強いて言えば、何となくお前には話しても良いかと思ったから、かな。才能があるからって何もかも恵まれた場合だけじゃないって人の話も聞いてもらおうかと思っただけだよ」
そう自分が言うと、ルジアが口を開く。
「……それは、あんただけじゃなくて姉様とかもそうだって事?」
短くなったタバコの最後の一口を吸い、灰皿でにじり消してから答える。
「うーん。お前の姉さんもそうだ、っていう訳じゃないけどな。どんな人間も傍から見れば何もかもが順風満帆に見えているかもしれないけれど、影で色々悩んだり努力したりしている事も少なくないって事だよ」
そう自分が言うと、ルジアが俯いて無言になる。自分の言葉でルジアが長年抱えている姉との確執やコンプレックスがこれだけで解消できるとはとても思えないが、何かのきっかけになればと思ったのも事実である。タイミング良く残り少なくなった最後の酒を飲み干してルジアに声をかける。
「お、話していたらもうこんな時間だな。流石に少し寝ておかないとだな。じゃ、ベッドのシーツと毛布はさっき新しいのに変えておいたからお前はそこで寝てくれよな」
そう言って自分もソファーの上に自分の毛布を置いて寝支度の準備をする。
「わ、私がソファーで寝るから!……ただでさえ迷惑かけたのに、あんたにそこまでさせらんないわよ……」
後半はかなり小声になってルジアが言う。まぁそれも含めて予想していた反応だったためてルジアに言う。
「おいおい。仮にも教え子、しかも異性をソファーで寝かせて自分はベッドに寝ろってか?勘弁してくれよ。それにこのソファー、一度も落ちずに朝まで寝るには結構コツがいるんだぜ?酒を飲みつつ寝落ちを何度も繰り返した俺じゃなきゃ、とてもまともに寝られたもんじゃねぇよ」
そう返すものの、なおも食い下がろうとするルジアに追撃の言葉を放つ。
「それに、お前が俺に迷惑をかけたという自覚が少しでもあるなら今は俺の言葉に従って欲しいんだがな。明日からは学園長並びにメディ先生たちに事情説明、そこから処分に反省文の流れだ。今は少しでも快適な睡眠を取って明日に備えたほうが懸命ってもんだぜ?」
明日の事よりも迷惑というワードにぐっ、言葉を詰まらせて渋々ベッドへ向かうルジア。論破せり、と思いつつソファーに寝転がろうとする自分の背中にルジアが小さくつぶやいた。
「……その、あんたには感謝してるわよ。……色々と」
その声が小さく、上手く聞き取れなかったためルジアに聞き返す。
「ん?今なんて言った?すまん、よく聞こえなかった」
そう言うとまたいつものボリュームでルジアが叫ぶ。
「な、なんでもないわよ!おやすみ!」
怒鳴りながらもちゃんとおやすみとは言うんだな、と少しおかしくなりながらも自分も言葉を返す。
「なんだよいきなり。まぁいいさ。おやすみ。もし寒かったら予備の薄い毛布も枕元に置いてあるからそれも掛けて寝ろよ」
そう言ってその後は無言で寝室に向かったルジアを見届け、自分もソファーで眠りに就いた。
(色々あったが、どうにか落ち着きそうだな。さて、明日は起きたらまずは……)
一日動き回ったのと酒を飲みつつ長話をした疲れもあり、程なくして自分の意識は闇へと落ちていった。
「ふわぁ……もうこんな時間か。さて、ルジアを起こして軽く朝食の支度をって……うわぁあああ!」
目を覚ますと、そこには毛布にくるまり自分に寄り添うような体勢で眠っているルジアの姿があった。自分の声でルジアも目を覚ます。
「ううん……何よ、朝っぱらからそんな大声出して……」
寝ぼけまなこのルジアの言葉を無視して問い詰める。
「いいから答えろルジア!何でベッドじゃなくて、俺の横で寝てるんだよ!」
そう問い詰めるものの、ルジアはなにやらもごもごと答えるだけで要領を得ない。
「……し、仕方ないじゃない。私、枕が変わるとあんまり眠れない体質みたいでさ。夜中に水を飲みに来たら、あんたがぽかんと口開けて寝ているから思わずその間抜け面を見てたら気が緩んで、ついここで寝ちゃっただけよ」
それだけ言うとぷいっ、と顔を背けるルジア。……まぁ今更何を言っても始まらない。切り替えて朝の準備を進める事にする。
「はぁ……まぁ良いか。この時間だと先に寮へ戻るのは難しいだろ。簡単に何か作るから今のうちに顔を洗って来い。……濡れた服やら何やらも何とか乾いてるだろ」
あえて言葉をぼかしたつもりだったが、察したと見えて慌てて駆け出すルジア。昨日あの格好の状態でいたことをようやく自覚したようだ。
「…………」
「お、思ったより早かったな。じゃあ早速飯にするか。ありあわせで悪いが……って、服着替えてないじゃねぇかお前」
自分もささっと着替え、簡単なスープとサラダと残り物のパンを用意しているとルジアが部屋に戻って来た。だがその姿は自分が昨日急場凌ぎで貸した服のままであった。
「……私の服、ちゃんと乾いてなかったから。これ、借りていくわよ」
そう言って乾かしていた自分の服を手にしているルジア。確かに昨日服はかなり濡れていたが、朝までに乾くには十分な時間があったとは思うのだが。
「マジか?朝までには全部乾くと思ったんだがなぁ……まぁ仕方ないか。じゃ、さっさと飯にしようぜ」
そう言って二人でテーブルにつく。相変わらず見ていて気持ちの良い食べっぷりを発揮するルジア。黙々とパンとスープ、ボウルに入ったサラダを平らげていく。
「……本当、料理上手よねあんた。そっちでも食べていけるんじゃない」
流石にそれは大袈裟と思ったが、褒めて貰う事に悪い気はしない。
「そいつはどうも。ここが駄目だったらどこかの調理場にでも行く事も考えていたからな。……さ、気が重いだろうが覚悟を決めろよ。クラスの連中にも学園長にもきちんと説明するんだぞ」
そのまま朝食と後片付けを済ませ、支度をしてルジアと学園へと向かった。
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