セミリタイアのはずなのに! ~勇者パーティーを抜けた俺~

柚鼓ユズ

第1話 勇者パーティーを抜けた俺、再就職をする

「……はい。以上で手続きは終了です。これで、あなたに関しての今までの功績、及び氏名に始まり個人的な資料に関しては公的な形では全て抹消となります」


 淡々とした口調かつ、事務的な感じで職員はそう話した。自分も務めて端的に言葉を返す。


「了解です。ではこれで失礼いたします」


「……残念です。私としては勇者様たちより、貴方の方が気になる存在だったのですが」


 美人ではあるが、終始機械的な対応だった職員から最後にそう言われて少し驚くが、気にしない事にして流す事にした。


「……買い被りですよ。それでは失礼します」


 そう返し、一礼してそそくさと部屋を後にする。



 かくして俺、リッカ=ペリドットは晴れて勇者パーティーを抜け、無職となった訳である。


 勇者のパーティーを抜ける考えに至ったのは、遂に魔王と対峙した際、自分が放った魔法が魔王に炸裂し、魔王が撤退したその直後であった。


『よくやったリッカ!あの傷なら魔王はもう今までのようには戦えない!後は追い詰めて、一刻も早く仕留めるだけだ!』


 自分が新たに開発した魔法を一か八かの賭けで放ったところ、幸運にもその賭けに勝利し、魔王を仕留めるとまではいかなかったものの、消えない致命傷を与える事に成功した。


 命からがら追撃を避け、逃げ延びた魔王の姿を見て勝利に湧き立つ勇者とその仲間をよそに、自分は全く別の事を考えていた。


(……あれ?このままだと俺、世界的に有名になっちゃうんじゃね?)


 困る。それは大変困る。考えてみて欲しい。『世界を救った勇者とその一同』。……そんな事になれば、自分の顔と名前は世界的に知れ渡ってしまう。


 そりゃあ、地位や名誉は保証されるし、今後の生活もある程度は確保されるだろう。少なくとも食うに困らない程には。


 が、それは言うならば顔や名前を始め、自分の存在が見知らぬ人達に一方的に認知されてしまう事になる。昼間から酒を飲んだり、女の子のいる店に通ったり、ここでは言えない夜の施設に通ったりすれば全て白日の元に晒されてしまう訳だ。


(いやいや、冗談じゃねぇぞ……そもそも俺は世界を救うなんて大義名分で冒険に出た訳じゃねぇ。たまたま魔法が人より使えて、勇者たちに声をかけられて何となくパーティーに参加してここまで来ただけだ。後世まで名前が残る?そんなのはまっぴらごめんだ)


 このままでは自分は勇者と共に魔王を倒した仲間として記録に残るだろう。そんな事になったら自分の個人情報は全世界に公開されてしまう訳だ。そう思った瞬間、自分は意気込むパーティーの面々に手を上げて言った。


「あ、すまん。悪いけど俺、パーティー抜けさせてもらうわ」


 勇者をはじめ、他の面々が固まった時の表情は今でも鮮明に思い出せる。思い出したくもない程皆から激昂された事は、死ぬまで記憶から消える事はないだろうと今でも思う。

 パーティーを抜けると申し出たものの、当然はいそうですかとすんなり受け入れて貰えるはずもなく、勇者を中心に仲間は必死に自分を引き止めた。


 それもそうだろう。決して短くはなく、苦楽を共にし時間をかけて共にここまで来たのだ。しかも、その悲願が成就する手前に来たところで自分のこの発言だ。


 ……覚悟はしていたが、その時のやり取りは今思い出しても胃が痛い。


『ふざけるな!何故今になってそのような事を!あと少し!あとほんの一歩で私達の旅は終わるのだぞ!』


『何でだよ!もうすぐじゃねぇか!お前も見ただろう!お前の魔法が決め手になって、あとは魔王にトドメを刺すだけじゃねぇか!』


『ほ……本当に抜けちゃうの?もう、あとは魔王を追い詰めて戦うだけで終わりなんだよ?』


 勇者を始めとしたパーティーの面々からは当然ではあるが、かなりの勢いで詰め寄られた。それも当然だし仕方ない事ではあるのだが。数日に渡る皆からの説得、時には恫喝まがいの罵詈雑言、手を変え品を変えの話し合いが続いたが自分の意思はそれでも揺るがなかった。


 結果、自分は後釜として優秀な魔術師を候補の中から責任を持って選出し、引き継ぎを終えてパーティーから脱退する事となった。その際、冒険の記録を主に勇者から報告を受けていた職員からは自分に向かってこう言われた。


『決意は固いようなので、その申し出は受け付けます。……ですが、これまでの貴方の功績は記録からは全て抹消かつ、この後の偉業に関わる伝記等からも貴方の名前が挙がる事は決して無い事をご了承ください』


 重々しい感じで念を押す様な形で言われるが、そもそもそんな歴史に名前も顔も残したくない自分としては言われるまでもなくむしろ願ったり叶ったりである。


「構いません。そのまま手続きをお願いします」


 そうして自分の履歴の抹消に成功した俺は、晴れやかな気持ちで施設を後にした。それから少しして、無事に魔王が勇者とその仲間に討伐されたという知らせがまたたく間に国中へ広がった。


「毎度ありー!お兄さん、飲みっぷりも支払いっぷりも気持ち良かったわよ!今度はお店の外で飲みましょうね♪」


 綺麗なお姉さんに出口の前までお見送りして貰い、ほろ酔い気分で店を出たところで知らせとともに街中へ盛大にばら撒かれた魔王討伐の号外が落ちており、それを拾い上げる。


「……やっぱりこうなったか。こりゃ、事前に抜けておいて大正解だったな」


 その号外にはでかでかと、勇者とかつてのメンバーはもちろん、自分の後釜に加わった魔術師の鮮明な似顔絵が名前と共に精巧に描かれていた。


(こいつら、これから一生不特定多数の連中に一方的に顔と名前を知られる訳だよな……その前に抜けといて本当良かったぜ)


 自分が危惧した通りの事態となり、改めて胸を撫でおろす。


「さて……とはいえこのまま無職って訳にもいかねぇし、何かしらの仕事には就かねぇとまずいよな」


 冒険の合間に稼いだ路銀と、勇者や他のパーティーの目を盗んでちょろまかした宝石や装飾品があるため、贅沢さえしなければしばらくの間は働く事もなく過ごせるだろうが、流石に一生そのままとはいかない。


 とはいえ、この年で開き直って僻地で晴耕雨読の一生を過ごせる程まだ自分は人生を達観出来てもいない。そもそも酒場や夜の店も無いような場所に好んで行く気は毛頭ない。


(……ま、無職のままっていうのも世間体が悪いからな。そこそこの労働時間と賃金の仕事を探さないとな)


 フルタイムや命懸けの危険を伴う仕事は避けつつ、体裁を保つ程度の仕事を探しにいく事にして紹介所へ向かう事にした。


 こうして、自分の再就職という名のセミリタイア先探しが始まった。



「ようこそおいでくださいました。それでは、面接を始めさせて頂きます」


 妙齢の女性に促され、椅子に座ると同時に面接が始まる。


 セカンドライフというにはまだ少々早い気がするが、再就職先として自分が選んだのはとある魔術学園の用務員兼書庫管理であった。特に大きな理由は無かったが、住み込みが可能で面倒な作業がなかったからである。


 学園長を名乗る彼女と会話が始まり、適度に経歴をぼかしながらも面接は滞りなく進み、具体的な勤務日や条件を詰めていく中、ふと壁に貼られた用紙に目がいき、思わず女性に質問する。


「……あれ?ここ、臨時講師も募集されているんですか?しかも、勤務日程の割にかなりの好条件ですね」


 自分の質問に、女性が困った表情を浮かべて話し始める。


「……えぇ。当学園は様々なクラスに分かれて魔術師候補の学生が在籍していますが、その中でも特に優秀な『特進クラス』を受け持つ講師が不足……というか不在の状況でして……」


 ため息混じりに放つ女性の様子が気になり、思わず質問する。


「講師が不在?……どういう事ですか?」


 自分の言葉に女性がまた言葉を続ける。


「その……『特進』の言葉に恥じぬ通り、そのクラスに在籍する生徒達が皆優秀ゆえ、指導する講師が不在という状況なのです。話を聞いて応募してきた者がいざ授業を受け持とうとするものの、知識と技術で返り討ちにあい逃げ出すという有様で。結果、特進クラスの連中はほぼ毎日自主学習を行なっている状態なのです」


 女性がどうしたものか、と言った表情でそこまで話し終えた時、自分が言葉を返す。


「……それ、もし良ければ自分にやらせて貰えませんか?」


 自分の提案に、女性が目を丸くする。


「……貴方が、ですか?し、失礼ですがそれは難しいかと……第一、そもそも貴方は……」


 女性の言葉を遮り、再び言葉を続ける。


「言いたいことは分かります。しかし、現状講師が不在なんですよね?そのままだと生徒達に示しがつかないだけではなく、優秀な生徒の伸び代が失われるという状態は良くないのではありませんか?」


 この自分の提案は、半分興味、半分打算であった。


 このまま用務員兼書庫管理、という条件で働いてもまぁ悪い条件ではないが、募集されている講師の労働時間でこの賃金は破格といって良い金額が提示されている。住み込みのため、用務員か書庫管理のどちらかの業務は兼任する必要はあるだろうが、それでもはるかに収入的に好条件である。


 もう半分の興味は、その道の専門であろう魔術講師をやり込めるクラスの面子とはどれほどの者たちなのか、という点である。そんな連中が集結しているというクラスに単純に興味が湧いたのだ。


「は、はぁ……。それでは、管理人業務か書庫管理の場合はただ規定のマニュアルをお渡しするのでそれをお読み頂く形でしたが、講師に関してはペーパーテストがございます。正解率七割が合格の最低条件となりますが、試しに解いてみられますか……?」


 言い出したら聞かないタイプと思われたのだろう。ものは試しと言うよりは、やらせてみてとっとと終わらせようと思ったのだろう。まぁ、無理もない事なのだが。


 ひとまず結果をご覧あれ、と内心で思いつつ、問題を眺めてペンを手に取った。



「ぜ……全問正解……?そんな……」


 解答用紙と答えを照らし合わせながら学園長が驚愕の声を上げる。慌てて呼ばれたのであろう、他の講師も用紙を確認している。答案用紙を見終わった講師が学園長と自分を交互に見ながら言う。


「……間違いありません。全て完璧な解答です。知識問題に関しては勿論、日常から魔法に精通していなければ答えられないはずの応用問題まで、完璧に」


 講師と思われる女性が、解答を確認しても未だに信じられないと言わんばかりの表情で言う。


「それは良かったです。あぁ、あと問六と問二十三ですがスペルが間違っていましたよ。あと、問四十一の最適解は風じゃなくて雷です。実際に対処しないと分かりづらいですけどね。引っ掛け問題かと一瞬悩んでしまいました」


 自分の言葉にもう一人の女性に学園長が声をかける。


「メディ……貴女、このテストを満点で解答出来る?」


「まさか……良くて九……いえ、八割弱かと。信じられません。特進クラスの面々に問われ、即座に答えられなかった問題も含まれていましたから」


 女性の言葉を聞き、学園長がこちらを見て言う。


「……分かりましたリッカさん。ひとまず貴方を臨時講師兼用務員として採用致します。ですが、決して無理はなさらないでください。もし、自分の手には負えないと判断した際には最初の条件通り、用務員兼書庫管理として勤務していただくという形で。……それでよろしいですか?」


 学園長の言葉に頷き、自分も言葉を続ける。


「はい。それで構いません。よろしくお願いいたします」


 かくして、自分は魔術学園にて臨時講師兼用務員として勤務する事が決まった。

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