第5話 苛烈なる戦いと新たな誓い

 俺はシズクと一緒に魔物と戦っていた。


 俺たちは一瞬の安息を味わう間もなく、再び運命の厳しさを突きつけられたのだ。井口と和田の遺体を前に、せめて目を閉じて手を合わせる!2人に尊厳を与えるその僅かな暇すら得られず、新たな脅威が襲いかかって来たからだ。

 荷物をまとめている最中に慌ててこの場から離れなければならなくなったのだ。


 そして井口と和田の死体を見捨てるしかなかったのが悔やまれたが、今は生き残ることだけを考えなければならなかった。

 周りには野蛮な魔物の咆哮が響いており、俺たちは少しだけでも休ませて欲しいと願ったが、そんな願いは無意味だった。


 肩で息をしてお互い怪我がない事を確認すると、新たに2匹の魔物が現れた。

 その口から血が滴り落ちており、井口と和田のと思われる服の切れ端も見えた。そう、この2匹が井口と和田を殺したんだと理解した。

 俺は怒りに震えながら弓を構えると、右側の一匹に狙いを定めて矢を射てその額に命中した。


『やった!』


 そう思った瞬間、もう一匹が俺の背後に回り込んで来たので慌てて回避しようとしたが、回避は間に合わなかった。


 しかしシズクが助けてくれた。

 彼女はブラックジャックという俺が作った即席の武器で魔物の後頭部を叩きつけたのだが、当たり処が良かったようで、その一撃で魔物は霧となって消えその場には魔石だけが残った。

 俺はシズクに感謝した。彼女は今の俺を助けてくれる唯一の存在だった。


 しかしまだ魔物はいた。

 息つく暇もなく、別の魔物が現れるとシズクに襲いかかった。

 俺は彼女を助けようとしたが、シズクは自分で対処した。

 シズクは魔物の攻撃を見事にかわすと、反撃に出たがその動きに俺は少し安心した。

 近接戦闘について実は俺よりも強いのかもしれないと感じる。


 次は複数匹の魔物が現れたが、先の二匹はただの前哨戦だったのかもしれない。獣型の魔物が俺たちに襲いかかってきたが、全て俺を狙ってきた。ひょっとすると俺は強いと思われたのだろうか?


 その後俺は本能に従って戦った。魔物の刃をかわすと矢を射る。距離が近いのもあり狙いは外さなかったものの、攻撃に夢中になって背後についての対処が疎かになってしまった。

 まだ戦闘経験が足りなかったのだが、そんな俺をシズクは助けてくれた。

 彼女は俺の背後を襲う魔物をブラックジャックで倒してくれた。何匹目を倒した時だっただろうか、魔物が霧となって消えたその時、不思議な声が頭の中に響いた。レベルアップしたというのだ。


 俺は、二度もシズクに助けられたことに恥ずかしさを感じるも、彼女に感謝しながら次の矢を番える。構えると咄嗟に放った矢は彼女の頬を掠め、背後にいた魔物の額に当たった。

 驚いた顔をするシズクの背後でその魔物は霧となって消えた。そして残りの二匹は少し距離を置き、こちらを見ているが俺は冷静になって矢を放った。そうして今襲ってきた魔物たちを全て倒した。


 その瞬間、俺は自分たちの成長を実感した。しかし、リュックサックが魔物の攻撃で破れていることに気が付いた。

 俺は慌てて中身を確認したが、大事なものは無事だった。


 魔物に撃ち込んだ矢を回収するため、床に落ちている矢を拾った。

 するとその中の一本の矢が変わっていた。

 形は同じだったが、どう見ても材質が違っていた。

 魔物が霧散するときに矢が変化したのだろうか?

 それはレア度が上がったのかもしれないと思った。


 それと一段落ついたのもあり、もう一度井口と和田の死体のところに向かった。幸い二人の使っていたリュックは無傷だったので、そのリュックに俺とシズクのリュックの中身を詰め替えた。


「井口、和田、君たちのカバンを大事に使わせてもらうよ」


 俺はクラスメイトに遺品のカバンを使うことを決め、2人に敬意を表した。彼らのためにも、正義のためにも今後も戦うことを誓った。

 俺たちはスマートフォンで死体を撮影したが、勿論そこには無残な姿が写っていた。もしもクラスメイトのところに帰還できたら、この画像を証拠にして王女への復讐を果たすと俺は心に決めた。


 シズクは深い悲しみを込めて、故人のために髪の毛を2人の生徒手帳に挟んだがそれは哀しみの証であり、彼らの記憶を自分の一部として留めるためだった。死体を持ち歩くことはできないが、せめて遺髪だけでもというシズクの思いやりだった。


 俺はそんなシズクに礼を言ったが、小さな笑みを浮かべた。


「じゃあ命が助かって、ここを出られたらお礼にキスでもしてもらおうかしら?」


 彼女はこんな状況でも冗談を言えるくらいに強かった。

 俺はこれまでと違い、心の底から彼女に惹かれていった。

 俺たちはこれからの不確かで厳しい道を、共に力を合わせて歩むことを誓い合う。

 新しい希望の芽が困難の中でも育っている。


 このダンジョンには騙し討のように連れてこられたが、その場所は分岐路だった。

 分岐路からスタートした以降の道は一本道だったが、気のせいかもしれないが緩やかな下り坂を進んでいるようだった。


 時折時現れる単独の魔物は、俺が矢で急所を巧みに射抜いて仕留めることで殆ど脅威とはならなかった。


 本来は高ランクの魔物なのだが、急所を狙い撃ちにしたのと、この世界のではなく別の世界、つまり地球の矢は貫通力に補正が掛かっていたのだ。


 また、戦いの中で俺がシズクを守る姿に彼女の心もまた射抜かれていくのだが、俺の気は張っており、単に怯えているとしか思わなかった。


 ただ、かつては単なるクラスメートだった彼女を好きだという憧れ的な想いは、今では『愛しているかもしれない』そういった感情へと変わり始めていた。

 また、クラスメイトから素敵な人へとシズクの中で、俺の存在が昇華していたのだ。


 俺の見た目は平凡なものだった。

 端麗なイケメンというわけではなかったが、俺なりの魅力はあり、普通に彼女がいるとしても不思議ではない顔立ちだと思う。うん、そうしておこう。

 しかし、その真剣な表情は少なくとも後輩たるリナの心をしっかりと掴んでいた。

 今、シズクが二人目となり、俺に心惹かれていたのである。今なら何となく分かる。だが、今の俺にはそのことに気が付く余裕はなかった。

 あの時リナのことを考えていれば、別々に分けられるのを拒否したのにと後悔するも、今更だよな。


 シズクに惹かれているのもあり、リナのことを女としてちゃんと見てやらなかったなと今頃になり気が付いた。あの目は先輩として慕う以上のだったと。


 リナの想いとほ裏腹に俺とシズクの間には徐々に新しい絆が生まれつつあると思う。そうした感情は言葉には出さない。しかし戦いを重ねる中で確かなものとなっていた。

 お互いを守り合いながら、この過酷な世界での生存へと向かって共に歩を進めている。

 そんな異常事態で仲間意識から、依存し合う相手に昇華するのは時間の問題だった。


 久し振りというか、初めての分岐であるT字路を右に曲がると、そこは初めて見る袋小路だった。


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