第5話 利己に咲くヒガンバナ②

 サク……サク……サク……サク


 サク……サク……サク……サク


 ゆっくりと一定のペースで灰の地面を踏み締める音が近づいて来る。

 足音の主は私達のすぐ横で立ち止まったかと思うと、ゴソゴソとプロミのバックを漁り始めた。

 久々に来たようだな。


「プロミ。ぞくだ」


「分かった」


 耳元でささやくや否や、プロミは素早く、だが音も気配もなく寝袋からい出し、カバンを漁る男の首を後ろから絞めた。


「——かはッ⁉︎ 」


 状況を理解できていない様子の男が、尻餅をつき、バタバタと灰を巻き上げもがく。

 だが、少しずつ男の動きは小さくなっていき、やがて男は完全に沈黙した。


 プロミが男のまぶたを開け、狸寝たぬきね入りをしていないか確認する。

 そして完全に意識を刈り取れたことが分かると、両腕を首から離し額の汗をぬぐった。


「ふうっ。盗賊なんて久しぶりだね。終わったよ」


「ああ」

  

 言われて寝袋からのそのと這い出し、プロミの肩の定位置に飛ぶ。

 こんな世界ではこの男のように私達のような旅人や、街を襲う盗賊に身を堕とす者も少なくはない。

 所詮しょせんからすの私は、その襲撃にどうする事もできないのが歯痒いところだ。


「ん」


 ふと、プロミの顔に赤い筋が引かれていることに気づいた。


「頬のその傷……爪で掻かれたのか」


「? あぁ、ちょっとかすっちゃったかな。大丈夫気にしないで」


「……悪いな。いつも任せてしまって」


「今更そんなこと良いってば。苦手な事ぐらい誰だってあるでしょ」


 笑ってそういうとプロミは男の服を漁り始めた。

 

「……そうだな」


 考えを切り替え男を観察する。

 さっきは寝袋の隙間から見ていたからわからなかったが、男はまだ青年だった。


 身長はプロミより少し大きい程度。髪は栗色の短髪。

 年齢は20を超えているかどうかと言ったところだろう。

 盗賊など普段は御免ごめんだが、今回に関しては運が良い。


「どうやら餓死はしなくて済みそうだな」


「そうだね。出来れば街に着きたかったところだけど……うん、武器は持ってない。おーい」


 プロミが青年の頰をペチペチと軽く叩く。


「……うぁ。な、んだ…… うおっ⁈ 」


 青年が私の姿を捉えた瞬間驚いて後ろに飛び退いた。最近はこんなのばっかりだな。


「静かにしてくれ。カナタが起きてしまうだろうが」


「か、か、カラスが喋った⁈ 」


 腰が抜けたのか、青年は不恰好に四つん這いで私たちに背を向け、逃げようとする。

 プロミが近づき、青年の肩にポンと優しく手を置いた。

 プロミに限ってそんなことはないのだが、殺されるとでも思ったのか青年が、ひっ、と言って顔を青くする。


「た、頼む! 命だけは勘弁してくれ。他のことならなんでも—— 」

 

「私はプロミ。この子は相棒のナチャ。君は? 」 


「へ? 」


 男が呆気あっけに取られて固まる。

 数秒してようやく自分が名前を尋ねられているのだと理解したのか、


「……センジュだ」


 とだけ答えた。

 プロミがうんうんと頷く。


「よし、センジュさん。なんでもしてくれるなら、早速だけど、私たちを君の家に案内してくれないかな? 私たち丁度補給ができてなくて困ってたところなんだよね」


   ◯


 若干のの光が灰の雲の隙間を縫って周囲を照らす。無風なことも相まって、朝から近頃では珍しいほどの穏やかな陽気だ。


「ほ、ほんとに……どろぼうさんのお家に……行くの……? 」


 カナタが不安そうにプロミの背中からチラチラと先頭を歩く青年の様子を伺う。

 

「すまないなカナタ。だが、ここまで街が無い以上、このまま進むのは危険すぎるんだ」


 目を細め、離れつつある火柱の位置を確認しておく。

 カナタの足跡からは離れてしまうが仕方がない。

 補給が可能になっただけでも幸運だ。

 

「一応言っておくが、逃げるなよ賊」


「こんな障害物のねぇところで逃げる程馬鹿じゃねぇよ」


 忌々いまいましそうに先頭を歩く賊の男は言うと、足を止め、振り返った。


「本当に家の食糧を分けるだけで見逃してくれんのか? 」


「約束するよ。心配しなくてもセンジュさんが生活に困らない分だけもらえればそれで良いから」


 プロミが胸を張って答えた。

 賊が疑わしげな視線をプロミに注ぐ。

 だが、プロミの顔をしばらく見ると顔を逸らし、何故か舌打ちをした。


「マジな顔じゃねぇか…… 」


 男がパーカーのポケットに両腕を突っ込み、また猫背に歩き始める。


「あんたら、俺が今まで見てきた中で1番甘ちゃんだぞ」


「お褒めに預かり光栄だな」


「チッ」


 私の返しが、やはり気に食わなかったのか、また舌打ちをすると、男は無言になった。


   

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