Episode20
(42.)
前に来たときと微塵も変わらない検査室の中では、まえとは違い目の前に瑠璃ではなく美夜さんが座った。
「美夜さんが診るのーー診るんですか?」
『何(が)では呼びづらいだろう? 美夜でかまわない。……ガミョなどと呼んだら呪詛を吐くぞ』と美夜さんに言わ(忠告さ)れたとおり美夜さんと呼ぶことに決めたのである。
瑠璃はといえば、前回看護師らしき女性がいた立ち位置にいた。紙とペンを携えて、渋々ながらといった表情を浮かべこちらの様子を見ているのである。
「ボクはべつに、どちらが検査をするかなぞ興味はないんだけどね。とはいえ、瑠璃は特殊捜査官2級でボクは1級、それに彼女はまだ18歳未満。特殊捜査官を任命されているとはいえ、まだ準職員に変わりない」
「はー、なるほど……」
よくわからないですね。
などといつまでも無知でいるのはさすがにばつが悪い。
たしかに僕は異能力について知りたいわけであって、べつに異能力特殊捜査官についてや異能力者保護団体のことなんて知りたいとは思っていないけど、多少は耳にしておいてもいいだろう。
「あの、すみませんが訊いてもいいですか?」
「ボクに訊きたいことなんかないだろう。きみにはあるというのか?」
そう言っているじゃん……耳鼻科や脳外科に行くのは美夜さんのほうじゃないだろうか?
「1級や2級とか特殊とかわからなくて、違いってなんですか?」
「なんだ、そんなことも知らないのか」
「そりゃそうよ、捜査官じゃないうえ異能力者になってまだ二週間経たないのよ? 知るわけないで……すよ、美夜さん」
瑠璃、いま普通にため口だったよね?
後半ハッとして、申し訳ていどに『です』ってちょい乗せしただけにしか聞こえなかったよ?
「まずはそうだね、捜査員と捜査官、特殊捜査官の違いについて教えてあげるとするよ、感謝することだーー瑠璃、間違いなくステージ2に突入している、おそらく侵食率30%以上35未満、ステージ3と記入したまえーー捜査員は2~4級まであり捜査官は1級のことだ。特殊捜査官はなるのに努力ではどうしようもない壁がある捜査官たちだ。たとえばボクのように異能力侵食率を視るだけでわかるのは1級に必要最低限の条件だったり、瑠璃みたく幽体を視られるのは2級の必要条件さ。一部例外はあるが、異能力者というだけで4級にはなれたりする」
教えてほしいわけじゃないけどな。
とか言い返したくなるようなことを言ったかと思えば、急に瑠璃に侵食率を明言した。かと思えば説明をそのままつづけた。
美夜さんは、まだ特になにもしてはいない。
ただ僕を見ているだけなのにーー前回の場合はまだ検査と言えなくもなかった。だけど、これは検査などと言ったら検査に失礼とさえいえるレベル。
診たのではなく見ただけとしかいえない。
「ーー30!? ちょっとちょっと、豊花はまだ異能力なんて使ったことないのよ? なにかの間違いじゃないの!?」
瑠璃はやたらと驚いていた。
30%……たしか瑠璃は、10%でステージ1、20%でステージ2、40%ステージ3、60%ステージ4、80%ステージFと言っていたはず。
ーーあれ? 待て待て、なんかちょっとおかしくない?
だって、侵食率9%未満の呼び名がない。ステージ0とでも言うのかな?
「きみはボクの
「それは……すみません、私は私のやり方をしないと判断できないから」でも、と瑠璃はつづけた。「私が監視していたかぎり、たしかにステージ2の可能性はあると思っていたのはたしかだけど……」
そう述べたあと、『でも、30以上35未満って、ステージ3って、あまりにも早すぎるじゃない……』と瑠璃は呟いた。
あとは『もしかして……しが……と会わ……せいで……した……』と途切れ途切れにしか聴こえなかったけど、なにやら相当まずい数値らしい。
それにしても、やっぱり1級の意見は絶対みたいだ。
普段は自分に自信があるーーと僕が思っているーー瑠璃が、こうもあっさり自身の意見を引っ込めた。
少なくとも、それくらいにはすごい存在らしい。
「あの、新たな疑問としていくつかいいですか? 瑠璃にも」
「なんだ?」
「ーーえ? あ」瑠璃は慌てて僕に視線を向ける。「ごめんごめん、私もどうかしたの?」
そして、頓珍漢な返事をしてのけた。
「……いや、ステージ30%以上35%未満なら、ステージ40じゃないからステージ2じゃないですか? 9%以下の呼び方はないんですか? あと、瑠璃。さっきから言ってる監視ってなに?」
「侵食度20以上39%未満だからステージ3に決まっているじゃないか」
あれ?
「瑠璃にはたしか、40%でステージ3って」
「は? 寝ぼけているんじゃないか。世界異能力協議でも1~10%をfirst stage, 11~20%をsecond stage, 21~40%をthird stage, 41~60%をforth stage, 61%以上をfinal stage呼びなんだから、間違えようがないぞ。嘘でもふきこまれたんじゃないか。日本でも10%未満でステージ1、10%以上でステージ2、20%以上でステージ3、40%以上ステージ4、60%以上で末期だ。ほとんど変わらない。まさか、葉月が間違えたのか?」
美夜さんは瑠璃に振り向き問いかける。
「え? どうだったっけ?」
瑠璃は慌てて僕に顔を向けてきた。
うっ……自信が持てない。
単に僕が間違えていただけの可能性のほうが高いんじゃないだろうか?
「ぼ、僕が間違えていただけかも。ま、まあ、それはじゃあ、もういいや。瑠璃、監視ってなんなの?」
答えられず、次の質問に話題を移した。
「えっ、あーーまあ、豊花は特例だし、もうステージも後半だから大丈夫なのかな?」
「大丈夫なのかな……って?」
「人権問題とかで法律には書かれていないんだけど、異能力者が異能力を使わないか、使った痕跡ーーたとえば、性格や行動に変化がないか監視するようにしてるの」
ありすが似たようなことを言っていた。
思想や人格が変貌していくのは、異能力霊体の侵食に比例するって。
でも、違う。
僕が気になるのは、そこじゃない。
瑠璃はつまり、僕の監視をするためだけに近寄ってきて、仲良くしてくれていただけなんじゃないかーーそのような不安に苛まれる。
「たとえば、私がいま任されているのは瑠衣と豊花の二人ね。ちなみに中三のあの子を見ていたのは……ほら、梅沢先生いるでしょ?」
「え、ああ、うん。でも、あのひとずっとまえから風守(うち)の教師じゃなかった?」
そういえば、異能力についての内容をきちんと学んだのはあの日がはじめてだったなぁ。
「梅沢先生の弟さんが、瑠衣の監視役だったのよ」
「あれ、でもたしか、担任の先生に重傷を負わせたんじゃなかった?」
「うん。未だに半身が麻痺しているし、PTSDーー心的外傷後ストレス障害。いわゆるトラウマも強く残っているし、治ってもいないの」
「え……?」
瑠衣がやらかした事の重さが、今になって現実味を帯びていく。
そういえば、瑠衣は当然のように、躊躇いなく、異能力を使っていた。
けど、それってもしかしたら異能力霊体のせいなんじゃ……。
ーーはあ、きみは本当に間抜けだ。いいか、これは別に自己弁護などではなく、単純に親切心からの提言だぞ? 葉月瑠衣は、最初から異能力を躊躇いなく使っていただろう。ーー
そういえば、たしかそう言っていた気がする。
「……葉月」美夜さんは急にローブの内側に手を忍ばせると、小型の注射器とアンプルを取り出し瑠璃に放り渡した。「そいつに刺せ」
「え?」
瑠璃は唐突な出来事に戸惑っているのか、あたふたしたあと、困惑しながらも僕の側に近寄ってくる。
「ちょちょ、ちょっと待ってちょっと待って! なに!? 急になんなの!?」
「美夜さん、本当にいいんですか?」
「いいからとっとと注射したまえ。静脈ではなく筋肉でかまわない」
「ごめん豊花、ちょっと痛むと思う。だけど、ごめん。わたしも『異能力特殊捜査官2級』だから、緊急時の注射は許されているの」
ーー逃げたほうがいい。それは薬物だ。きみも嫌っていた異能力の成長を阻害する薬だぞ?ーー
「ふん、異能力の成長じゃない。異能力霊体の侵食を阻害するだけだ。豊花(きみ)には害はない」
え?
ーーなに?ーー
瑠璃が肩付近に注射器を近づけてくるのを、“私”は瑠璃の手首を握って止めた。
「いやだいやだ! わたし注射こわいもん!」
「え……ちょっ、ちょっと豊花?」
へ?
なんだいまのは?
「あまりボクをバカにするなよ? おい、瑠璃。そいつ、特例どころか、もしかしたら世界初の異能力発現例になるかもしれないぞ」
「それって、いったいどういうことですか?」
「侵食率ステージ3だというのに、いま騒いだのは異能力霊体だ。おまけにこいつ、多分会話していたぞ。ボクには異能力霊体の声しか聴こえなかったけどな」
ど、どうして私、こんなことしたんだろ?
べつに注射が怖いわけじゃなくて、ただ、さすがに高校生にされるのには勇気がいると思っただけなのに……。
「あは、あっは! そうか、やっぱり聴こえていたの? まさかとは思っていたけど、杉井豊花の他にも会話ができる相手がいるだなんて思わなかったよ。はー、生きているって素晴らしい」
「ちょっと豊花!? 美夜さん! いきなり、どうしてこんな……」
「いいから、そいつが心配なら早く打て」
おかしい。
体の主導権は奪われていないはずなのに、私の動作が明らかに変わってしまっている。
これじゃ、本当に14歳の女の子にしか見られない!
「大丈夫、すぐに豊花へ返すから安心してよ。私はこの子が気に入ったから、無下には扱わないわ」
「信用できるわけないじゃない! 豊花、悪いけど無理やり打たせてもらう」
瑠璃は強めに私の衣服を掴むと袖を捲り上げた。
悲鳴は上げないものの、驚いてちからが抜ける。
視線だけ瑠璃へと向けた。
「少なくとも、貴女よりは確実にこの子を知っているし愛しているわ。本当よ?」
「豊花! 瑠衣の友達は貴方でしょ!? 帰ってきなさい!」
左肩辺りの外側のど真ん中に、ブスりと針を突き立てられたのがチクッとした痛みでわかる。
そしてーー。
「いっ!?」
つーっ!
少し痛いなんか痺れる感触があるうえ鈍い痛みが響く!
しばらくすると、ようやく瑠璃は注射器を抜いてくれた。
「……最後に言わせてもらえるかしら?」
「なによ、まだ治ってないの?」
「瑠衣の友達って、貴女ねぇ……なら……瑠璃は私の友達じゃなかったわけ……?」
「え?」
……瑠璃は、私のことを友達とも思っていなかったの?
単なる妹の友人、監視対象、そうなだけで、私とは友達でもなんでもなかったわけ?
「……」
痛みに耐えながら、袖を伸ばして椅子に座った。
なんだろう、眠くなってきた。
悲しい、不安、恐怖、意欲、怒り、それらの感情が一気に鎮静化していく。
「豊花、どう? 大丈夫?」
「べつに、少し眠いけど、私に変化はないよ」
いや、頭がボーッとするし少しだけ眠いけど、それを伝える気にはなれない。
「まだ戻っていないじゃない!」
「え?」
いや、もう異能力霊体の声も聴こえてこなくなっているくらいなんだけど。
「いや、そいつは杉井に戻っている。間違いない。それは今しがた起きた変化だ。きみは自分の変化を自覚しているのか?」
「え? 私に今とさっきで変わったところがあるの?」
「それだ。私になっているし、動きがなよなよしてて女にしか見えないぞ」
私?
……な!?
たしかに私になっている。
いつの間に?
僕に直さなければ。
僕、私、僕僕私、僕私僕私僕僕僕僕僕僕ーー僕、よし。
「ボクが渡したのはジアゼパム5mgで間違いないはずだぞ。静注じゃないのにどうしてこんなにボーッとしているんだ、こいつは」
「やっぱり注射剤は強かったんじゃないんですか?」
「速く効かせるなら経口ではダメだぞ。とりあえず、既にステージ2を飛ばしてステージ3だ。緊急時の与薬三種以外、
「え?」
マイナートランキライザーって、いま打たれたコレみたいな薬と同じ効果なのかなぁ?
なんだか、いやだ……。
まるで心が死んだみたいに感情の起伏に乏しくなるし、うっすら眠気が残るし……。
「監視役はきみじゃないか。どうしたいのか言ってみたまえ」
「私が選ぶんですか? 理由は?」
「普通なら段階を踏むだろう?」
美夜さんは淡々と説明していく。
通常、まともに異能力霊体を抑制したい異能力者は、異能力を使わない。
そのため、異能力霊体の侵食スピードはかなり穏やかなため、監視役がいれば異変を察知する猶予がある。監視役が付けられない立場にある異能力者には、任意で定期検診を予め提案する。また、不定期に異能力特殊調査官による任意の近況質問をして調査する。
真面目な人間なら、ステージ1から3に飛ぶことはほとんどない。
逆に、異能力を使うと決めた人間には処方薬を与える意味がない。
施設にそもそも来ない。
来ても定期検診などには来ないし、近況質問にも答えないため、緊急取締捜を宣言しての検査でようやくわかったときにはステージ3以上はままあることであるが、そういう輩にはなにを処方しても意味はないため適当に決めてしまえばいいという。
ステージ2なら、中と強の間ほどの力価(つよさ)の抗不安作用を持つうえ、筋弛緩作用は強くない速効性の有する優れた抗不安薬ーーソラナックスまたはワイパックス辺りから選び、頓服で処方し、要するなら
ただし、基本的に抗精神病薬は
たとえば、エビリファイ。
ドーパミンシステムスタビライザーとも言うらしく、ドーパミンが減少しているときに使うとドーパミンを増やすよう機能するゆえに禁忌とされている。精神病の治療には非常に優秀な薬だが、異能力者にはダメらしい。
賦活だとかはよくわからないけど、つまりドーパミンを出すなと言いたいのだろうか。
え、それって、辛いんじゃ……?
「ステージ2で様子を見て、抗不安薬に対する体質を調べ頓服が確定する。普通はそのあとステージ3に移るんだ。だいたい、侵食が進まなくなる奴のほうが多いんだからな? ステージ3は、いつもなら頓服は変えずに毎日服用するために、超長時間作用の抗不安薬、メイラックスやレスタスなんかを追加する」
ステージ4になったら注射剤の所持が許可される。自分に打つんだ、医療行為にも当たらない。
だが、僕の場合は、つまりは頓服で体質を測るタイミングを逃している。
「私なら、強い薬を処方したいです」
「安易過ぎるぞ? そもそも、抗不安薬の大半は第三類の向精神薬に指定されてるんだ。つまり、依存性がある。身体依存、精神依存、どちらも有するぞ。そして、乱用されやすい。過剰に与えると無駄に陽気になって奇行に走る場合もあるし、健忘を起こしたり、眠気で生活が遅れなくなったりするんだ。きみは2級なのにわからないのか?」
「うっ……すみません」
なにもそこまで瑠璃を責めなくても……。
あれ、陽気になって奇行に走る?
どういう意味だろうか?
そもそも、鎮静させる薬なんじゃなかったっけ?
「こいつは不安や恐怖に弱いのか?」
弱いと思う。
「いえ、むしろ勇気があるんじゃないでしょうか? 私の妹が危ないとき、身を張って助けようとしたり、幼馴染みをわざわざひとりで助けに行ったり、私の父親に抗議したりしてたしね。豊花?」
「え……?」
あれ?
たしかに、臆病で勇気がなく自信もないはずなのに、瑠衣を助けるため奮闘している自分がいた。
裕璃を助けに行ったのは、単なる考えなしからの行動だけど、瑠衣に切られるのを恐れずに飛びついた。
こうなるまえの私は、いや、僕は、そんな無謀な真似ぜったいにしなかった。
だって、僕なんかに助けられたって、迷惑なだけじゃないかーー。
ーーそんな考えが、行動を阻害していたような気がする。
この変化は、やっぱり異能力霊体の侵食によるものなのかな?
だとしたら、誇れないや。
ーー違う。力を使え、今は思考だ。きみは私ではなく異能力で変わっただけだ。ーー
え?
……思考?
だが、返事はない。
思考ーー私ではなく、つまり、異能力霊体ではなく異能力で変わった。異能力=女体化。女体化により、行動を阻害していた考えが霧散する。
どうして?
ーーああ、そうか。
容姿が一変したことで、僕は私へと生まれ変わった。
そして、自信がついたんだ。
まえみたいに冴えない高校生から、美しい女子中学生になることで、自分に自信がついた。
そもそも、僕が女体化を願った理由は『裕璃と同性ならこんな思いをしなくて済むし、ほかの女子とも仲良くなれる。つまり、話しかけられるのに』と思っていたからじゃないか。
「おい、異能力を使わせるな」
「はぁ、え、豊花は戻ることができないんですって。聞いてないんですか?」
「違う、そっちじゃない」
ああ、なんだ。
偶然じゃないんだ。
僕は、自ら異能力者になりたいと望んで、自ら望んだ女体化の異能力を手に入れることにより、悲哀でぽっかりと空いてしまった空虚な心を埋めるために自ら行動したんじゃないか。
……今までのこと、謝るよ。
僕が望んだから来てくれたんだね。
名前とか、ないの?
教えてくれないかな。
「ダメだ。いくら与薬したところで、こいつ自身が侵食を是とするなら、すべて無意味だ。レスタス毎日就寝前一錠、ソラナックス頓服とでも書いておけ。ふん」
「え、え?」
瑠璃は美夜さんと僕の顔を交互に見やり混乱している。
ーー……きみは、あれだ。そう、アホという奴だ。私に名前を訊いてどうするつもりだ? 仲良くしてくれる気にでもなったのか? 侵食が早まるだけだというのに呑気ではないか。ーー
そう、かな?
少なくとも、さっき言ってくれたことは嬉しかったから、個人的には仲良くしてほしくなってしまった。これが異能力霊体の侵食なのかもしれないけど、ただ……。
ーーただ、こういう事例はどうやら今までなかったらしい。
だいたい、異能力霊体という存在ってなんなの?
個が強すぎて、もう、なんだか友達とでも話している気分になってくる。
ーー……ははっ、きみは本当にバカ野郎ではないか。名前なんてあるわけないであろう? 私はきみと同一の存在になるんだ。つまり、将来の名前の予定は杉井豊花だ。今は好きに呼んでくれてかまわない。よろしく、私になる僕。ーー
よろしく、僕になる私。
なんか、恥ずかしいけど。
なら、これからきみの名前は“ユタカ”でいいかな?
そういえば、女だということはわかっているけど、ユタカさんなの?
ユタカちゃんなの?
ーーきみが誰かに『ちゃん』付けをするたんびに思っていたことがある。ーー
うん?
ーーきみが『ちゃん』を付けるべきはーー
『この私こそ相応しい相手だとね?』
な!?
頭から外へと声が移ったかと思えば、僕のこの姿と同齢くらいの美少女が、幽霊のように僕から抜け出て現れたのだ。
その子はそのまま僕の膝の上に尻を乗せて座る。
感触があるとおかしいはずなのに、生々しいこの触り心地はいったい!?
「き、きみが、ユタカ?」
やたらとファンシーな、不思議な国に居そうなロリータ服を着ている。
「ユタカ……? って、ちょっとなによ、それ? どうして異霊が体から離れているの? 成仏!?」
「……特例すぎて対処の仕方がわからないぞ。塩でも撒くか?」
『へぇ~? こうすると、さすがに葉月瑠璃にも聴こえるんだね~? あれ、どうかしたか、豊花? きみの相棒の私だ、ユタカだよ。あと、言っておくが、こいつらみたいな奴ら以外には聴こえないし視えないんだ。独り言を呟きたくなければ返事は脳内でかまわない』
「あ、え、はい……?」
ええーっ!?
こんなかわいい子が、あんな偉ぶったしゃべり方をしたり、勝手にからだを操ったり、思考に邪魔してきたりしていたのー!?
いや、いやいやいやいや、あんな口調だもん、普通ならもっと歳上を考えるだろ?
ええ……一気に目が覚めてしまった。
薬の抑制を破壊するようなビックリが起きてしまったのである。
「ちょっと、あんたたちって、抜け出せるものなの?」
『できるけど、やる意味も理由もないからね~。そもそも、普通なら会話が成立しないもん。あんたたちに認識されたって損するだけじゃん?』
ユタカは僕に顔を向けた。
『……なあ、私もそう思うであろう?』
どうして僕になにかを言うときと、瑠璃を相手にするときの口調、まったく違うん?
というか、感触があるってのはおかし過ぎるだろ。
……さすがに、その、生々しい感触があるせいで、やたらと恥ずかしい。
『おいおい、きみも私なんだ、恥ずかしがることなんてないんだ。そういえば、あとで私が教えるとしよう』
「え、なにを?」
『もう興味が薄れたのか? ほら』ユタカはつづけた。『オナニー「わーっ! オんナになるとーニーハイが履きたくなるなーっ!」』
「……豊花? そんな性癖まで、わざわざ答えなくていいから」
「……こほんっ。おい、豊花。今ならそいつを拒めるんじゃないか? やってみる価値くらいあるぞ」
拒める……わけがない。
いや、だってさ。
やさしい言葉をかけてくれた、相手だよ?
まさかのいたいけな少女だよ?
ズル賢そうで妖艶な笑みを顔に浮かべた幼い少女。
サラサラの金髪、水玉のリボン、ロリータ服が凄い似合っている。
ピンクのオーバーニーソックスを左足に、水色のニーソックスを右足といったアンバランスさは、なにかのお洒落だろうか?
『ふふっ、ん、おや? 異能力発露の粒子が下に漂っているな? しかし異能力霊体はいないが……まあいい、私には関係ないことだ。帰宅したら起こしてくれるかな? 私は寝ているとしよう。あと、きみは新たな異能力の使い方を学んでくれないところだけが残念だ。思考、直感、感覚、感情ーーそれらのいずれかに一時的に特化するときは、強く唱えるか念じてくれ』
強く?
『ああ。例えば先ほどきみが思考と考えたときは思考が強化されていた。文章にしなくてもきみは
「え、ちょっと待って。女体化するまえに慰めてくれたら、どうなっていたの?」
『そんなの決まっている、きみが異能力者にならずに済んだだけの話だ。まあ、私が言えた義理ではないな。またあとで』
え?
ユタカの唇が
『愛しのきみ』
そのまま、僕の体に飛び込んで来たかと思えば、姿が消えてしまった。
ーーヒントをあげよう。私を認める奴などきみ以外にはいないだろうし、純粋にうれしかった。せめてものプレゼントだ。葉月瑠璃は愛することができないわけではない。ーー
な、あ、え、ええ?
ーー鈍いだけだ。このような愛の形、あのような愛情、愛憎、家族愛、歪な愛。それらもあるのだと、これから例を示し教えてやればいい。少々妬いてしまうが、体がない私には仕方のないことだからな。はははっ。ーー
なんだろう、やたらとこの霊体、上機嫌な気がしてならない。
無邪気な、喜びの感情が伝わってくる。
「ふん、拒む素振りも見せないどころか随分親しく接するんだな? 恐怖を知らないのは本当みたいだ。侵食されたいのか?」
「豊花、騙されても良いことないのよ、わかってやっているの?」
「……騙す、侵食……いや」
多分、騙すつもりなら、わざわざ現れたり提言してくれたりする必要なんてない。
たしかに、嘘らしき内容を伝えてきたり、行動を邪魔してきたりもしたけど、それらにも何らかの事情があったのだろう。
侵食したら、異能力霊体に成り代わるーーいいや、そうじゃない。
異能力を使わなくても、さすがにわかってくる。
どうやら
つまり、成り代わるのではなく、同じ存在となる。
それって、果たして僕がいなくなるといえるのだろうか?
僕と私が重なり、わたしという豊花に生まれ変わるんじゃないかな。
そうすれば、豊花もユタカも生きていると言えないかな?
(43.)
こんな事態が起こっていた下では、異能力者ではないのに異能力を持つ青髪の少女が、未来さんとやり取りを交わしていたらしい。
検査を終えた僕は、なぜか一階に呼ばれた瑠璃についていき、一緒にエレベーターで一階に戻ると、その光景が真っ先に視界に入ってきた。
「だから、どうにかしてよ!」
「おまえでは話にならない。まず、異能力者本人を連れてきてくれ」
「いやよ! また、また
そのような謎の会話を交わしていた。
「いったいなにが望みなんだよ?」
「だから言ってるじゃない! 私を生み出したかと思えば犯してきた大嫌いなアイツを殺してよ!」
は……?
「その不思議な力がつかえるなら、わざわざ私らに頼む必要なんてないだろ。叩き切ってしまえばいい」
よくよくみると、青髪少女の手には剣が握られている。
少女はそれを地面に投げ捨てた。
「できるわけないじゃない! 私の、私の唯一無二の、世界一大切なひとなのよ!? 愛しているのっ! 無理なの! できないに決まっているじゃない! バカじゃないの!?」
ーーは?
「な? 葉月、こいつはヤバい。今すぐ製作者を呼ぶから、それまで話を聞いてやってくれ」
「えっと……私が?」
なぜか、いきなり青髪の可憐な、まるでファンタジー世界から飛び出してきたかのような少女の相談に、瑠璃ーーと僕は付き合うことになるのであった。
(??.)
とある廃ビルと、とあるアジトで、三十満たすかどうかの異能力者が惨殺されている直中だとは、僕はしばらく知るよしもなかったーー。
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