第二章 生活基盤を作る 2.長期生存計画 --4日目--
夜中にトイレに起きた。ランタンを持って広いフロアを横断してトイレに行く。
ベッドに戻ってもう一度寝る。寝たいのになぜか寝られない。ウーン。
「広すぎる!」
トイレが遠過ぎる。フロアが広すぎて空気が変。妙な匂いもする。ランタンの光が壁まで届かない。天井の配管が銀色でランタンの光が妙に反射する。宵の口は満腹だったし、疲労があったからすぐに寝入ったが、一度目覚めたら寝付けない。
「普段は夜中にトイレなんて行かないのにな。寝る前に水分取り過ぎたかな。明日は気をつけよう」
時刻は深夜1時過ぎだ。明日--もう今日か--の予定は立ててない。無理に寝る必要も無いので起きよう。着替えて外に出てみる。初夏とはいえちょっとひんやりする。
「星が見えないな。曇りか?」
風に湿り気がある。雨が降るのかもしれない。今日は遠出しないで生存計画の策定に専念しよう。
参考資料が欲しいな。スマホを取り出す。
「!」
ついに回線ダウンだ。いや、ここまでよく保ったよ。すごいな携帯会社。もっとも普段より通信量がものすごく少ないから基地局のバッテリー消費も少なかったのかもしれないが。
携帯網がつながらないときは飛行機モードにする。こうすると基地局を探すための電波を出さないのでバッテリーが保つ。でも Bluetooth とかが使えないから後でSIMを抜こう。そうすれば通常モードでも携帯電波が出ないからバッテリーが保つ。
ネットがないとすると本か。ホームセンターにも少し本が置いてあったが、役に立つ本があるかなー。
一旦寝床に戻って荷物をまとめる。パソコンとサバイバル本とランタンだけだが。ほかのものはホームセンターで調達できる。
夜道を歩いてホームセンターに移動する。誰も居ないはずだし、動物も居ないんだけど、なんとなく不気味だよな。『闇に怯えるのは生物としての本能だ』ってどこかで聞いたな。
ホームセンターの中を書籍売り場に向かって移動する。
「わ!」
被災者の方が倒れていて躓きそうになった。
「危ない危ない。気をつけないといけないな。どうも済みません」
そのまま避けようかと思ったが、気になったのでかがんで口元に手をかざしてみる…… 既に逝かれたようだ。ちょっとお年を召しているようだし、体力的に保たなかったんだろうな。ランタンを床に置いて手を合わせる。縁も所縁もない方だが、やっぱり気の毒だ。
とはいえ、弔ってさし上げるのも如何なものかと思う。この方を弔って、ほかの方を放置するのは筋が通らない。すべての方を弔うなんて無理だ。どこかで線を引かなければならない。
どこで? …… ここだろう。
俺って冷酷なのかな? そういえば『冷たい人』って言われて別れた彼女もいたな。
冷たいわけじゃ無いと思う。総合的に、合理的に判断しているだけだろ? なんで冷たいっていうんだ? そういうこと言うやつは思慮が浅いんだと思う。生半可に優しい奴なんて、無責任だし、途中で逃げ出す奴ばかりじゃないか。真面目に考えてから言って欲しいよ。
ま、そっちが日本の標準か。俺が規格外なんだよな。もっと早く気がついて、しっかり英語勉強して外国で働くべきだったかな。そうしてたら鍾乳洞に入ることもなく、この人たちと同じ運命だったかもしれないが……
一度外に出て冷たい空気を吸う。雨が降り始めていた。1人で興奮したって、怒ったって仕方が無い。冷静になろう。過去を振り返ることは止めよう。
ショッピングカートを引き出して、常温の缶コーヒーと電池式の照明類と電池を集める。家具コーナーでちょっとしたテーブルと安っぽいゲーミングチェアも調達して書籍売り場へ。通路にテーブルと椅子をセットする。
探しやすくなるように、あちこちに照明を置く。頭につけるタイプは便利だ。
ざっと書籍売り場を見回したが、やっぱり専門的な本はない。買い物のついでに手に取るようなムックとかが多い。
それでも、健康とかDIYとか農業とか、ホームセンターの商品に関係があって役に立ちそうな本がある。全く無駄というわけではない。いくつか本を取ってテーブルと椅子でコーヒーを飲みながらパソコンを起動しようとしたらバッテリーがない。充電するの忘れてたよ。手軽な充電方法がほしいな。
仕方がないので文房具コーナーでノートとペンを調達。ゆっくり本を読みながら、役に立ちそうなこと、気になることをノートに書き出す。
長期的に必要なものは食料だな。非常食って消費期限が大体5年なんだよな。5年経つ前に継続的に食料を調達する方法を確立する必要がある。やっぱり農業に挑戦するか。
栽培するとしたら、まず米。玄米を食べていれば取りあえず死なない。それと手軽なのは芋だ。サツマイモとジャガイモは簡単に育てられそう。
できれば麦も食べたい。ホームベーカリーを使えば簡単にパンを焼ける。ん!? パンは麦だけじゃないよな。料理コーナーに行ってパン作りの本を3冊取ってくる。
イーストと砂糖、塩、水とバターか。塩は腐らないし、その辺からかき集めれば一生困らないだろう。砂糖も腐らないよな。たしか。
食品売り場に行って砂糖を手に取った。どこをどう見ても賞味期限も消費期限も書かれていない。腐らないってことか。
イーストはちょっとしたスーパーなら置いてありそうだな。アレって生き物だよな。どこまで生きるんだろう? ま、無くたって膨らまないだけだ。硬いパンだと思えば食えそうだし、実際にイーストが使えなくなってから考えれば良いな。
あとはバターか。こいつは手に入らないな。なんか代替品はないのか?
持ってきたパン作りの本の一冊がヘルシー系だった。なるほど、オリーブオイルが代替品になるんだ。あれもたくさんあるから、2,3年のうちに栽培できればいいな。オリーブならガーデニングコーナーに苗があるし、あっちこっちの家の庭に植えてある。でも、庭木のオリーブに実がなっているところは見たことがないな……
あとは家庭菜園風に何種類か野菜を植えれば良いな。
そうだ、タンパク質はどうすりゃいいんだ? 動物がいないから狩猟はできない。川に行けば魚がいるかな。当面は缶詰とかで良いだろう。
農作物で言うと…… 大豆か。よし大豆を植えよう。そのまま煮豆とかきなこで食べてもいいが、味噌と醤油が作れたら嬉しいな。
新鮮なものは生産しなければ食べられない…… まてよ、腐る前に食べておくべきなんじゃないのか?
外を見ると既に明るくなり始めていた。モール内の少し離れたところにスーパーマーケットが見える。
レトルトやインスタント食品を食べている場合じゃなかった。肉とか牛乳とかカット野菜はもうだめだが、果物やカットしていない野菜、発酵食品はまだ食えるだろう。
よし、朝飯にしよう。昼飯はカレーでも作るか。肉の代わりがあれば良いな。
雨がしっかり降っている中、傘を差さずに走ってスーパーに行ってみたら驚いた。店舗前の駐車場に車が立っている。屋上駐車場から落下したようだ。その向こうでは店舗に突っ込んでいる車もある。
被災したのが平日の昼頃だったからな。他の店はお客さんが少なかったけど、スーパーはお客さんが多い。駐車場で車に乗っていた人もたくさんいたんだろう。
店内も被災者が多かった。とくに多いのが弁当や惣菜売り場だ。昼飯を買いに来たんだろう、高齢者や作業服を着たおじさん、小さな子供を連れた主婦らしき女性がたくさん折り重なっていた。
生鮮食品の腐敗臭が強くなっている。肉、魚コーナーには近づけない。なるべく早く出よう。
カートに果物と芋、にんじん、タマネギ、豆も入れよう。みんな多めに入れていく。そうそう、カレー粉を忘れずに。ワインも入れよう。缶入りのバターもまだ大丈夫そうだ。
真空パックされたベーコンならまだ食べられそうだが、臭すぎて肉コーナーに近づけない。缶詰のコンビーフで代用しよう。
チーズとヨーグルト、納豆もまだ大丈夫。あ、ラッキー! ロングライフ牛乳があった。90日間常温保存できる。あるだけカートに詰める。
パンも見てみる。水分が少ない奴はまだ大丈夫なはずだ。バケットを調達。レギュラーコーヒーも調達する。
アウトドアショップから調理器具類を運んでホームセンターのガーデニングコーナーに設置する。ここは周囲がガラス張りなので温室のような雰囲気だ。雨も気にならない。大量の観葉植物に囲まれてとてもおしゃれだ。若干肥料の匂いがあるが……
でもよく見たら元気のない奴が多い。そっか、水やってないからだ。後であげよう。
まずは朝食。カットしたバケットを炭火であぶる。チーズをのせたらやっぱり美味い。牛乳も少し温めてホットミルクにする。雨で少しヒンヤリするからホットが美味しい。そう言えば、牛乳なんてしばらく飲んでなかったな。
お湯を沸かしてレギュラーコーヒーを淹れる。椅子に腰掛けて一口すする。あれ? コーヒーってこんな感じだっけ?
そっか、レギュラーコーヒーはあまり淹れたことがないから淹れ方が下手なんだな。コーヒー豆は保って1年ってところかな。真空パックされた豆ならもっと長い間飲めるかも。酒よりもこっちの方を楽しみたいな。本で勉強しよう。
落ち着いたら植物に水やりだ。そこで気がついた。水道止まってるじゃん。
外は雨だ。近くにあった大きなバケツを外に並べて雨水をためておけば良いな。あ、バケツは台車の上に置こう。移動が楽だ。
水をためている間にカレーを作り始める。下ごしらえしたらじっくり煮込むぞ。煮込んでいる間にバケツに溜まった水を植物にまいてやろう。完璧だ!
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