幕話2 三日前の山の異変 3

 それは巨大な猪だった。全長が2メートルの大物で、目を血走らせて睨みつけており、太い四肢で地面を蹴ってくる。

 あまりにも突然な事に、女は恐怖した。両目を見開きながら、表情を歪ませる。背筋にも寒気がしだし、反射的に後ろに向き直って、全速力で逃げだす。

 すると猪も、後を追いかけてきた。完全に獲物としており、牙を剥き出して迫まってくる。

 「グルル!!」

 「ひっ!?」

 対して女は身体を捻り、進行方向から左に逸れて回避した。だが直後に、唐突な浮遊感に襲われながら落下する感覚がし、視界がぐるりと回転して上下が逆さまとなる。

 その先には川があった。深い谷間の底を大量の水が下っており、流れが速く激しい。またゴツゴツした岩や石が点々と散らばっている箇所だった。

 そのまま女は大きな音を立てて水面に落ち、川底に激突する。だが間髪入れる間もなく立ち上がると、再び前に走り出した。全身が濡れて、衣服が肌に張り付くも、もはや無我夢中で、対岸を目指していた。

 もう背後には、何もいない。先程の猪も何処かへと行ってしまったようだ。

 しかし女は気がつかないまま、対岸へと渡りきると、どんどんと山の奥深くへと入っていく。もう姿は何処にも見えなくなる。

 やがて空が白みだし、朝陽が昇ってきた。煌煌と光が照らしだし、山林の木々が磨いた様に緑色に輝きだした。

 再び森の中は再び静かになる。まるで最初から何事もなかった様である。

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