第101話

 シークの部屋を出たセリナは結局じきに母に捕まった。箒を回収している所で捕まったのだ。

「こら、セリナ。逃げようとしたって無駄だよ。」

 ジリナに睨みつけられてセリナは肩を落とした。やっぱりジリナの説経から逃れられないらしい。誰もいない所に来てからジリナはセリナを振り返った。

「全くお前って子は。もう、何やってんだい。盗み聞きなんてはしたない。」

「ごめんなさい。」

 とりあえず、もう一度謝っておく。

「言っておくけど、さっき聞いた話は誰にも言っちゃいけないよ。」

 ジリナに言われなくてもそのつもりだ。たとえ、リカンナでも言えない。いや、リカンナに言ったら首をめられそうだ。なんせ、リカンナはセリナの頼みで親衛隊を見張っているうちに、隊長のシークに片思いをするようになっていたから。

 セリナといえば人に言っておいて、あんまり親衛隊の見張りをしていなかった。

「…言われなくても言わないよ。だって、ベリー先生のあんな嘘、あんまりじゃない。あんなことを言われたら誰でも怒ると思う。」

 セリナが言うとジリナも頷いた。

「分かってるならいいさ。なんせ、隊長殿はヴァドサ家の本家の人だっていうからね。」

「……ねえ、母さん、ヴァドサ家ってそんなにすごいの?」

 セリナの質問にジリナは呆れたようにため息をついた。

「まったく、十剣術もまともに覚えていないようだから、当たり前か。ヴァドサ家はサプリュ一広い面積の敷地を持っている家だよ。国王様の許しがなくても、自分達の判断で武装してサプリュの街を出歩いていい許可を持っている。」

 セリナは首をひねった。

「どういうこと? みんな剣を持っているみたいじゃない。」

 ジリナは頭を抱えた。

「わたしの言い方が悪かったか。剣とは別さ。この武装の場合は軍隊のようにっていう意味合いが含まれるね。」

「…軍隊じゃないってこと? それなのに武装していいの?」

 確かにそれは凄いことかもしれない。首府のサプリュがどんな所かは知らないが、広くて立派な街だと聞いている。当然、王様もいるのだから国王軍のお膝元と言って良い場所だ。それくらいはセリナも分かっている。そんな場所で武装していい。王家に信頼を寄せられていなければ、到底できない芸当だろう。

「そういうことさ。それに、ヴァドサ家は国王軍の入隊率も高いしね。」

 セリナは目を丸くした。

「…へぇ。実は隊長さんって親衛隊の中で一番権力に近い人だったんだ。」

「そういうことさね。」

 セリナに答えながら、ジリナは考えていた。今まで入隊率が高いヴァドサ家から親衛隊になる者はいなかった。それは、サプリュで強大な軍事力を持つといっていいヴァドサ家と、王族が直接的な結びつきを持つのを避けるためだ。

 もし、仮にヴァドサ家が王族と手を組んで王位簒奪さんだつを狙おうとすれば簡単だろう。

 そんな危険があるにも関わらず、王は若様にヴァドサ家の親衛隊隊長の部隊を護衛につけた。

 まず軍内でシーク自身の信頼がなければ無理な芸当だ。そして、次に誰が推薦したかだ。軍内で相当信頼のある者が推薦しなければ納得できないだろう。それができるのは、ある程度限られている。

 そして、王はシークを鞭打つという罰を与えておきながら、続けて若様の護衛を任せている。そして、若様もシークにかなり懐いている様子だ。

 さらに先ほどのベリー医師との会話で見えてきたのは、バムス・レルスリとシェリア・ノンプディの二人もシークを気に入っているということだ。八大貴族と呼ばれている、宮廷を牛耳っている貴族の筆頭の二人だ。

 つまり、サリカタ王国の権力者のうち、上から指折り三人がシークを信頼していることになる。

 だが、ちっともそんな素振りを見せない。シークはとんでもない青年のようである。

「…ねえ、母さん、どうしたの?」

 セリナの声でジリナは思考から戻る。

「ああ、なんでもないよ。とにかく権力のあるお方だから、大切にお世話して恩を売っておくのさ。」

 するとセリナは考え込んだ。

「母さん、どっちかっていうと恩を売ったっていうより、恩を買った方じゃない?」

 セリナは思ったままを言ったのだが、ジリナはセリナをじろりとにらんでパシッと叩いてきた。

「そんなことくらい、分かってるよ……! だから、余計にお世話するんだよ…!」

「……ふーん。」

 セリナは相づちを打ちながら気がついた。母はきっとシークが気に入っている。だから、世話を焼きたいのだと。

「…ねえ、母さん。」

「なんだい?」

「さっき、なんで隊長さんに対して、あんなに気持ち悪い猫なで声を出してたの? 思わず鳥肌立っちゃった。」

 ジリナはセリナを睨みつけた。

「セリナ、何が言いたいんだい? お前、命を助けて頂いたことを忘れているんじゃないだろうね?」

「そうじゃないけど……。母さんが何か妙に隊長さんに対してだけ優しいなぁって。それだけ。」

 セリナは急いで目をそらしながら急いで付け加えておいた。すると、ジリナが笑い出した。

「お前もようやく、そんなことに気がつくようになってきたんだねえ。」

 ようやくって何よ。内心セリナは怒る。

「…ようやくって。」

「お前はちょっと前まで、そういうことにからきし興味がなかっただろ?」

 ジリナに指摘されてセリナは頷いた。

「…う、うん、まあね。」

 なんだか、あまり興味を引く対象がいなかったのだ。こんな田舎の村で結婚相手がいるだけましなので、贅沢ぜいたくと言われればそれまでなのだが。

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