第20話☆大塚咲来デビュー戦

「咲来!ごめんぎりぎりになっちゃった」


間に合った。咲来の試合の一つ前だ。

リング脇に咲来の姿を見つけて駆け寄った。


私の声に振り向いた咲来の表情は固かった。

集中している。だったらいいんだけど、緊張もしているだろう。私を見てちょっとほっとしたように、表情が緩んだように見えた。


「これ終わったら次だね。ここで見てるね」

「うん」


咲来の体は少し火照っている。元々スポーツをやってたし試合前のアップとかはちゃんとできてるみたい。


「咲来の蹴りは絶対通用するから落ち着いてね。相手も途中から対応してくるだろうから、蹴り以外の攻撃も上手く使ってね」

「わかった」


緊張してる。初めての試合だもんね。でも咲来なら大丈夫だと思える。武道経験者は初心者の部の中ではかなりアドバンテージがある。


ゴングと同時に組み合う。大丈夫、ちゃんと動けている。ドロップキックは、タイミングちょっとズレた。でも問題ない。相手の方が緊張してるみたいで動きがかなり固い。さぁここからだ。


「咲来ー!ファイトー!」


リング上の咲来に向かって声を上げる。

咲来のローキック、やっぱ速いなぁ。リングの外からだと見えるけど、対面すると簡単に捌けるスピードじゃない。相手はかなり焦ってる。


うわ、タックル!

よし、上手く切った。

バック取れるか。あ、ロープに逃げた。

攻めては素早く退いていくタイプだ。

やりにくいな。

でも打撃主体の咲来には関係ない。


開始4分。相手はかなり咲来のキックを警戒してる。数発決めたローがかなり痛かったんだろう。結構まともに入ってたもん。


またローキック!

ちょっと対応してきたか。

ワンパターンな攻撃が続くと相手も慣れてくる。だから打撃だけじゃなくて、投げたり関節を狙ったりしないと後半攻めていくのが難しくなる。


でも相手の攻撃もそこまで上手くは決まっていない上に、割と短調だ。タックルに失敗し、バランスを崩しながらすぐに引いていった相手を咲来が追いかける。相手はロープまで逃げ、仕切り直して再スタート。


もう相手もかなり警戒しているからキック連発じゃダメかな。と、私がそう思った時だった。


一瞬の出来事だった。

再スタートから5秒も経ってない。素早い動きの後、相手が倒れて咲来がフォールに入った。


また咲来がローキックを仕掛けた。そう見えた。でも咲来の右足は空中で軌道を変え、斜め上に振り上げられて相手の頭部にヒットした。


ローキックをフェイトに使ったハイキック。

咲来のローを警戒してかなり体勢が下がっていたのだ。

フェイントを挟んだ分威力は落ちるけど、相手の不意を突くには十分だった。


直後に今度は左足の強烈なミドルキック。これが相手のボディにめり込んだ。膝から崩れて四つん這いになった相手を倒してそのまま抑え込む。


これが大塚咲来の武器だ。

いつも一緒に練習しているけど、試合の緊張感の中で繰り出されたあの蹴りを捌ける選手はどれだけいるだろう。まさに打撃の名手。


レフェリーがリングを大きく3回叩いてスリーカウント。試合終了のゴングが鳴った。


勝った。咲来が勝ったんだ。


レフェリーに腕を上げられる咲来。試合の緊張がまだ解けてないのか、表情は固いままだ。相手と握手してリングを降りた咲来に駆け寄って抱きついた。


「咲来!初勝利おめでとう!すごかったよ!」

「ありがとう」


咲来はまだ息が荒い。試合直後というだけではなく、やっぱりかなり緊張したんだということが伝わってくる。


「あの最後の蹴り!一瞬何が起こったのかわかんなかったけど、すごかったよ!」


打撃のオンパレードでプロレスらしくはなかったかもしれないけど、初めての試合での勝ちはやっぱり嬉しい。


「うん。でも練習したこと、あんまり出せなかった。もっとタックルとか投げ技とかも出せるようにしないと」

「そうだね。次の試合に活かそう。この試合で雰囲気にも慣れただろうし、今日の残りの試合でいろいろ落ち着いて試そう」


咲来の体はまだ震えている。緊張とアドレナリンと試合に勝った高揚感でいっぱいだった。

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