第三章 平穏な日常 6.楽園 --4年4ヶ月経過--

 収穫の秋だ。毎年土を変えたり肥料を変えたり、光の当たり具合を変えるといった工夫を繰り返した。その甲斐あって、1年目に比べて2年目は3割収穫が増えた。3年目はさらにその2割増。今年はさらに1割増で、1年目に比べれば7割も増えた。

 この方式と規模だとそろそろ収穫量としては限界だろう。だが、俺1人の食料としては十分で、ある程度の備蓄もできている。玄米さえ食べていればとりあえず死なない。食料はまず安心だ。

 野菜もほどほどに採れている。量は少ないが蕎麦も収穫している。冬には小麦も栽培している。そんなに頻繁には食べられないが、蕎麦もパンもパスタも食べている。パスタはホームベーカリーで生地が作れる生パスタだ。卵がないから食感はイマイチなんだけどね。ほかにジャガイモとサツマイモと大豆も栽培している。

 自分で育てた作物を収穫して食べるというのは良いよな。生きてるって感じがするよ。どんどん作物を増やそうなんて考えちゃう。


 大豆を使って豆乳作りを始めた。ソイラテとヨーグルトを作るんだ。

 2階の元スーパーマーケットエリアには腐らないものを残している。そこにカスピ海ヨーグルトの素があったんだ。乾燥した乳酸菌みたい。箱の説明によると室温から人肌ぐらいの温度の牛乳に入れて数時間待っていればヨーグルトになるらしい。


「牛乳がないからヨーグルトなんて作れないよな」


 って、思ってたんだが、食生活を豊かにしようと思って読んでいた料理本に豆乳ヨーグルトが紹介されてたんだよね。

 で、豆乳ってどう作るんだ? と思ったら豆乳メーカーってのがあるんだな。知らんかった。

 2階の電気店をよくよく見たらあったよ。豆乳メーカー。豆と水入れてスイッチ押したら待つだけ。なんとも簡単。

 できた豆乳にカスピ海ヨーグルトの素を入れて待つだけ。カスピ海ヨーグルトは室温でヨーグルトができるから助かるね。でも、雑菌が入ると食中毒を起こすから、容器は全部熱湯消毒。製造中に雑菌が入るリスクを下げるため、ちょっと加温して製造を加速するんだ。

 除菌とかに気をつけて、次の種菌としてヨーグルトをちょっと取っておけばいくらでも作れる。


 味はびっくり! ヨーグルトって言うより豆腐だな。まずくはない。いや、慣れると美味いよ。

 これがタンパク源になる。それだけじゃない。乳酸菌を採るようになったから、お腹の調子も良いんだ。ありがたいね。


 そう言えば、最近体調が良いな。

 暇つぶしに読んだ健康本によると、日本の加工食品には、諸外国では禁止されている食品添加物が多数使われているそうだ。

 一般の加工食品はとっくに賞味期限が過ぎてもう食べられない。食品添加物の摂取量はかなり減ったはずだ。食べられないことが体調良好の理由だとしたら、凄い皮肉だよな。


 そんなこんなで、今年は近所の畑でも試験的に野菜を栽培してみた。手間がかからない作物として、大豆とタマネギを植えた。植えたというか、元々生えていたものを去年収穫して今年植え直したんだ。上手くいったよ。来年の種を確保して美味しく頂いた。


 ところがだ。害虫が増えている。年々カメムシが増えていて、果物とか野菜の実をかじってるんだよ。

 最初のうちは追い払ったり、殺虫剤で対処したが、もう慣れた。喰われたところを切り捨てれば問題ない。あの匂いも直撃を受けなければ大丈夫だ。慣れって恐ろしいな。


 今年はイナゴが大量発生した。大群で飛行しているのが見えたからビビったよ。アフリカかっ!?

 屋内農園には侵入されなかったが、外の畑は結構食べられちゃった。それでも植えた量よりも多く収穫できているから失敗とは言えない。


 怖いのはスズメバチだ。よく見かけるようになった。

 刺激しなければ問題ないと思うが、うっかり危害を加えたり、土の中の巣を踏み潰したりしたら大変だ。ホームセンターに巣なんか作られたらたまらない。

 巣を作られないように、防虫剤とか忌避剤とかを周囲にイッパイ撒いている。春から秋まで周辺のパトロールが欠かせない。


 そして本で見つけたのがオニヤンマ情報だ。オニヤンマはスズメバチを捕食するから、模型を飾っておくだけでスズメバチが寄りつかないという。

 ちょっと眉唾な感じもするが、ホームセンターの商品の中にもオニヤンマの模型があったんで、それをホームセンターの周囲や、よく行く畑に設置した。もっとたくさん欲しいのだが全然数が足りない。

 そしたら、黄色と黒の通称トラロープがオニヤンマの代わりになるって言う記事も見つけたんで、オニヤンマの体長に合わせて10cmにカットしたトラロープを大量に、あっちこっちに配置した。

 その効果が出てるのか出てないのか解らないが、今のところスズメバチに刺される被害は出ていない。今後も要注意だ。


 野菜を食べる害虫は増えているが、蚊はすっかり見なくなった。やっぱり絶滅したのかもしれない。

 そうそう、風邪も引かなくなった。どこからも菌やらウイルスやらがやって来ないからみたいだな。鳥もいないから、鳥インフルエンザも絶滅したのかも知れん。ウイルスは生物じゃないから絶滅とは言わんのかも知れんが。


 それよりも雑草だ。放置している元畑はあっという間に雑草で埋め尽くされた。人が育てた作物の子孫たちはごくわずかで、雑草に埋もれてひっそりと生き延びてているだけだ。野菜よりも雑草の方がずっと強いんだ。逆か。野菜が弱いから人が育ててあげていたんだね。

 来年は外の畑の面積を広げようと思う。農家の納屋でトラクターを発見したので整備して動くようにしている。春までに耕して雑草にも虫にも負けない畑を復活させるぞ。




 行動範囲も広げた。というか、どこの店でも長期保存できる食品ってそれほど多くない。近所のお店では足りなくなりそうなので、今から準備しようというわけだ。

 去年の春、建設機材のリース会社の車庫からブルドーザーを持ち出した。これも3年放置されていたからなかなかエンジンがかからずに苦労したよ。学校は情報科じゃなくて機械科に行っておけば良かったかな。そしたらエンジン整備なんて簡単だろうし、いろいろ金属加工もできたのにな。

 ブルドーザーで道を塞いでいる自動車を押して端に寄せる。道の真ん中を軽トラで走れれば良いだけだから、ちょっと押すだけだ。その程度の操作ならすぐにできるようになった。


 とにかく自分の怪我にだけ気をつければ良いんだ。押した車が周りにぶつかったって何も問題ない。使わない畑に落ちたって気にしない。油が漏れて汚染しちゃっても火が出なければ良いかって感じ。

 歩道を塞いでも、ガードレールを壊しても問題ない。車内に被災者さんが残っていても関係ない。もう、いい加減そういう気持ちもなくなってきて、意識せずに片付けられるようになった。俺ってホントに無礼者だな。

 そんなわけで結構遠くまで軽トラで物資の調達に行けるようになった。気が向いたときはバイクにも乗っている。安全第一で。


 それで釣具店を見つけたんだ。たんぱく質が不足しがちだからな。魚でも釣ろうかってね。やったことないからあまりイメージがわかなくて、釣具店にあった入門書とDVDで勉強したよ。

 道具は最高級のものを揃えた。根が貧乏人だからすぐに高級品に手を出しちゃうんだよね。金額よりも機能が重要だとわかっているけど。


 それで、多摩川に行った。最初のうちは全然釣れなかった。なぜ釣れないのか、どうしたら釣れるのか、いろいろ試したね。

 そのうち釣れるようになったよ。最初に釣れたのは結構でっかい魚だった。初めて見たが、本で確認するとどうやら外来種のライギョらしい。焼いて食べてみたが俺には合わなかったので肥料になってもらった。

 ネットがあれば美味い調理方法も簡単に調べられたのにな。この辺りはフナとかコイとか泥臭い奴が多い。マスとかイワナとかの食って美味い魚はもっと上流に行かないと釣れないみたいだ。

 それでもたんぱく質は必要なので、時々釣っては料理の仕方を研究している。


 そうそう。キッチンは1階にも造った。炭火焼きを食べたいと思ったから。1階の外側、屋根の下にアウトドア用のキッチンセットを並べた。魚はここで焼く。

 その結果、2階のキッチンはガスの調達回数減少と、キッチンの油汚れが減ったという効果が出た。


 俺って負け組で面倒くさがりだけど、清潔感はあるんだよね。掃除はマメにするし、髭も2,3日ごとにシェーバーで剃っている。

 面倒くさがりなんで、髪型はボウズだ。電気店にあった高級バリカンで刈っている。誰にも見られないから恥ずかしくもなんともない。外に行くときは、暑さ寒さ対策と怪我防止で帽子を被れば良い。




 日常生活はすっかり定着した。寝室のテントはグランピングで使うゲルにした。中に電動ベッドを入れた。上半身を少し起こすと寝やすいんだよね。アスリートが宣伝してた高級寝具も入れたから寝心地は抜群だ。

 そう言えば、最初の頃は高級寝具が馴染まなくて眠れなかったな。俺も成長したものだ。


 店舗設備のエアコンはあるが、全部使うと電気が全く足りない。部分的に使っても、空間が広いから冷気も暖気もすぐに広がって無意味になってしまう。

 そんなわけで、冬は薪ストーブを使ってリビングと寝室を暖めた。とにかく売り場がやたらと広いんで、煙突を外に出すのに苦労したよ。

 逆に夏はスポットクーラーを使っている。自分に向かって冷気を出していると、そのときだけは汗がとまる。風呂上がりとか、食事とか、寝るときとかに使っている。


 余暇というか、趣味はドライビングだ。ちょっと暇になったらシミュレーションゲームでドライブしている。数日おきに公園や駐屯地に行って実車に乗っている。

 車は追加調達した。ラリーで使われている車両の市販版とか、外車も手に入れた。

 滑走路は最高速アタックじゃなく、ドリフト走行に使ってる。コースアウトしても草むらに突っ込むだけなので安心だ。

 もっとも、どこからやってきたのか、最近は草むらに蛇が住んでいる。種類はよく解らないが、大きいのはマムシかな? 小さいのはヤマカガシとかかな? どっちも弱い毒があるらしいから、草むらにはむやみに入らないようにしている。

 でも、捕まえたら食えるんじゃないかな? 蛇の調理方法が書いてあるサバイバル本とかないかな。


 空気がすごく澄んでいる。夜は灯りがないので星がきれいだ。グランピングのような贅沢なサバイバルしてるな、って感じで毎日充実している。俺にとってこの災害は幸いだったのかもしれないな。

 30代も後半に入った。被災された方々には誠に申し訳ないが、そんなことを考えて穏やかに充実した日々を過ごしている。

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