第25話 亜梨沙は知らない◇桂木亮子◇
私は亮子。
やっと、健太のこと、完全にふっ切れた。
だから、私と香緒里、そしてあと数人しか知らない、秘密を言っとく。
健太を好きになったのは、中2の夏。
実は亜梨沙より早かった。
私には、亜梨沙みたく事件とか、大きなきっかけはなかった。
陸上短距離やってて、足首とか痛めたんだよね。
そんとき、健太って気付いてカバン持ってくれたりとか・・
治るまでケアしてくれるの。
学校と反対方向なのに、朝、迎えにきたりしてさ。
「僕、運動部じゃないから筋トレ」
そんなこと言って、笑ってるんだよ。
中2になると、短距離のタイムを伸ばすのに苦労した。
悩んでると、健太が現れた。
イラついて、ものすごい悪態ついた。私、亜梨沙みたく性根は優しくない。
健太自身のことも、ひどいこと言った。
だけど、しっかり聞いてくれた。
健太、普段から優しい。
けれど亜梨沙にも、私と同等の優しさあげてる。だから、分かる。
小4ときの恩返し。
それ、理解してるつもりで、好きになってしまった。
健太って、誰が好きなのかとか、全然分からない。
だけど、私と亜梨沙は、あいつの中では特別。
先に告白すれば、間違いなく彼氏になってくれる。
言おうか・・
ふと、翼に釘刺されてたこと思い出した。
「健太の献身。それを都合よく利用するなよ」
すごく重い言い方だった。
自分が恥ずかしくなった。
今、健太に告白するのは、アイツの心遣いを利用するだけ。
わがまな私は、自分だけ見ろと要求するだろう。
亜梨沙にも尽くす健太に、文句に言う。
そして、健太は見えないとこで苦しむ。
翼に釘刺されたときは、ムッとして反発した。
今は翼が正しいと思える。根が自分勝手な私のこと分かってたんだ・・
ヤキモキした。
辛くて、亜梨沙に気持ちを明かした。
少しだけ牽制もあったかな。
そのとき、中2の10月。亜梨沙が健太に怖い先輩から助けられ、マジに恋する34日前。
亜梨沙も、健太に気持ち傾いてた。
まあ、その時点の亜梨沙、冷静に聞いてくれた。
けど、34日後。
健太、左の頬を腫らして亜梨沙を守った。
同時に分かった。
亜梨沙に向けた、健太の目。
なんて愛おしそうなんだろ。
嫉妬もした。
しばらくは悲しくて、腹も立った。
けどさ、思い返してみると健太、亜梨沙への思いを隠して、私にも良くしてくれる。
「恩返しする」。そのために、必死なんだと気付いた。
そしたら、感謝の方が大きくなった。
私は「恩人」って言われ、健太の献身の上に胡座をかいてたんだ。
反省した。
◆◆
それから、私はモテ始めた。
健太を見習って、優しくなれたからだ。
顔、学力まずまずで足速い。けど大ざっぱ。
そんな私でも、周りを見るようにした。
そしたら、辛い思いしてる仲間とか放っておけなくなった。
初めて中2の冬に告白された。3人も。
ひとりは、前から仲が良かった山中ユート。
今は、私の方が惚れてる大切な彼氏。
残り二人?
女子ですよ、同性ですよ。
ユートには、正直に言った。好きな人がいて、まだふっ切れない、と。
中3になり、変わらず柔らかく接してくれるユート。
私の中に、気持ちの変化が訪れていた。
そんなとき・・
健太がピンチを救ってくれた。
中3の5月。
部活中、忘れ物を教室に取りに帰った。
戻りの下り階段で、嫌なヤツに出くわした。奴の仲間が2人いた。
小4のとき、健太の両親の離婚をいじっていた、3人の馬鹿の一人だ。
名前はゴンタ。こいつは、私達を逆恨みしていた。
健太に大怪我をさせたとき、3人ともいたけど、実行犯は2人。
1人が健太のランドセルを引っ張り、1人が押した。
ゴンタは、そこだけ、その瞬間だけ、何もしてない。
だから無実を主張した。
健太の母親は、そこまでの経緯を聞いて許さなかった。
誰よりゴンタの親が、言い逃れする息子に激怒した。
なのに、私達が親になにか告げ口したと思っている。
踊り場に追い詰められた。
「へへっ、普段はチャンスねえけど、いいとこで会ったな。何年か越しの鉄槌だ」
ゴンタが私のジャージをつかもうと、伸ばした右手親指の爪。
避けた私の唇の左端で、ガツッて音した。強く当たった。
ぽたって何か床に落ちた。血の味もする。
怖くて、動けなくなった。
だけど、助けがきた。
偶然だった。
担任の用事で残ってた健太だった。
上から踊り場に駆け降りてきた。
口論。そう思ったけど、ならなかった。
健太、私の口元を見た。目を見開いた。
憤怒。
初めて見せた表情だ。ぞくっとした。
ゴンタは臨戦態勢。
健太は、左腕を出す。
ふりをした。
ゴンタ、健太のフェイントに反応して、健太の鼻を殴った。
そして、私は目を見張った。
健太、踏ん張って、ゴンタの両足首を狙ってタックルした。
ゴンタを1メートル後ろの、階段の方に押して・・
一緒に落ちた。
ゴンタの悲鳴だけ響いた。
ゴンタ、下の階まで落ちて、うめいてる。
健太は階段の途中で止まった。
健太、鼻血出しながら身体を起こした。
そしてゴンタの連れ2人に言った。
苦しそうだけど、冷静な声。
「君達は、亮子に暴力を振るったゴンタを止めたよね・・。そこに、僕が通りかかった」
2人とも、ビクッとなった。
「だけどゴンタ、僕を階段の橫で殴り、そのあとバランス崩して、僕をつかんで階段から落ちた」
そこまで聞いて、2人は気付いた。
そして、私も理解した。
健太は決定打を出した。
「だから、犯人はゴンタだけ。君達は、僕らを助けてくれた。ありがとう」
健太は、分かってる。こいつらも犯人側。
けれど2人には、逃げ道ができた。
2人と私が、健太の言う通りに教師に言えば、2人は罪を逃れられる。
私の唇も切れた。犯人側なら、女子への暴行現行犯。
複数の人が来て、私の口からたれる血を見ている。
彼らには、選択肢も時間もない。
全員で、話を合わせろということだ。
健太は鼻の打撲。全治2週間。
私も病院に行って、健太の言う通り、一緒に診断書を取った。
ゴンタは3ヵ所も骨折した上、全身打撲。
残り2人の証言により、私を殴った上に、健太を怪我させた犯人になった。
反論はした。
無駄だ。
最初に私を怪我させた。傷が付いて、被害の証明証もある。
健太の鼻も重傷だ。
そもそも、ゴンタは私を害しようとした。説得力ゼロ。
うっかり「亮子を脅そうとしただけ」と口にした。
馬鹿だ。
遠くに引っ越した。
事件を聞いた亜梨沙と翼が、駆けつけてくれた。
私は健太が助けてくれたと明かしたが、内容は教師と医師に言った通り。
なぜか香緒里が真実を知ってる。言ってないのに・・
見てしまった。健太の狂気と献身。
私のために、あそこまでやってくれた。
「遺恨を残す可能性がある。ごめん」。私のために反省していた。
ドキドキした。
健太は、怪我させられた私を見て怒り、捨て身で戦ってくれた。
亜梨沙でさえ知らない、あの顔。
諦めてかけていた健太への思い、再燃した。
火、消えるのに、1年以上かかった。
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