第四話 再会

 僕は座り込んで、血しぶきの飛び散った天井をぼんやりと見上げる。




 死体がごろごろ転がっている中、僕はぽつんと呟いた。


「どうせ殺すなら、もっと早く全員殺しておけば良かったな」


 そうすれば、僕の弟と妹はとうの昔に解放されていただろうに。




 こんな狂気の渦巻く屋敷に長いこと大切な弟と妹を閉じ込めておいたことを後悔せずにはいられなかった。現実感を失いながら、僕は血の海を歩く。あれ程誰にも見つからないようにと怯えながら歩いた廊下には、今や生きたものは誰もいなかった。血を跳ねさせながら、僕は屋根裏部屋へと進む。




 二人が閉じ込められていた屋根裏部屋の鍵を開けた。二人は屋敷の中で行われた殺戮に気づくことなく、抱き合うように眠っていた。


「……大丈夫、必ず僕が守るから」


 僕は二人を起こすことなく、屋根裏部屋を去る。


 ゆっくり眠ればいい。孤児院まで行く馬車を呼んでおこう。大丈夫、もうこの屋敷には誰もいないから、逃げても誰も追いかけてこないよ。あぁ、でも逃げるときに僕が殺した人間の死体を見てしまうのは良くないな。だから死体は二人が目を覚ます前までに隠しておこう。




 ***




 今から九年前に起こったことを僕は屋敷の自室で一人、ぼんやりと思い出していた。




 そう、結局あの後僕は父の後を継いで侯爵になった。強盗が入ったという僕の証言により、シェーファー家の殺戮は賊の仕業ということになっている。現場の状態から僕が皆を殺したことは明らかだったけれど、その証拠がなかったことから僕の言い分が通ったのだ。


 その後暫くして落ち着いてから、僕は弟と妹がいるはずの孤児院を訪れた。しかし妹は既にどこかに引き取られていた上に、弟は母から受けた虐待の傷も治療されておらず、酷く衰弱していた。どうやら僕は孤児院選びを間違えたらしい。僕は自身が兄であることを告げることなく、すぐさまシェーファー侯爵として弟を引き取った。それがルークだ。孤児院で名前を付けてもらったらしい。


 妹に関しては、ずっと行方を追っていたが見つからなかった。本当に二人を入れる孤児院を間違えた。


 僕が妹に再会したのは、彼女がデビュタントとして社交界に現れた時だった。ずっと探していた妹に会えたものだから、僕はまさに運命だとそれはもう歓喜した。小さかった彼女は美しい大人の女性へと成長していたが、一目見てすぐに妹だと分かったため、僕は彼女を引き取ったというオルレアン伯爵について調査した。


 そして僕は妹をあの孤児院に引き取らせてしまったことを心の底から後悔した。




 オルレアン伯爵もまた下劣な人間だったのだ。僕の妹は虐待の際ルークに庇われていたこともあり、殆ど肌に傷が残っていなかった。おまけに外に出る機会もなく監禁されていたせいで肌は白く華奢で、血筋的にも侯爵令嬢であるから顔立ちも非常に整っていた。孤児院で汚れを落とされ食事を与えられれば、それは容姿の優れた少女になったことだろう。そう、男が好むような愛らしい少女に。伯爵はステラを自身の子供としてではなく別の目的として引き取っていたのだ。


 こうして僕はまた妹を救えなかった。だから僕はすぐにステラと名付けられた妹と婚約を結んだのだ。伯爵がこれ以上彼女に手を出せなくするために。彼女がこれ以上傷つけられることがないように。


 定期的にオルレアン家に訪問することで伯爵を見張るのと同時に、僕はオルレアン家を潰すべく様々な情報を集めた。妹に手を出した伯爵は決して許さない。オルレアン伯爵は元々いい噂を聞かなかったから徹底的に調べ上げてみれば、彼は様々な犯罪に手を出していたことが分かった。




 こうして僕は伯爵の犯した犯罪の証拠を揃えるに至り、ついにオルレアン家を潰す準備を全て整えたのだった。




 最後の仕上げに、僕はステラとの婚約を破棄することにした。これから彼女は伯爵令嬢として受けた悪夢を忘れ、お兄様であるルークと共に平民として平和に暮らしていくのだ。これでようやく、僕の可愛い弟と妹に幸せになってもらえる。これは、そのための婚約破棄だ。この時のため、二人の幸せのため、長い年月をかけて準備してきたのだ。




「大丈夫、必ず僕が守ってみせる。僕はルークとステラの兄なのだから」




 僕はソファーに沈み込みながら両手を覆って呟いた。


 ルーク、ステラ、君達は僕が兄だなんて知る必要はないよ。こんな大量殺人鬼の『殺戮侯爵』が兄だなんて知る必要はないのだ。こんな血塗られた殺人鬼が、優しくていい子である君達の兄だなんて事実を知る必要なんてない。何も知らずに今度こそ二人で幸せになってくれればそれでいいのだ。


 ルークとは従者と主という関係だったけれど、九年もの間一緒に暮らすことが出来た。ステラと一緒に過ごせた期間は短いけれど、最後に『お兄様』と呼んでもらえて幸せだった。――――先程の婚約破棄の茶番劇は、僕がステラに兄と呼んでもらいたかった、それだけの話なのだ。


 嬉しかった。本当に、嬉しかった。


 本当にごめんね、ステラ。ルークも、いつもそばにいてくれてありがとう。


 今度こそ、幸せになっておくれ。








「オスカー様、紅茶の準備が整いましたよ」


 思考にふけっていると、ルークはすぐに部屋に戻ってきた。僕は机にティーカップを置いてくれた彼に微笑みかける。


「ありがとう、ルーク」


 僕の世界一可愛い弟にそう言えば、彼は小さく頭を下げた。




 ***




 翌日の朝、僕は一人でオルレアン家に訪問していた。




 ステラをオルレアン家と離縁させるためだ。彼女は孤児院から引き取られた養子なので、法的に完全にオルレアン家と離縁させる手続きが取れる。ただ、そのためにはオルレアン伯爵の署名が必要だった。ちなみにステラの署名も必要なのだが、それは昨日、婚約破棄のための書類に紛れ込ませて既に書いてもらっていたため何の問題もない。


 ステラとルークは我が屋敷に残してきた。ルークはともかく、ステラは二度とこのオルレアン家の屋敷に来させる気はなかった。そのため僕一人でオルレアン家の屋敷を訪れていた。

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