第32話

「じゃ、じゃあ、若様を閉じ込めたりしたのって……。」

 びっくりして声がひっくり返った。

「そうさ。王様と王妃様さ。つまり、叔父と叔母だよ。」

 叔父と叔母――。セリナは頭を岩で殴られたような衝撃しょうげきを受けた。喧嘩したりしても、姉のポミラの息子であるおいを、セリナはそんなに憎く思ったことはなかった。

 そんなセリナを前に、ジリナは達観したように続けた。

「若様は孤児だ。どんなに身分が高かろうと、孤児の立場が弱いのは一緒だよ。庶民だろうと何だろうとね。」

「でも、王子様でしょ? 前の王様の子供なら、勝手に王様になれるんじゃないの?」

 セリナは自分の無知を実感しながら、すがるように母に尋ねた。

「勝手にはなれない。王様だからこそ、余計になれないんだよ。幼い子供に政治なんてできるわけがない。だから、今の王様が摂政をしていたんだよ。」

 王子なのに王になれない。セリナにはそのことが、とても不思議な気がした。都の話は遠い世界の話だったから。

「でも、摂政じゃ満足できなくなったんだろうね。若様が十歳の誕生日を迎えた日、若様が摂政を殺害しようとした罪で、立太子される権利を奪った。つまり、王様になる道を絶ったんだよ。そして、その罪のために若様は監禁された。」

 セリナは愕然がくぜんとした。理解できない。誰でも少し考えれば分かることだ。十歳の子供が叔父を殺そうとするわけがないと。逆に言えば、たかが十歳で人を殺そうと考えるだろうかと。

「…ばっ、馬鹿じゃないの、そんなこと、若様がするわけないじゃない…! 誰も反対しなかったの!? 考えれば簡単に分かることじゃない!」

 何が一番理解できないかって、大人がそんなセリナでも分かる嘘を見破れず、ほいほい言うことを聞いているということだ。嘘だと分かっていたにしても、なぜ、言うことを聞く必要があるのだろう。そこが全く分からない。

「そりゃあ、当然そうなったさ。だけど、それをさせないのが、権力の世界。詭弁きべんの応酬だよ。」

 セリナは全身を震わせた。そんな不条理なことが世の中にあっていいのか、怒りとも恐怖ともつかぬ気持ちだ。怒りつつも、それが許される世の中が恐くもある。

 だって、セリナにも分かる。王様という、この国で一番の権力者に楯突くということを誰もやりたがらないからだ、ということくらい分かる。だから、今の状況があるのだ。

「だからね、セリナ。忠告しておくよ。あの若様にぞっこんになるんじゃない。若様もだけど、あんたもただじゃ済まなくなる。」

 ただじゃ済まなくなる、その意味は何となく分かるような気がした。母のジリナはなんで、そんなことを知っているのだろう。今まで母のジリナのすごさを実感したことはほとんどなかった。

 でも、今は違った。ジリナの忠告の意味は分かる。若様が、あんなに今でも夢にうなされるくらいの、そういうひどいことがまた起きるし、セリナにも起きるかもしれないということだ。そして、セリナは疑問を感じた。母のジリナは一体、ご領主様のお屋敷で何を見てきたのだろうと。初めて母の過去に興味を持ったが、同時に少し恐くなる。

「分かったね、セリナ。」

 念を押されたセリナは、なぜか素直に分かったとうなずけなかった。認めたくない。権力には逆らえない、否、逆らわない方がいいという事実を。何とかすれば、どうにかできるのではないかと思ってしまう。具体的には分からないが、なぜ、できないと最初からあきらめる必要があるのか。

「とにかく、あの若様とこれ以上、仲良くするんじゃないよ。ちゃんと働いていればいいのさ。」

 ジリナの言葉は矛盾していた。なぜなら、セリナを屋敷に行かせると言った時、「お前の容姿を存分にいかす」とか、そんなことを言っていたはずではないか。確かにニピ族のフォーリの怒りを買うようなことはするな、とさんざん言われていたが、どうも少し最初と違う気がする。

(それくらい、危ないってこと? きっと、母さんが思っていたよりも、若様は危ないんだ。)

 セリナは返事を待たずに、さっさと歩いて戻って行くジリナの背中を見つめてから、重い溜息をついた。

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