31 うずまく感情の嵐
バドはデュアンたちの家の戸口に手をかけながら呆然とする。
目前のリビングの床に、メオラがころがっていたからである。
直感で、バドはメオラが死亡していることを悟る。
デュアンが亡くなっていたからということもあったろうが、投げだされているメオラの肢体からは、生命の気配が少しも感じられなかった。
バドはみずからの頬をなでる。冷たい汗がこめかみからつたってきている。
走っているときにこみあげてきた悪い予感が的中した。
まるでどこかの瞬間で、そうなることを予想していたかのような錯覚にとらわれる。
凝視すると、それが死体である確証は強まった。
手足の一部が、関節とはちがう不自然な方向にぐにゃりと折れているのだ。
頚は部屋の奥を向くように倒れていたのでメオラの顔はうかがい知れなかったが、苦悶の表情をうかべていることが想像できて、バドは思わず瞑目する。
なにをどうやったらそんな死にかたをするのだろう――。
そばまで近寄って確かめる気にさえならない。
「くそ――」
バドは小声でもらす。
なにが起きたのかよくわからない。ただ〈伝説の宝石〉をめぐって、さまよっているだけなのに……。
つい先日、〈夕凪館〉でみたメオラの姿態がまぶたによみがえる。
メオラはほろ酔い加減の赤ら顔で、いつでも楽しそうにふるまっていた。
ほんとうに楽しかったのかどうかはわからないが、バドが目を向けたときはいつでも、はずむような声で笑い、全身で喜びを表現していた。
バドは、メオラのように陽気な女性をみたことがなかった。
場合によってはバドよりも、つらいことや危難を多く経験しているというのに、それをおくびにもださなかったのだ。
バドは煩悶とする。
自分のなかでうずまく感情の嵐に名まえがつけられないでいた。
ふと、ドアにかけた手が紙きれにふれる。
あわてて手をひっこめると、その羊皮紙はひらひらと床に落ちる。
一瞬にして、バドは現実にもどった。
なにか進展の予感がした。
それがいいものかどうか判断するまえに、バドはその紙をひろう。
どうやらドアの室内側に上部だけ糊づけして貼りつけてあったらしい。
それはトミーの手紙だった。
バドへ――
〈湖面の蝶〉はオレがもってる。
おまえの部屋からもちだしたのもオレだ。勝手にやって悪いと思ってる。
だが、おまえがぬけがけしようとしたのがいけないんだぜ?
でも、オレも一人でうまい汁を吸おうとは思ってない。
オレだって最初はオレたちのチーム全員で〈鹿の角団〉と交渉すべきだって提案したんだ。けどデュアンのやつがそれをしりぞけようとしたんだ。デュアンがオレから宝石のかけらをとりあげようとしたんだよ。
「いままで面倒みてやったんだから当然だ」って言い張ってな。
仕方がなかった。やつは宝石の話を聞いて目の色を変えちまって、聞く耳もたなくなっちまったからよ。
メオラだけでもさそおうとしたんだが、やはり無理だった。なので、結局二人とも始末することになったんだ。
信じてくれ。オレだって好きでそんなことをしたんじゃない。でも、しょうがなかったんだよ。こうするしかなかったんだ。
オレは一足さきに、〈鹿の角団〉のもとへ向かう。
交渉しておくから、おまえも日没までにこいよ。できればトレヴァもつれてきな。三人でうまくやろう。待ってるぜ。
――トミー
バドは注意深く読んだ。そして、複雑に絡みあうあたまのなかを整理しようとこころみる。
デュアンとメオラはトミーが殺した……。
いろいろな情報がふくまれていたが、まずいちばんの衝撃はそれだった。
心のどこかでそうだと思っていたのかもしれないが、バドの紙をもつ手がふるえる。
みずからの鼓動がだんだんと高鳴ってきた。
デュアンとメオラがいうことをきかなかったから殺した。
安易なトミーの言葉がとても冷淡で、残酷だったが、トミーがときどきみせた心の陰湿さを思えば、ありえないことではない気もする。
どうやって殺したのか――その答えもトミーがやったのなら明白だった。
トミーはかつて王都の宝物庫から〈封印の筒〉というマジックアイテムを盗みだして、いまでもそれを自慢げに所有していた。
〈封印の筒〉は文字どおり、どんな生物でも筒のなかに封印しておくことができ、使用者の意のままに解放できるという代物だった。
貴重品で、当然市場に流れれば高価な取引を可能とするものだったが、自己防衛のため、そしてなにより足がついて捕縛されないためにトミーはそれをもち歩いていたのだ。
「オレにさからうとえらい目にあうぜ」
トミーはいつでも酒酔いでけんかになりそうになったときは、そういって相手を脅したものだった。
「ニシキヘビに絞め殺されたくなければ、オレに素直に謝ったほうがいい――」
ヘビ――じっさいにバドはトミーがそれを利用したところをみたことがなかったが、トミーの発言にうそがないのであれば、筒には大蛇が封印されていたことになる。
そして、デュアンの死に顔や、メオラのあらぬ方向にひんまがっていた手足を思うと、それが大蛇によりもたらされた死であることをまちがいないような気がした。ひきつった顔、生気を失った白い四肢――。
バドはなんだかやりきれない気持ちになったのち、ふつふつと言い知れない怒りをおぼえた。
もともと好意はあまりもっていなかったが、トミーのことが憎らしくなってくる。
バドとトレヴァがいきだおれていたのを助けてくれたのはトミーだったし、トミーがいなければいまのバドもいなかっただろう。
しかし、トミーの美徳はそこにしかなく、それ以外のトミーの性質はあまりにも悪辣だった。
なんのためらいもなく(本人はそうではなかったと書いていたが)ずっと世話になってきたデュアンや、(下心であれ)好意を示していたメオラをあっさりと屠ることができるという神経が、バドには少しも共感できなかった。
みんなで酒を飲んでさわいだ楽しい夜が、すべてうそという名の闇のベールにつつまれてしまいそうだった。
一発ぶんなぐってやりたい。そのあとヘビに丸呑みにされるのだとしても。
しかし、バドはふと冷静になる。
一方でそういった悪徳といったものさえ、〈鹿の角団〉では必要な能力かもしれない。
仲間と必要以上に懇意にするなどということはないだろう。
能力主義で個人主義の集まりが〈鹿の角団〉にちがいない。
だから、トミーのとった行動は、道徳的世間的にいかに外道であろうとも、これからバドがあゆんでいこうとする世界のなかでは、評価に値することなのかもしれない。評価という名の名声と生存する権利だ。
とにかく、トミーと接触しないといけない。
そのとき、どういう感情が胸にわいてくるかはわからない。
しかし、歩調を合わせるにせよ、決別するにせよ、自分はもうひきかえせない位置にいるのだから、トミーを追いかけなければならないのだ。
いくつか判断のつかないことが脳裏にうかんでいたが、バドはそれを考えている時間が無駄な気がして、頚をふる。
そして、トミーの手紙をぐしゃぐしゃになるほどにぎりしめると、もう何度もそうしているように、家のドアを音を響かせるくらいに強く開け放ち、そとへと跳びだした。
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