第二章 生活基盤を作る 9.堕落と喪失感 --2ヶ月経過--
雨の日。農作業ができないと思い、太陽光の発電量が少ない中、管理棟でアニメのDVDを見た。ソフト屋でボックスで頂戴してきた奴だ。1日中見てた。夜遅くなっても見ていた。徹夜した。天気が良くなったのに眠くて働けない。テーブルに突っ伏して一眠りする。
目が覚めた。飯を食ったら外はもう薄暗い。
「ああ、今日は作業にならないな」
アニメDVDの続きを見た。別の作品も見た。結局3日潰れた。ダメ人間の典型だ。こんなんだから負け組なんだよ。
4日目の朝。心機一転、アニメを封印することにした。
農地を見回すと、雨で流されてきた落ち葉が水路を塞いでいた。ダメじゃん、さっさと掃除しなきゃ。反省、反省。
野菜も熟れすぎた奴があった。食べ損ねた。勿体ないとも思うが、種が取れるかもしれないからそのまま栽培を続けることにした。災い転じて福と成す。前向きに考えよう。批難する人は誰もいないから。
公園内の調査も行った。隣の日本庭園でのんびりしたいのだが…… 人気のコーナーには少なくない被災者さんが倒れている。いちいち埋葬していられないので自然に土にお帰りになるのを待つ方針だ。
木工体験コーナーがあった。平日だったので開いていなかったようだ。被災者さんはいない。工具が揃っているし、適当な木材もある。そんなわけで木工の資料もいろいろ集めた。今のところ必要性はないので何も作っていないが。
ただ、そこにあった大量のおがくずは集めて母屋に持って行った。夜、緊急でトイレに行きたくなったときは母屋の一角にあるナチュラルトイレを使っている。用を足したあと、上からおがくずをかけることで消臭剤にしている。あとで肥やしにするかもしれないから消臭剤とかは使いたくないんだよね。
無線は時々聞いている。全然変化無い。各種のアンテナも調達してアマチュア無線や自衛隊とかの業務無線も聞いている。例の『非常通信用周波数』も聞いているが、まったく何も聞こえない。最近は自動送信と思われるデジタル信号っぱい音も減った。電池が切れたんだろう。
作業の合間に空も見ているが、視力2.0の俺でも飛行機らしきものは全く見えない。飛行機雲もできない。
「都心はどうなっているのかな」
思いついた。ドローンを飛ばそう。そう言えばアマチュア無線でドローン映像を見る方法が雑誌に載ってたな。
何々? 5.6GHz帯FPV用映像送信機VTXか。よくわからんが、例の無線機屋にいけば手に入るんじゃなかろうか?
無線局免許状が必要です? くれるんなら申請するよ。もらえないから確信犯でやりますけどね。
どうせ違法だ。魔改造して出力をアップしよう。数十キロ電波が届くはずだ。そうすれば困難な地上移動をせずに映像で都心の様子がわかる。
思いついてから準備に丸1ヶ月かかった。大型電気店で一番大きいドローンを、無線機専門店でアマチュア無線用のドローンを調達した。こいつらを合体させて、大出力無線機と大容量バッテリーを搭載した大型ドローンを作る。
一応改造できるだけの知識はあるが経験が無い。半田付けも得意じゃない。回路設計も初めてだ。時間がかかるのは仕方が無い。
飛ばす前に入念にチェックする。コントローラからの指令でちゃんと動くか、映像伝送できるか。
公園内で練習。あっちこっち飛ばして様子を確認する。被災者さんが多いところはあまり行っていないから、状況把握に役立った。
次は近くの駅周辺を調査する。自動車事故や被災者さんの位置がおおよそわかる。建物の中を覗こうと思ったが、それは上手くいかなかった。少し高度を下げて飛んだら、何かに引っかかって墜落した。慌ててバイクで取りに行ったよ。
駅周辺で3回試して自信をつけたところでいよいよ都心探索だ。
天気が良くて風が穏やかな日を選んだ。操縦場所は電話会社のビルだ。屋上に鉄塔がある。駅ビル直結のタワーマンションの方がずっと高いが、たくさんの機材を持って階段で上ることを考えると現実的じゃない。それに、ここは立川の東の外れだ。ここから東はしばらく高い建物がないから電波がよく飛びそうだ。
ドローンの練習を兼ねて、電話会社まで軽トラが通れる経路を探索しておいた。装備を積んだ軽トラで現着。
防護フル装備でビルに侵入。思った通りだ。ここは機械設備がたくさんある反面、人が少ない。俺もITエンジニアだからな。このくらいの予想はできる。
鍵を壊して屋上に出て、防護服を脱いだ。安全帯とヘルメットを着用。ちょっとした高所作業者だ。ドローンとコントローラーを持って命綱を操りながら鉄塔を登り、上段の平場に座り込む。手すりに命綱をかけてから東を見渡す。いくつかの高層ビルがあるが、概ね視界は良好。新宿ビル群まで見渡せる。
ドローンの電源を入れ、コントローラーを操作する。いよいよ離陸だ。
東に向かって飛んでいく。どんどん小さくなって見えなくなった。映像はちゃんと飛んでくる。
ATSがちゃんと作動したようだ。鉄道事故は見当たらない。少し南にずれてみる。新しい東八道路は比較的事故が少ないが、中央道と国道20号はめちゃくちゃだ。
火事の現場もあった。民家の密集地だろうか、結構広範囲に焼けている。多摩地区と特別区の境界辺りだ。
そうだ。大きな公園を見てみよう。井の頭公園に。俺みたいに避難している人がいるかもしれない。
公園をざっと眺めたがテントなどはない。あちらこちらに被災者さんが倒れていて、この近くで人が生活できる環境ではない。やはり避難している人はいないようだ。
あきらめて新宿方面に向かう。ビル群の端に見慣れない大きなものがある。何だろうな? ズームしてみる…… 飛行機の翼みたいだ。そういえば航空路が変わって新宿上空を飛ぶようになってから結構経ってるな。とんでもない大惨事になっていそうだ。
上空から俯瞰してみると、どうやら新宿西口から北側に大火災があったようだ。原因は飛行機の墜落かな。
見てみたいという下世話な気持ちもあったが、あまり悲惨な光景を見るとメンタルに影響が出るかもしれない。南の方へ方向を変えた。
ビルが火除けになったのか、明治神宮と代々木公園は無事だった。森自体がが火除けになったのかもしれない。
渋谷方面を見てみよう。少し方向を変えて進める。神宮にも代々木公園にも生存者はいないようだ。カラスすら飛んでいない。ただ、木々が生い茂っているだけだ。
「あ! いけない。もうドローンのバッテリーがない。これじゃ帰って来れないよ」
ちょっと残念だがドローンはあきらめよう。必要ならまた作れば良い。時間は掛かるが費用は掛からない。
思い切って政府機関を見てみよう。進路を北東に変えて青山、赤坂から永田町方面に向かう。
オフィス街の道路は滅茶苦茶だった。お昼休みだったからな。歩道にも被災者さんがたくさんいる。火災も相当あったようで、あちこちに黒焦げのビルがある。
ようやくお堀が見えてきたところで映像が途切れた。バッテリー切れで墜落したんだろう。
結局、明るい情報は何も得られなかった。政府が生きているかもしれないが、見た範囲、救助も復旧も何もしていない。無理をして都心に行ってみる理由はなさそうだ。
意気消沈して鉄塔を降り、防護服を着てビル内を通って軽トラに戻った。
「ほんとに俺1人なのかな」
やけ酒でも飲むか…… 止めておこう。酒に手を出すと溺れそうな気がする。久しぶりに何か甘いものでも食べよう。
ああ、そういえば集めた缶詰の中にあんこがあったっけ。切り餅もあったな。夕食らしくないけどお汁粉でも食べよう。
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