第132話

「わたしも行こうかな。」


 セリナが思わず呟くと、オルが振り返って苦笑した。優しく頭をでてくれる。


「お前は久しぶりの休みなんだから、ゆっくりしていなさい。せっかく姉さん達もいないんだ。今日はあの子達は下の方でオージー達の家にでも泊まるだろう。」


 オージーは姉達や妹のロナと仲の良い友達だ。最初は一緒にお屋敷で働く組に入っていたが、部屋掃除の試験でやらかしてやめさせられた。椅子を壊したのがオージーだったらしい。とにかく、そんなんでオージーとはセリナも顔を合わせにくかった。


 リカンナも今日は従姉妹達の所に行くと言っていたから、村の中心である下にいる。こっちは若干山の方にあるので、村の中心部の方は下と言っていた。


 だから、セリナは一人でゆっくりできるのだ。オルはその時間を楽しめと言ってくれている。兄のセプテンも山小屋に行っているし、一人になれるようにオルも山に行くと言っているのかもしれなかった。もしかしたら、セリナの失恋に気づいているのかもしれない。若様がもうすぐいなくなる現実は、セリナをじわじわと痛めつけていた。


 何もないふりをしていたが、けっこう辛い。おそらくオルはそれもあって、一人にしようとしているのだろう。

 ジリナが恐いため、ジリナの家の娘達に手を出そうという男達もいない。人もあんまり来ないし、しっかり戸締まりすれば夜も安全だった。


「戸締まりはきちんとしろな。」

「うん、分かってる。」


 セリナは一度家に入って、オルが山で使う小鍋を取り出した。オルが後から入ってきて、セリナに声をかける。


「セリナ、いいんだ。煮なくていい。おれが山で煮るからいい。適当に野菜を入れておいてくれ。」


 山小屋に行けば数日間籠もる。山で食べるための食事を小鍋に煮ることがあった。


「じゃあ、材料だけ入れとくね。」


 根菜類を中心に冬野菜を入れておく。今日は晴れているから比較的暖かいが、数日前は小雪がちらついて寒かった。


「ああ、それでいい。」


 オルがうなずき、自分でふたが外れないように縄でしっかり縛り付けた。慣れているだけあって手際がいい。


「ね、父さん、この間、フォーリさんに会ったでしょ。実際の所、会ってみてどうだった?」


 オルが少し張り切っているような気がして、セリナは尋ねた。オルが養蜂していると知っていたので、王太子殿下が来られるにあたり、フォーリが蜂蜜を買いにやってきたのだ。


「……何回か、お屋敷で会ったことあるぞ?」


 セリナはすっかり忘れていたが、オルは屋敷の庭の木の剪定せんていや、鬱蒼うっそうとした裏庭の開墾かいこん……もとい、裏庭の伐採などの手伝いに何回もお屋敷に呼ばれて行っている。村で一番森や山での作業に慣れているのがオルなので、自然と行く回数が増える。


「……あ、そうだった。まあ、いいや。それで、会ってみてどうだった?」


「どうって……、見た目はなかなか男前な若者だったな。山道なんかも慣れている様子だったし。まさか、山に直接買いにやってくるとは思わなかったなぁ。まあ、冬だから蜂たちの越冬用の蜜意外、取ってしまっているから、この夏取った一瓶を渡したが。」


 山小屋に置いておいて良かったよとオルは呑気に言ったが、まんざらでもない様子だ。 

 フォーリなら冬の山に蜂蜜はないと知っているはずだ。それでも山に行ったのは、直接どんな環境で養蜂をしているのか知りたかったからだろう。その上で、蜂蜜を買いたかったのだろうと思う。用心深いので、きっと王太子殿下と若様に信用できないものを出せないから行ったのだ。


(安全でない、不確かなものを若様に食べさせられないって言ってたし。)


 フォーリのその言葉は強烈だった。


「……それにしても、あの親衛隊か? あの護衛の子達も大変だな。」

「…子達っていうほどでもないでしょ。」


 思わずセリナは言ってしまった。


「とにかく、あの子達も、木を切ったり肥え汲みまでしてるから大変なもんだ。まさか、一緒に肥だめ用の穴を掘るとは思わなかったもんなぁ。」

「……。」


 王太子殿下が来られるにあたり、その準備は大変だった。屋敷の体裁を整えるのも若様達の仕事だった。ベブフフ家の屋敷を借りているのに、家主ではなく借りている若様達が、王太子が来るに当たっての準備の一番大変な下準備を行ったのだ。


 借りているのだから、やれ、という理屈なのか知らないが、王が療養を命じて住まわせている状況でもある。療養している王子に準備をさせるのだろうか、普通。そんなことを思って、余計にセリナはもやもやした。


 特に肥え汲み用の穴を増やしたり、屋敷の庭に繁茂している庭木の伐採は大変だった。親衛隊の半分が常に準備に当たっていた。それにオルは呼び出されて手伝いに行っていた。


 ジリナ曰く、この隊でなければ務まらなかっただろうとのこと。というのも、隊長がなんでもできる人であったこと、また、隊員が個性に溢れており、実家が街の森の管理をしているという森の子族が二人もいたのだ。


「それにしても、森の子族の木の管理というのは、大したものだったなぁ。身軽だし伐採の判断もお手の物だった。」


 オルは準備をしながらのんびりと言った。セリナは時折手伝いながら、それを眺めつつ準備の大変さを思い出していた。


 ジリナが突然、村娘達を集めたかと思うと花を生けてみろとか言いだした。そんなの無理に決まっている。案の定、誰一人まともな花を生けられる者はいなかった。


 むしろ、親衛隊の方にいたくらいだ。それを見た村娘達は、なぜか、ひどく落ち込んだ。なぜか、自分達の女としての価値が下がったような気がしたのである。最初から自分達には無理だと分かっていたはずだったのだが、なぜか男性には無理だと思っていて、それができたので落ち込んだのだ。


 特になんでもできる隊長のシークは花も生けられた。セリナはフォーリがなんでもできる人だと感心していたが、その上を行くのが親衛隊の隊長だったのだ。


 シークは裁縫もできたため、簡単な若様の衣装の手直しを行ったほどである。セリナはジリナに若様のマント制作の手伝いに呼ばれてその現場を目撃した。下手をすると隊長殿の裁縫技術はセリナより上手い。若干、対抗意識が芽生え、練習したのでセリナの裁縫技術が上がった。

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