第23話

 その先で見た光景に変化はなかったが、そこが先ほどまでいた場所とは違うと、彼も理解した。その証拠に、背後から四つの足音が聞こえてくる。足音は、やがて彼の近くで止まる。


「……ようやく見つけたぞ、魔王」


 その声に、クレオンは喉を震わせた。声の主は他でもない、勇者クレオンの者だった。


「お前、いったいどれほどの人間を殺してきたというのか」


 懐かしい声に、ついには涙も出てくる。アーレントの声。よく見ると、自分の鎧は血まみれになっていた。尤も彼の指摘は真実であるが。


「あたし達は、アンタを倒すためにここまで来たんだからね」


 レンカの声。クレオンは強く拳を握る。


「世の平穏を脅かす魔王よ、今、私たちが貴方を倒します」


 その声を聞いて、ついにクレオンの涙腺が決壊した。愛するセルマの声。死んだはずの彼女がそこにいる。振り向いて、自分はクレオンだと名乗り出たかった。だがそうすれば、世界が崩壊する。助けるはずの三人ですら、犠牲になる。そしてついに、彼は振りかえり四人の姿を見つめる。ああ、皆がすぐそこにいる。


「行くぞ魔王。今日がお前の最後だ」


 勇者クレオンが剣を構える。セルマは祈りを捧げ、アーレントも詠唱を始める。まずすべきことは、アーレントの無力化。魔王クレオンは詠唱を止めるため、駆け出す。


「皆はあたしが守る!」


 そこへレンカが防御魔法を展開した。ここまでは魔王クレオンの想定通り。怖れる事はない。自分なら防御魔法を通過できる。彼の思った通り、身体はレンカの防御魔法を貫通した。


「嘘!? あたしの魔法が!?」

「危ない! アーレント!」


 勇者クレオンが叫ぶと、アーレントはすぐさま詠唱をやめようとした。だがレンカの盾が咄嗟に彼の身を守る。魔王クレオンの一撃は、盾によって封じられた。


「あたしが守るから、アールは詠唱を続けて!」

「任せろ!」


 と、アーレントが詠唱を再開したのもつかの間。背後では勇者クレオンが剣を振るう。

 そうだ。確かこの時、自分は魔王を切ろうとした。咄嗟に思い出した魔王クレオンは、振り返り咄嗟に勇者クレオンの一撃を防ぐ。この後はどうなる。魔王クレオンはすぐさま思い出そうとする。

 レンカだ。彼女が小剣で斬りつけてくる。魔王クレオンはすぐに体制を低くする。すんでのところで、彼女の小剣を回避できた。


「嘘……これも……?」


 その後、レンカは動揺したはず。魔王クレオンはその隙を逃さず、振り返りレンカの盾を支える。その背後から勇者クレオンが剣を向けて突進してきた。盾で防ぐか。違う。レンカは盾に気をとらえていて、完全に無防備でいる。だがこのまま付き合っていれば、勇者クレオンにやれてしまう。

 咄嗟に、自分がどうなったかを思い出す。あの時、レンカの盾が爆ぜて、魔王は勢いのままに自分を斬りつけて来た。

 その通りに、魔王クレオンはすぐさま詠唱を始めて、盾に小さな爆発を起こした。そして勢い点いたままに、剣を振るう。勇者と魔王の剣がぶつかり合ったものの、爆風の勢いに乗られた魔王クレオンの方が上手だった。勇者クレオンの身体が弾き飛ばされて行く。

 だが魔王クレオンは、肝心な事を忘れていた。アーレントだ。彼は既に詠唱を終わり、火球を放っていた。すでに火球は眼前にあり、防ぎようがない。彼はつい片腕で防ごうとしてしまった。爆ぜた瞬間、鎧越しに熱波が彼のみを焦がそうとする。悶える声が出てしまう。彼の素肌は熱によってとかされ、鎧に引っ付いてしまう。だが幸運にも、兜は魔法の熱を逃れた。それだけ魔王の兜が優秀だった証拠でもある。やがて煙は消え、互いの姿が映し出された。


「魔法が……効いてる……?」


 煙が無くなった先で、何故かアーレントの驚く姿が見えた。何故だ。だがこの機に迷っている暇はない。魔王クレオンはすぐにお返しにと、魔法の火球を飛ばす。だがそこへセルマが立ちはだかり、錫杖を突きさすと神聖なる壁で魔法を消す。魔王クレオンにとって、つきかけた中ようやく出た魔法を消されてしまった。


「……助かった、セルマ」


 だからと言って、その場で立ち尽くすわけにもいかなかった。彼らは仲間たちの方へ意識を集中させていたからだ。今度こそ、と魔王クレオンは機を味方にしようと、全力で賭けて回りこむ。鎧に引っ付いた肉体が悲鳴を上げつつも、彼の執念が痛みを上回っていた。狙うはアーレント。


「いいえ、私は自らに出来る事を……」そこでセルマが、魔王の姿を見失った事に気がつく。「……皆さん、魔王が!」


 その隙に、魔王クレオンはアーレントへ突進する。


「くそっ、間に合わ――」


 アーレントが杖を掲げようとしたところへ、魔王クレオンは剣を振るう。彼の杖は両断され、がら空きになった胴へ手をあずける。不用意に衝撃を与えては、彼を殺しかねなかった。だからこそ魔王クレオンは、衝撃の魔法を使い、彼の身体を吹き飛ばした。幸い彼は傷一つなかったものの、衝撃によって吹き飛ばされ気を失った。これで一番の心配だったアーレントは戦闘不能。だがすでに、魔王クレオンは限界を超えていた。


「アーレントさん!」


 セルマはアーレントの名を叫び、安否を確認する。最後にセルマを戦闘不能にさせれば、後は自分との一騎打ち。そう思い、力を振り絞り剣を振りかざそうとした。

 そこへ勇者クレオンが立ちはだかる。


「お前に、俺の仲間を殺させたりはしない!」


 彼の輝いた眼差しに、魔王クレオンは懐かしさを覚えた。無論彼も、三人の仲間を殺すつもりはない。だがお互いの一騎打ちにおいて、彼女の存在が邪魔だった。

「セルマ! 俺がひきつけているから、頼む!」

「は、はいっ!」


 勇者クレオンの指示に応えるよう、セルマは錫杖を掲げた。だがそれは、魔王クレオンにとって好都合だった。彼女の魔法は、彼には全く通用しないからだ。そして詠唱にはしばらく時間がかかる。

 その間にも、勇者と魔王は互いに斬り合いへを興じた。自身の剣技はよく分かっている。最初の内は、魔王が有利だった。だが次第に共通点を見つけ始めた勇者クレオンが、少しずつ押し返していく。さりとて魔王クレオンも、負けじと剣を振るい続けた。

 ふと勇者の身体がそれると、その先で詠唱を終えたセルマの姿が見えた。瞬間、辺りは神聖なる光に包まれる。想定通り、彼女の神聖魔法は魔王クレオンに全く効果がなかった。直で浴びたというのに、何一つ変化がない。光で何も見えない内に、彼はセルマへ近付く。


「……光が効かないっ!?」


 光が収まった後で、変わらず立っている魔王クレオンにセルマは驚く。彼は魔族の側に着いたとて、邪悪なる魂は持っていない。たとえ行動が悪だとしても、その理念は仲間達の為だからだ。


「セルマ!」


 咄嗟に勇者クレオンが叫ぶも、魔王クレオンが既に錫杖を奪い、腹を突いて気絶させた。彼女は地面へと吹き飛ばされ、痛みに悶えて動けなくなった。

 これでようやく、自分との一騎打ちとなる。レンカは先ほどの爆風で気を失い、アーレントも同じ。セルマは意識があったものの、動ける様子ではなかった。

 勇者クレオンは覚悟を決めたように、剣を魔王クレオンへと向ける。


「これで勝ったと思うなよ」勇者クレオンが告げる。「刺し違えてでも、お前を倒す!」


 それは俺の台詞だ、と魔王クレオンも剣を構える。二人とも同じ構えだった。そしてついに、一体一の戦いが始まった。お互い同じ剣技を使い、力も拮抗していく。だが魔王クレオンは、もうすでに限界を超え過ぎていた。少しずつ力が抜けていくのを、彼は止められなかった。早く倒さなければ。そう思っていても、勇者クレオンは容易に斬らせない。

 ふと油断した魔王クレオンは、一撃を食らってしまう。幸い手甲が防いだものの、そのせいか手甲が落ちてしまった。熱で爛れた手だったが、胴ほどのひどさはない。人間の手だと分かる位には形を保っていた。


「お前、まさか人間か!」


 まずい、と魔王クレオンは手を隠そうとする。消滅の危険性があったからだ。だがしょうめつが起こらないと知ると、彼は再び剣を構える。


「お前、どうして人間なのに魔王なんかにっ!」


 勇者クレオンの言葉に、魔王クレオンは応えなかった。声だけでも判明してしまうからだ。


「そうか。なら……!」


 話す気がないと知って、勇者クレオンは剣を構えなおすと飛び掛かる。再び始まる剣戟。その間にも、気を失っていた仲間達が起きあがる。


「……クレオンっ!」


 最初に目を覚ましたレンカが、声をかける。


「いけ、クレオン! おまえなら勝てる!」


 次いでアーレント。


「お願いです、クレオン。世界に平和を……!」


 最後に、セルマの声。三人の声は、どちらを応援していたのだろうか。戦っていた二人はどちらもクレオン。そして魔王クレオンが勝てば、三人は助かる。負ければ、再び時は繰り返される。

 二人にとって、負けられない戦いだった。互いの執念は飽和点に達し、既に誰も邪魔できない領域へと到達していた。しかし、魔王クレオンの身体は、もう言う事を聞いてくれなかった。もはや自分が剣を振るっているのかさえ判別つかない程意識も遠のき、それを示すように兜の中に光る眼は輝きを失いつつあった。吐き出る血も止まらず、鎧の中でのたうち回る。張り付いた肌に触れると、刺激となって体中を突き刺すような痛みにかられた。

 対して勇者クレオンは、万全の状態でいた。仲間達の声援もあり、一層力が増していく。そうだ。だから負けたんだ。魔王クレオンは薄れゆく意識の中で、ゆっくりと理化した。

 そしてついに、魔王クレオンの剣が折れる。勇者クレオンはその隙に、魔王の腹へ剣を突き立てた。

 魔王クレオンの身体から、あらゆる力が抜けた。限界を迎えたからだは痛みこそ感じなかったものの、もう自由に動かせなかった。

 駄目なんだ。これじゃあまた繰り返される。三人はまた神王に、ハイネリオに殺される。だが彼の身体は力が入らず、辛うじて持っていた折れた剣すらも離れてしまった。


「終わりだ、魔王」


 最後の一言に、勇者クレオンが呟く。いいや、終っちゃ駄目なんだ。このままだと、あの三人がまた死んでしまう。

 彼の脳裏に、あらゆるものが思い浮かんだ。旅の記憶、三人の死、テールキンの村での出来事。王宮魔術師の胸糞悪い笑み。カーネリア。カシウス。そしてかつて思い描いた、”四人”で平和に暮らす風景。だがそれは叶わない。でも、助けたい人たちが目の前にいる。全てをかけてでも、俺は……。

 魔王クレオンの執念が、動かなくなった体へと力を注いだ。彼の腕が勇者クレオンの両手を持つ。まだ剣は腹に収まったままだった。


「な、お前っ!」


 勇者クレオンは手を離そうとした。だが魔王の執念はそれを許さなかった。そして魔王クレオンは首にかけていたペンダントを引きちぎると、それを勇者クレオンの首元へ突き刺そうとした。だがもう片手で防がれる。


!!」


 それがどちらのクレオンから発せられた言葉なのかは分からない。その執念が実り、魔王クレオンは勇者クレオンへ頭突きを浴びせる。うろたえた首元へ、ついにペンダントが突き刺さった。

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