第2話 なぜか倒せた「蒼い獣」

 俺の人生は――生まれてからこの瞬間に至るまで、常に「どん底」そのものだった。



 俺の名前はネヴィン。

 しがない中年のEランク冒険者だ。


 俺がどんな人間か簡単に説明すると――「身体は貧弱で魔力も乏しく、学も無ければ手先も不器用、当然金も無い」。

 まさに、無能を絵に描いたような人間だ。


 幼少期の頃は、身体の貧弱さ故に頻繁に熱を出していた。


 十二歳になると学校に通い始めたが、勉強も魔術も運動も全てビリ。

 面談の時、担任の先生に「お前は将来絶対何の職にも就けない」ときっぱり断言されたのは、今でも苦い記憶として頭にこびりついている。


 それでもせめて学校を卒業はしようと思っていたのだが、結局それすらも、事情があって断念することとなってしまった。

 俺が十三の時父が、十四の時母が立て続けに過労で亡くなり、経済的に中退を余儀なくされたのだ。


 学校を中退した無能を雇いたい奴なんて存在しない。

 俺も十五で成人するまでに何とか食い扶持を見つけようと俺なりに頑張って、錬金術師や聖職、商会、ギルド職員などあらゆる業界の門戸を叩いてみたのだが、面接すらしてもらえず全てから門前払いを食らってしまった。


 安定した雇われの身になることは、俺には不可能。

 そう結論付けられた後……最終的に俺は冒険者となった。

 別に戦闘が得意かと言われれば全くそんなことはないし、高ランク冒険者に上り詰めて一攫千金のドリームを掴もうという野心があったかと言われればそんなこともなかった。

 ただ単に、「完全歩合制ゆえにどんな人も門前払いされないから」という理由で、消去法で選んだだけの仕事だった。


 俺が冒険者になった時、周りからは「戦いが下手な奴が冒険者になってどうする」と散々嘲笑された。

 最初はムッとして見返してやろうという気にもなったが、全魔物の中で最弱のホーンラビットすらよほど運が良くないと捕まえられないという現実を突きつけられ、すぐにそのやる気も失せてしまった。


 仕方がないので、俺はほとんど薬草採取だけで生計を立てることとなるのだが……低ランク冒険者が探索できる範囲の薬草なんて単価の低いものばかりなので、働けど働けど貧乏のまま。

 俺はただただ、あまりの自分の才能の無さを恨むことしかできなかった。


 しかしそんな俺にも、唯一生きる希望と呼べるものがあった。

 それは「投資」だ。


 とは言ってももちろん、頭の悪い俺が「この商会は伸びる!」と思って全財産をつぎ込むようなやり方をしても、失敗して一文無しになるのが関の山だろう。

 俺が希望を見出したのは、全世界の商会に時価総額加重平均で投資できる「オールコスモス(通称オルコス)」という名の商品だ。

 これを買うことは、世界経済全体を少しずつ買うことに等しい。

 オルコスは短期では波こそあれど、長期で見ればかならず緩やかに資産が増えるという夢のような商品なのだ。


『ただひたすら買い続け、どんな状況でも絶対に売らない。それさえ守れば必ずお金持ちになれる』

 その言葉を信じ、俺はなけなしの収入から少しでも資金を捻り出し、積み立てを続けていった。


 住む場所はタダ同然の今にも崩れそうなボロ小屋にし、食事も肉屋や定食屋などから生ゴミ同然の廃棄品をお裾分けしてもらい……そうして地道に浮かせたお金を、俺はとにかくオルコスに注ぎ続けた。

 十八歳からそれを始め、四十歳を過ぎる頃には、俺の資産は月収一か月分ほどにまで膨れ上がっていた。


 ――間違いではない。二十二年も必死に頑張って、貯まったのはたったの一か月の収入相当だ。


 実は俺が投資に希望を見出すにあたって、目を背け続けていたことが一つある。

 それは、「投資は結局種銭が重要」という残酷な現実だ。


 俺はあまりにも稼ぎが少ないせいで、最底辺の生活を送ってもなお、月々投資に回せる額はせいぜい飲み物一杯ぶん程度の額だった。

 そんな入金力では、いくら年平均で6%ほど資産が増えたとて、雀の涙にしかならなかった。

 そのことを意識すると絶望で死にたくなってしまうので、俺は意図的にその現実から意識を逸らすようにして、何十年もの年月を過ごしてきた。


 それでも、資産が増えているうちはまだ良かったのだが……つい前日、俺はそのなけなしの財産すらも手放す羽目になってしまった。

 別に、「不況になって含み損が出たから狼狽売りしてしまった」とか、そういうしょうもない話ではない。

 先月、久しぶりに手負いのホーンラビットを見つけ、「あれなら捕まえられそうだ」と全力で追いかけていたところ……派手に転んでしまい、全治一か月の骨折をしてしまったのだ。


 俺は貯金が無かったため、骨折により冒険ができない期間は、投資を取り崩して凌ぐより他なかった。

 そしてその投資も一ヶ月分の生活費程度しかないもんだから、俺は怪我が治るまでの間にすっからかんになってしまったのだ。



 スタートラインから二十年以上かけて一歩踏み出した人生が、一瞬で振り出しに戻った。



 そのことがたまらなく悔しくて、俺はここ数日毎晩のように、枕を濡らして眠れない夜を過ごしていた。


 やっと骨折が治り、今日は久しぶりに薬草採取に出かけているのだが、寝不足で全く頭が回らない。


「はぁ……ここにもない……」


 ため息をつきながら、俺はいつもの順路を外れていることにも気づかず、とぼとぼと歩みを進めていた。


「……美味しそうだな。いっそ食べようかな」


 途中、進行方向にテングタケが目に入り、そんな邪な考えが浮かぶ始末。

 しばらく俺はテングタケの前で立ち止まり、何をするでもなくじーっとそれを眺め続けた。



 が――その時の事だった。


「……何の音だ?」


 ふいに近くでガサガサという音がし、俺はその方向に意識を向けた。

 すると……いつの間に近づいて来ていたのか、目の前には筋骨隆々の狼の魔物がいて、こちらを睨んでいた。


「ひっ!」


 希死念慮を抱きながらも、実際に死ぬ勇気は毛頭なかったのだろう。

 明確な死の予感に、思わず俺は恐怖から変な声が出てしまった。


 なんなんだあれ。

 ホーンラビットにすらまともに勝てないのに、あんなのどうにもできないだろ。

 上級冒険者でさえ苦戦しそうな見た目じゃないか。


 しかも……あれどうなってんだ?

 全身から蒼いオーラみたいなのが湧き出てるけど、あんな魔物今まで見たことないぞ。

 新種の狼かなんかだろうか。


 動くに動けないでいると……蒼い狼は、のそのそとこちらに迫ってきた。

 ああ、俺はこのままこんなところで死んでしまうのだろうか。


「あっちいけよ!」


 目と鼻の先まで狼が迫ってきた時……俺はせめてもの抵抗をとばかりに、狼を思いっきり蹴った。


 すると――その瞬間、思ってもみなかったようなことが起きた。


「ギェェェ!」


 叫び声を上げながら狼が思いっきり吹っ飛び……数メートル先の木に激突し、そのまま微動だにしなくなったのだ。


「……え?」


 嘘だよな。

 まさか俺……あの狼を倒した?

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