8話 秘密と秘密

 今日の魔王城は驚く程、静かだった。

「あー、久しぶりにゆっくりできるな」

 それもそのはず、普段から魔王城を賑やかしているイリスが珍しく朝早くに目を覚ましたかと思えば、調べものがあるからとどこかに出かけていったのだ。

 魔王城に残されたファウストは一人の時間を過ごしており、従者としての仕事を早いうちに終わらせ、ファウストは魔王城にある書斎に篭っていた。

「魔界各種族について……。歴代魔王……。魔法一覧……」

 魔王城の書斎には魔界の歴史や魔導書、その他にも各種族について記載された本などが山ほどあり、ファウストは時間が出来ると今日みたいに書斎に篭もり、本を片っ端から読み漁っている。

 今読んでいる本を読み終えたファウストは本棚に梯子を掛け、次に読む本を探していた。

「やっぱり無いよなぁ……」

 ファウストが探している本は、『魔力感知について』の内容が書かれている本だった。

 それもただの魔力感知についてではなく、死んだ者が発する魔力を探す方法が書かれている本を探していた。

「はぁー、手がかり無しか……」

 ファウストは力尽きたように書斎の床に寝っ転がった。

「……どこにいるんだよ、リュドミラ」

 イリスの持つ相手の魔力を感知する魔眼が、リュドミラの魔力を感じ取ったと知った日から、ファウストはリュドミラを探す手がかりをこの魔界で探していた。

 あれから何度もイリスに頼み、リュドミラの魔力を魔眼で探してもらったが、リュドミラについての情報はそれ以降全く得られなかった。

 近くにいるようで、遠い場所に行ってしまったリュドミラを思うと焦りが募る。

 荒ぶった気持ちを落ち着かせようとファウストは目を瞑り深呼吸をしていると、書斎の中にふわりと甘い香りが漂った。

「何をしているの、こんな所で」

 とろりと甘い蜜のような声が聞こえファウストは目を開けると、真横にちょこんと腰を下ろしているローザに顔を覗き込まれていた。

 ファウストの瞳にはローザの美しい顔が映り、二人の視線が絡み合う中ローザは不敵な笑みを浮かべた。

「……どうやってこの城の中に入ったんだよ」

 ファウストの問いに、ローザはにこりと微笑んだ。

「昔、どこかのお馬鹿さんが魔王城の秘密の抜け道を教えてくれたのよ」

「なんだそれ……」

 ローザが動く度に長く伸びた薄いピンク色の髪が揺れ、毛先がファウストの頬を擽る。

 するとローズは細く色白い指で、ファウストの頬を撫でた。

「寂しい、会いたい……。へぇ、アナタってこんな匂いがするのね」

 あまりにも突然な事を言われ、口角を引き攣らせるファウストを見てローザはニコリと微笑んだ。

「実は寂しがり屋なんだって、早く言えばよかったのに」

「な、何突然……変な事を言ってんだよ」

 ファウストは起き上がり、ローザから距離を取る。

「イリスとは仲が良さそうだけど、それ以外のヒト達とは程良い距離を取るから、ずっとどんな人間なのか気になっていたのよね。ほら、魔族から人間を救った大英雄って呼ばれていたらしいじゃない?」

 ローザはファウストに詰め寄り、再び匂いを嗅ぐ。

「それに、ずっと気になってたのよね……。この魔力」

 すると、ローザはファウストの胸に手を当てた。

「今度は何だよ……」

 ローザが触れている箇所がじんわりと温かくなると、ファウストの心臓がドクリと一度大きく波打ち、ファウストの体から三色の光が発散した。

「な、何だよ……コレ」

 自身の体から発した光に驚き困惑するファウストと、その光を見てどこか納得したような表情を浮かべるローザ。

「なるほどねぇ……」

「なるほどって、どういう事なんだよ! この光は何なんだよ」

「何って、知らないの? あの子から何も教わってないの?」

 ファウストの発言に目を丸くさせたローザは深いため息を吐いた。

「全く、こんな初歩的な事なのにあの子は何をやっているのよ……」

 ローザは呆れたように頭を抱えた後、ファウストにこの光の正体の説明を始めた。

「この光はね、魔力を可視化させたものなの」

「魔力を、可視化……?」

「魔族が持つ魔力の源は、体内に流れる血液だって事は流石に知っているわよね?」

「あぁ……」

 ローザは少し安心した様子で、説明の続きを始めた。

「……つまり、この光は相手の魔力の属性や個性を調べる為なのか?」

「えぇ、そうよ」

 ローザの説明は、魔族が持つ魔力にはそれぞれ属性や個性があるらしく、魔力は所有する者の特徴が現れるらしい。

「アナタからは、白、赤、黒色の魔力が検知されたの。赤はイリスかしら……。白と黒は…………」

 ローザは暫く悩み込んだ後、まるで懐かしい物を見たように黒と白色の光に触れた。

「どうしたんだよ」

「いや、憶測で物を言うのは無粋ね……」

 ローザが手を払うと光は消え、静かな時間が流れた。

「人間のアナタから三種類の魔力が検知された事は不思議だけど、イリスの魔力が流れているのは……まさか、刻印の魔法?」

 刻印の魔法という言葉を聞いて、ファウストは魔界に連れて来られ、魔王城の牢屋でイリスと再会した時の出来事を思い出した。

「あぁ、何かそんな事言ってた気がするな……」

 その言葉にローザは再び大きなため息を吐き、頭を抱えた。

「人間のアナタが魔界で過ごせているんだから、もしかしたらなんて思っていたけど、本当にあの魔法に手を出すなんて……。親子揃って……」

 呆れた表情を浮かべるローザは、突然ファウストの胸に耳を当てた。

「いきなり何すんだよ!」

「いいから。黙ってなさい。そのまま深呼吸をして」

「わ、分かったよ……」

 ファウストはどこか諦めた様子で、ローザの言われた通り何度か大きく深呼吸を繰り返した。

「……大丈夫みたいね。心臓もちゃんと動いてる」

 心拍を確認したローザは、キリッと真丸な瞳を尖らせファウストを睨み上げた。

「あのね、アナタ達が行った刻印の魔法がどれほど危険な魔法なのかちゃんと理解しているの?」

「え……」

「まぁ、どうせ碌な説明もしないであの子が勝手に行ったんでしょうけど……」

「そんなに危険な魔法なのか?」

 ローザは何度目か分からないため息を吐き、刻印の魔法の危険性の説明を始めた。

「刻印の魔法は、それこそ命をかけた魔法だって言っても過言ではないの」

「命を……?」

 想像もしていなかった言葉に、ファウストは思わず聞き返した。

「刻印の魔法は、他者を自分のモノ……所有物にする魔法なの。死者を使役するような粗雑な魔法ではなくて、命ある者を自分の所有物にする高度な魔法だから、それなりの対価が必要になってくるのよ」

 ローザは説明を続ける。

「刻印の魔法を発動させるには、まず相手の心臓が必要なの。それも相手が死なないよう、臓器に傷を付けず体内から取り出す事が第一の条件。それができたら次に自分の体内に流れる血液、つまり魔力の大半を消費し心臓を複製する。魔族は魔力の核である心臓、もしくは体内に流れる血液を全て失ってしまうと消滅してしまう。だから心臓を作る際に血液が足らなかった、もしくは心臓を作る事が出来たとしても体内の血液を失ってしまったらその時点で刻印の魔法は失敗。魔法を発動させた魔族と、刻印の魔法の対象になった者は死んでしまう。刻印の魔法は、互いの命を賭けた魔法なの」

「互いの、命を……」

「刻印の魔法に手を出したバカはこれで二人目ね……。本当に、正気の沙汰じゃないわ」

 ローザの説明を聞いたファウストは自身の胸に手を当てた。

 正確なリズムで波打つこの心臓は、生きろとイリスから与えられた心臓。

 命を落とす可能性があったかもしれないのに、どうしてそこまでしてイリスは自分を生かそうとしたのかそんな事を思っていると、ふとイリスが刻印の魔法を発動する前にこんな事を言っていたのを思い出した。

『刻印が刻まれた心臓……。これは一部の魔族が知っている所有の魔法。魔力を持たない人間が出来る訳が無い』

 ファウストがこの言葉の本当の意味を知るのはもう少し先のお話。





 書斎に篭り始め、かなりの時間が経った。

 ローザは未だ魔王城から去ろうとはせず、ファウストはふと疑問に思ったことをローザに尋ねた。

「なぁ、さっきの魔力を可視化させる方法だけど。その方法で、遠くにいる魔力を持った者を探す事はできるのか?」

 ローザは暫く考え込み、ポツリと答えた。

「まぁ、出来なくは……ないかな?」

 返ってきた答えを聞いたファウストは嬉々とした表情でローザに詰め寄った。

「っ、ならその魔力を可視化するやり方を俺に教えてくれ!」

 珍しく感情を表に出すファウストに面食らいながらも、ローザは渋々頷いた。

「まぁ、少しくらいならいいわよ。でも、私が教えるのは一度だけだから一発で覚えなさいよ」

「あぁ! よろしく頼む!」

 そんなこんなで、ファウストはローザから魔力を可視化する方法の説明を受けていた。

「こう、まずは自分の魔力の流れを感じ取るの」

「魔力の流れ……」

「最初は楽な姿勢をとって体から余計な力を抜いて、体内に流れる血の巡りを感じ取るの」

 ファウストの対面で楽な姿勢で座るローザは目を閉じ一呼吸置き、ファウストもそれに倣って楽な姿勢を取った。

「心臓の鼓動を感じて、血の流れを追うと自然と魔力の流れが分かるはずよ」

 深呼吸を繰り返し耳を澄ませ心臓の音に神経を集中させると、頭の中でトクリと心拍が響いた。

「……なかなかやるじゃない。そのままの状態を保ちながら血の流れを追いなさい」

 ローザの指示に従いそのまま心拍に集中しながらも、全身を巡る血の流れを追うとふわりと温かいまるで繭のようなものに全身をすっぽりと包まれたような気がした。

「さすが、大英雄ってわけね。目を開けてもいいわよ」

 ファウストは目を開けると、赤と白、黒色の光が視界に飛び込んできた。

「本当に一発で出来るなんて、さすがね」

「これが……俺の魔力」

 可視化させた魔力の光に触れるとパッと強い光を放った。

「アナタが誰を探そうとしているのか興味なんて無いけれど、これを応用すれば相手の事を探せるかもしれないわ」

「どうやって……」

「相手の魔力をイメージするの。ま、身内なら似たような魔力が流れているはずだし相手の事を強く思えば、この可視化させた魔力が反応すると思うわ」

 ファウストはローザの言う通り頭の中でリュドミラ、そしてリュドミラと過ごした日々を強く思い浮かべた。

 すると、白色の光が強く輝き出し書斎の中を照らした。

「これは……」

 白色の光は少しずつ形を変え、大きな翼を持った鳥の姿へ変化を遂げた。

「白……翼、まさか。そんな事……」

 白く光り輝く鳥は、大きく翼を広げるとふわりと風を吹き上げどこかへと飛んで消え去った。

「ど、どういう事だよ……」

「そんな、ありえないわ……」

 この状況を全く理解できていないファウストと、何かあの鳥の姿に見覚えのあるローザ。

「何か、知ってるんだよな……。頼む、あの鳥はどういう事なんだよ」

 ファウストはローザに消え去った鳥について聞こうとするも、ローザはただ一言「私にも解らない」とだけ答えた。

「何だよ、それ……。ようやく手掛かりを掴んだのに」

 ようやく掴んだ手掛かりが、あっという間にまた手の届かない場所に消え去ってしまいファウストは呆然と立ち尽くした。

「……本当に、あの子は厄介事しか持ち込まないんだから」

 するとローザは本棚から埃が被った一冊の分厚い本を取り出し、ファウストに手渡した。

「私からはただ一つ。アナタ、自分が何者なのか解っていないでしょ」

「何者って、どういう……」

「本来。魔力、魔法は神から与えられた特別な代物なの。そんな特別な力を人間が持っていいはずがない。なのに、アナタは人間の分際で神から与えられた力を所持している。それでさえ異常なのに、三色の魔力を持ち合わせている。これが何を意味をするのか解る?」

「……どういう意味って」

 ローザはファウストに手渡した分厚い本に指を差すと、ペラペラペラと自然とページが捲られ家系図が書かれた所で止まった。

「少し考えれば、解るはずよ。人間は魔力を持たない。なのに、アナタは生まれながらに魔力を持ち合わせている。つまり、アナタは初めから人間ではないのよ」

「人間じゃ、ない……」

「人間でも、魔族でもない。中途半端な存在。あの子と同じね」

 ページが止まった場所に視線を移すと、そのページには歴代魔王の名前と姿絵が載っていた。

「これは……」

「この本は、魔界の歴代魔王を記録した大切な本なの」

 開かれたページの前にも多くの魔王の名前と姿絵がありその中には、イリスと同じ名前を持つ魔王の名が載っていた。

「……ゼルギウス•イェルムヴァレーン……」

 真っ黒なローブに身を包み、イリスと同じ金色に輝く瞳に鋭い眼光。

 ただ、一つ違うとするとイリスには無い黒々と光るツノが存在を主張していた。

「ゼルギウス……先代魔王の名前よ。あの子……イリスは正真正銘、先代魔王の娘。でも、イリスはこの先ずっと先代魔王の娘として認められる事はないし、この本に名を残す事は無いわ」

「なんでっ……」

 するとローザは一瞬、寂しそうに歪めた視線をゼルギウスの姿絵に向けた。

「だって、あの子もアナタと同じ……魔力持って生まれただけの、魔族では無い存在なんだもの」

「それって、どういう事なんだよっ! だって、イリスは」

「……自分が何者なのか知りたければまず、イリスを深く知りなさい」

「イリスを知る事が、何か関係するのかよ」

「その言葉のままよ。イリスを知れば自分の正体。そしてアナタが探している妹の行方も分かるかもしれないわ」

 ローザは続けて、ため息混じりに呟いた。

「はぁー、本当は頼み事をしたくて寄ったのに、そんな気分じゃなくなったじゃないの。また、近いうちに寄るから頼み事はその時にお願いするわ」

 そう言ったローザはフワリと魔族特有の黒い翼を広げ、繁華街へと飛び去った。

「イリスが、魔族じゃない……?」

 謎が謎を呼び、困惑していると用事を済ませたイリスが戻ってきたのか、城の中が一気に騒がしくなった。

「ファウストー! そんな暗い所で何をしているのよ! お腹すいちゃったから、お茶にしましょー!」

「あ、あぁ……すぐに準備する」

 ファウストはイリスに気付かれないようローザに渡された過去の魔王が書かれた本を隠し、イリスの元へ向かった。

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