【完結】ループモブ〜ループに巻き込まれたモブの異世界漫遊記
明和里苳(Mehr Licht)
0周目
第1話 なぜか知っている
それは冬休みの前。
「嘘だろ…」
高等部二年の前期考査。僕は順位表の前で立ち尽くしていた。これまで凡庸中の凡庸、何をやってもそこそこの僕の名前が、なぜか一番上に載っている、気がする。
「おう、アレクシ、やったじゃないか!」
背後から、ブリュノが背中をバンと叩く。僕は友人に囲まれて、「お前隠れて勉強してやがったのか?」「抜け駆けかよこの野郎」「今日のカフェはお前の奢りな」など、励ましとも
今回の考査は、ちょっと様子がおかしかった。難易度はこれまでのテストと何ら変わりなかったのだが、僕は「何故か一度受けたことがある」ような既視感を感じていた。そしてその既視感は、考査に始まったことじゃない。
思い返せば10月1日。僕らの領立学園は、その日から新年度が始まる。中等部の新入生たちがそわそわと門をくぐり、進級した僕たちは決められた持ち場で、彼らを講堂へ誘導する。僕は受付を済ませた彼らの胸元にリボンを付ける係だった。
「入学おめでとう。B組は中程の…」
用意された席を指差しながら、僕はふとこの場面を「思い出した」。そうだ。彼は指差した方向に進んで行ったが、緊張のあまり人を避けて、椅子にぶつかって「転んだ」。
ガッシャン。
「うわ、すみません!」
僕はその様子を呆然と見ていた。何故僕はそれを「知っていた」んだろう。
それからも時折、同じような現象に見舞われた。剣術の授業で、友人が打撲を負った。三年生の野外実習で、予想外に大きな魔獣が出た。保健医の先生と歴史の教諭が婚約を発表した。僕は幾度となく「知っている」感覚を覚え、ついには「もうすぐこんなことが起こりそうな気がする」ということをノートにまとめておいた。そしてそれらは、ことごとく的中した。もちろん、テストの内容もだ。
こういうの、先見の能力とでも言うんだろうか。しかし、僕が知っていたのは、せいぜい身の回りに起こること、しかも数年先まで。あまり役に立ちそうなことは「知って」おらず、そもそもこんなこと誰に話しても、きっと信じてもらえないだろう。
「お前、何でこんな一気に首席まで取っちゃったんだよ」
「分かんないよ、ヤマが的中したとしか」
案の定、カフェの勘定を押し付けられながら、僕は友達とココアを
僕らの間でカフェテリアの勘定を持ち合うことは、珍しいことではない。ここは領立学園。領内の子供は一定年齢に達したら、学園に入学して学ぶことになっている。しかし、学費が免除されるのは中等部のみ。初等部から入学し、更に高等部まで進学するのは、一部の富裕層に限られる。僕らもその小金持ちの子息というわけだ。
学園を出れば、僕は商家の次男として、兄の補佐をすることに。友人達もそれぞれ、官吏を目指したり、衛兵を目指したり。僕たちはこうして、カフェテリアで駄弁り、ふざけ合いながら、残りたった二年弱のモラトリアムを惜しむ。
翌日からは冬休み。僕の実家は領都にあるので、帰省と言っても、徒歩30分くらいのものだ。一気に成績の伸びた僕を、両親はとても褒めてくれた。一方で、家督を継ぐために修行中の兄からは、疎ましげに睨まれた。彼はあまり素行がよろしくなく、僕は格好のサンドバッグだ。僕は
それからの僕は、「何故か知っている」知識を基に、無難な学園生活を過ごした。多少のトラブルも、事前に知っていれば回避することが出来る。もちろん、全ての事柄を覚えていたわけではないから、全く順調というわけには行かなかったし、避けたと思ったトラブルが、別の形で降りかかって来たりしたけども。
やがて無事三年次を過ぎて、実家の商家に就職した。僕はそこでも「知っている」という感覚を基に、卒なく業務をこなした。どうも初めてという感じがしない。しかしそこは、「小さい頃から仕事を見ているから」で押し通した。相変わらず兄からは疎まれたが、僕は時折出来ないふりを交えつつ、日々を乗り切った。
不思議なのは、僕が「知っている」出来事が、もうすぐ尽きることだ。僕は三年前のあの日、領立学園二年次が始まった10月1日から、この先はこうなるだろうという知識を持っていたが、どういうわけか、それは今年の秋で止まっている。以降はどうなるか、自分でも分からない。それはとても自然で、当たり前のことなんだけど、この違和感が
僕は秋以降、どうなってしまうんだろうか。まさか死んでしまう?いやいや、それは無いだろう。考えすぎだ。高等部二年に上がるまでは、僕だって普通に、先のことなど何も分からなかったじゃないか。大丈夫、大丈夫。
僕はそう自分に言い聞かせ、日々の仕事に打ち込んで行った。
そしてとうとう、その日が来た。
朝、目覚めると、そこは学園の寮。10月1日、今日から僕は、高等部二年に上がるのだった。
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