アイツとあたしのRESIDUAL-HEAT

亖緒@4Owasabi

第1話 元カレ襲来!

――ピンポーン! 四番テーブルへ


 インカムから聞こえるのは、ホールスタッフへの指示。今、四番テーブルへと注文を取りに他のスタッフが向かうのを見つつ、あたしは六番テーブルの食器を厨房へ片づけるところだった。


 今は、ゴールデンウイーク期間の夕方六時過ぎ。次々に来店するお客さんの流れが途切れない。かき入れ時とあって店内は忙しさを極めようとしていた。一先ず片づけた食器を分別してシンクに投入。そして居住まいを整えて、あたしは次の来店客に備えた。


――ピオピオン、ピオピオン!


 お客が来た!


 来客を示す電子音がインカムから聞こえると、急ぎお店の入口へと向かう。入口に着いてみると、入店してきたのは高校生ぐらいの男の子だった。その右手にはショップブランドの紙袋を提げていて、うつむかせた顔はよく見えない。とりあえず声をかけようとした、その時――入店してきた男の子が顔を上げて、目と目が合い――


「さ、咲依さより!?」

「えっ!」


 あたしの名前を呼ばれた衝撃に声が漏れる。目の前にいたのは元カレ――棚橋たなはし洋一よういち――その人だった。


 急な出会いに絶句していると、徐に洋一ソイツは口を開き――


「オ、オレと――復縁して欲しい!」

「はっ!?」


 またもや漏れ出る声。ただし今度は威圧付き。こめかみにピキッと青筋を立てただろうあたしは、笑顔を引きひきつらせつつ、努めて冷静に洋一バカを案内しようと――


「お客様。当店では元カノのご用意はしておりません。お引き取りいただくか、またはお食事をお召し上がりいただくか、ご選択をお願い申し上げます」


 あたしの口上に、しまったといった表情を洋一バカは顔に浮かべ――


「お食事をします」


 洋一バカはこう返答するので精一杯の様子だった。


 こうして突然の遭遇を果たした元カレをカウンター席に案内し、そこそこ良い値段の食事を注文させ、配膳の際に『バイト終わりに店裏の広場へ集合!』の旨を書いたメッセージカードを渡した。


   ◇◆◇


 あたしこと庄子しょうじ咲依さよりはファミレスのアルバイトを終え、疲れ果てた体をはやく癒したくて、自分の家へ帰ろうとし――たかったけれど、洋一アイツのことを思いだし、店裏の広場へ向かった。


 広場には所在無げにたたずむ男の子が一人。普段ならもう少し人がいるはずだけれど、洋一アイツがブラックホールなのか、他に気配はなくて。これなら話し難いことも多少は言えるだろう。


 視線を落とす洋一アイツの前に歩み出ると、彼は顔を上げ、開口一番――


「オレが悪かった! 咲依、オレともう一度付きあって欲しい」


 額に右手を当て、渋い顔をするあたし。今更、何を言い出すやら。ため息しか出ない。


「何言ってんの? アンタには愛しの彼女がいるでしょ? その彼女は、どうしてんのよ?」

「あいつは、浮気してたんだ!」

「はあぁ?!」


 洋一コイツには彼女がいる。あたしと別れる前の疎遠期間に、洋一バカが無自覚に口説き落としていた愛しの彼女が。あたしが振られた時、わざわざ洋一コイツに付いて来て、あたしの目の前でキスを見せつけるぐらい、あたしに対抗心むき出しだった彼女が。


――そんな彼女が浮気? 何かの間違いでしょ?


 そうとしか思えず、あたしは――


「ちゃんと本人に確かめたの? あたしは彼女からそんな話、聞いちゃいないんだけど?」


 何と洋一コイツを奪った彼女こと春宮はるみや小町こまちは、実はあたしと同じ高校に進学していた。同じ教室になったと知った時は、すごくビックリしたものだ。その時に春宮から、洋一バカを奪ってしまったとお詫びを聞かされている。それからはいろいろあって結構な仲良しになり、偶には彼女からの相談にのったりもしてるのだけど。


 ちなみに洋一コイツは、あたしと春宮が進学した高校の入試で落ちた。今は滑り止めで受けた高校に通っていると聞いていた。うちの高校、あたしの住む都市このまちで一番の進学校だから、難度は高かったのも確かだけど。


「……確かめては、いない……」

「ダメじゃない! 憶測で浮気と決めつけちゃ――」

「見たんだ! 今日は小町の誕生日で、お祝いしようとデートの予定だったんだ! 待ち合わせ場所に行ったら、男と一緒で、キスをしていたんだ!」


 強情にも洋一コイツは浮気だと言い張る。見た、それだけじゃ浮気と言えないだろうに。無理やりのキスだったら、助けなきゃいけないはずなのだし。


「キスしていたって言うなら、どんな風にキスしていたのよ?」

「……小町から、男の首に両腕を回していて、とても親密そうで……」


それらしく見えたことに、動揺しただろうことは責めるつもりはない。けれど――キスの際のその姿勢って、最近あたしと春宮で会話したときにあったような?


「親密そうなんて語れるなら、かなり近づいたはずじゃない? どうして声をかけなかったのよ?」

「……誕生日プレゼントは今日のデートで一緒に買うことにしていたんだ。でも、驚かせたかったから、プレゼントはこっそり買ってあって、それがすぐに見つかりたくなくて……」


 洋一コイツの手にはショップブランドの紙袋がまだある。話の通り今日渡すはずのプレゼントが入ったままなのだろう。それを持つ洋一コイツは、今にも泣きそうな顔でいて。春宮と男との光景を思い出しているのだろうけど。


「キスしたところは、はっきりと見たのよね?」

「……小町の後ろから近づいたから……唇と唇がくっついてたかは分からない……」


 話を聞いた限り春宮が浮気したとは断定しにくい。けれど、春宮が潔白だとも言い切れない。ただ、洋一コイツは悔しそうにうつむくだけで、対応のまずさを反省する素振りも見えない。最近、春宮と話した内容も今回に関係あるんじゃないかと気にもなる。とにかく春宮へ洋一コイツから連絡させないと。


「あんた、デートをドタキャンした状態なのは分かってるよね? 愛しの彼女に、ドタキャンしたことの謝罪が必要なの、分かってるよね? 今、彼女に電話しないで、どうするの?」

「…………」


 洋一バカと春宮に話をさせたい。しなければ、解決も何も始まらない。けれど洋一コイツは微動だにせず、うつむくだけで。そんな洋一バカの態度にあたしもイライラが募りだし――ああ、もうイイ!


「あんたが自分で出来ないと言うなら、あたしが春宮に聞いたげる!」


 少なくとも、あたしが知る最近の春宮に、洋一コイツ以外の男と会っているなんてうわさがあった覚えはない。春宮本人と話していても、あたしに気を使ってることもなく、自然体で洋一バカのことを惚気てくるばかりだ……


「いい?!――電話中に逃げんじゃないわよ?!」


 洋一コイツが何か行動を起こす前に釘を刺し。スマホをバッグから取り出し、春宮の連絡先を表示させて、通話のボタンをタップした――

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