第100話:供養と愚者

天文十六年(1548)6月25日:越中富山城:俺視点


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

 南無阿弥陀仏、南無釈迦牟尼仏」


 富山城の政所入口横にも供養塔を建てた。

 できるだけ早く建てたかったので、後で石塔も建て変えるが、先に木製の卒塔婆を作って、犠牲になった罪なき者を供養した。


「なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ

 なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ

 なむあみだぶつ 、なむあみだ〜ぶ」


 家臣はもちろん、僧達の先頭に立って念仏を唱える。

 難しい念仏は唱えられないので、十念のみで供養する。

 これなら、あまり信心深くない者でも犠牲者を供養できる。


 晶も奥で女中達を率いて犠牲者の供養をしてくれると言った。

 太郎達にも可哀想な犠牲者のための念仏を唱えさせると言ってくれた。

 その日から、悪夢を見なくなった。 


 今頃は全国にある善光寺と顕光寺の末寺でも供養が行われている。

 いや、園城寺はもちろん、本願寺以外の浄土真宗の寺でも供養が行われている。


「殿、そろそろ休息されてください。

 供養は明日も明後日も続きます」


 当番重臣の朝倉宗太郎龍教が諫言してきた。

 朝倉宗滴殿の嫡男で、内政ではめきめきと頭角を現している若武者だ。

 そろそろ初陣を飾らせないといけないのだが、万が一の事がある。


 本人も戦場に出たいと言っているのだが、問題がある。

 朝倉宗滴殿の実子は宗太郎だけしかいないのだ。

 宗太郎に子供ができるまでは、危険な事はさせたくない。


「分かった、後の事は他の僧に任せよう。

 だが、休むわけにはいかない、政所で知らせを読む。

 届いている知らせを全部持ってこい」


「……はっ、仰せのままに」


 一瞬返事が遅れたが、少し強い視線を送ったら直ぐに従った。

 身体を案じてくれるのは嬉しいが、疲れるまで働かないと眠り難いのだ。

 まだ完全に自分を騙せていないから、疲れないと眠れないのだ。


「野伏はもちろん、野伏と変わらない村の討伐は進んでいるのだな?」


「はい、新しく領国となった国々で、野伏狩りを行っております。

 これに詳しい討伐内容が書かれています」


 関東から東海道筋にかけての国々は、越後越中、能登加賀といった国々に比べたら、とても治安が良いとは言えない。


 方針を変えて急いで天下を統一する事にしたから、商人や隣村を襲うような野伏が数多く残っている。


 俺の家臣を婿養子に迎えた国人地侍が多い出羽奥羽は、その者達が何も言わなくても野伏狩りをしてくれていたので、治安が著しく良くなっていた。

 その御陰で楽市楽座の効果が逸早く広まり、長尾家の専売品利益がでている。


 だが、関東から東海筋にかけては、まだまだ治安が悪い。

 商人が護衛無しに旅できる状態ではない。

 特に大和の治安が著しく悪かった、糞坊主共が、薙刀で脅して喜捨を強要するな!


「ほう、南都七大寺から僧を追い出したのか、やるな」


 小嶋貞興が大和に侵攻した侍大将達を説得した。

 他の侍大将達は、南都七大寺を完全に焼き払う気だったようだ。


 だが、小嶋貞興が止めた。

 天下人になる俺の評判を落としてはいけないと説得したようだ。

 俺は何とも思わないのだが、色々と考えてくれたようだ。

 

 多分だが、南都七大寺を全部焼き討ちしても、大して悪評は立たないと思う。

 前世の織田信長の事を知っているし、この世界でも足利義教、細川政元、六角親子が比叡山の焼き討ちしている。


 だが、別の方法があるのなら、焼き討ちしない方が良い。

 この世界に転生してから初めて悪夢を見てうなされてしまった。

 これまで大丈夫だった事が、これからも大丈夫とは断言できない。


「覚慶を殺さずに追い払ったのか?」


「はいそのように報告を受けております」


「どこに行ったか報告は届いているのか?」


 ここ数日供養の事を優先していたので、多くの報告を口頭で済ませていた。

 家臣によっては、俺と優先基準が違う者がいる。

 重大な報告を聞きそびれている可能性がある。


「覚慶様は近衛家を頼られたのですが、断られてしまったようです。

 毛利の盲人間者が誘ったようで、毛利家に向かったとの事です」


「後は追っているのだな?」


「はい、手抜かりなく追いかけております」


「周高はどうなった?」


「周高様は山城相国寺の塔頭、鹿苑院の院主のまま過ごされておられます」


「……晴景兄上は京の寺社に手を出していないのだな?

 山城に入った侍大将達は、兄上の指示に従っているのか?」


「嘘偽りなく正直に申し上げます。

 左衛門尉様は京の寺社を保護するように命じておられます。

 ですが、山城に侵攻した侍大将達は、左衛門尉様に従ってはいません。

 殿の命に従っております。

 分からない事があると、鳩を飛ばして殿の指示を仰いでおります。

 急ぎの場合は、自分で判断するか神余殿に助言を求めております」


「山城の寺社に手出ししていないのは、隼人佑の助言か?」


「はい、京には殿が同盟を結ばれた園城寺や金剛峰寺の末寺が数多くあり、上洛したばかりの者達には、どの寺社が何宗なのか分かりません。

 間違って殿と関係のある寺社の僧を傷つけてはいけないので、一切の寺社に手出ししないようにしております」


「それを良い事に、山城の寺社が付け上がって好き放題してはいないのだな?」


「そのような事があれば、その報告を受けた方が殿に報告しております。

 殿が知らないとでしたら、何もないのでしょう。

 それに、京には左衛門尉様と神余殿がおられます。

 これまで好き放題していた者も、小さくなっております。

 本願寺につながる者も大人しく暮らしていると報告を受けております」


「そうか、分かった、周高に近づく者がいないか見張らせろ。

 これまでも見張りがいたのだろうが、人手を増やせ」


「御意」


「殿、維虎が堺御所から追放されたそうでございます!」


 鳩の知らせを持った近習が慌てて口頭で知らせる。

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