18 鳥になれない悩ましさ

 ルイは仏頂面をして歩いていた。

 そんな顔をしている要因はいろいろとあったが、最大のものは、となりに連れだっているアルバートだった。


 しばらく歩きまわってわかったことだが、〈はずれの港町〉は殺風景だが廃れているわけでもなく、少なくとも昼間は治安が悪いわけでもないので、仮に〈鹿の角団〉がアルバートをみつけても、対処のしようはいくらでもありそうだった。


「まったく――」


 ルイはわざとらしくため息をつく。


「なんで王子とワンセットにならなきゃいけないんだか」


「……そう思ってるのはルイだけじゃないよ」


 アルバートが小声でかえす。


「なによ?」


 ルイがにらむと、アルバートはそっぽを向き、口笛を吹くそぶりをした。


 二人は〈はずれの港町〉の大通りを歩いていた。

 正午をまわったので、それなりの人通りがあり、商店なども開いていることから町をめぐり歩くこと自体に苦痛はなかった。


 ルイはもともとアルバートたちと旅をするまえも放浪舞踏団に所属する、いわゆる根なし草だったので、新しい土地を散策することはきらいではない。

 むしろ、よしあし関係なく多少の刺激があったほうがいい。

 つまり、どうせ町中をみてまわるのであれば、慎重にねり歩くのではなく単独行動したかったのだ。

 

 ディレンツァと別れた直後、朝市に向かってみたが、アルバートがいっしょだったこともあり、なんだかんだで満喫できずに終わってしまった。


 アルバートが商人やら住人やらとすぐに(かつ長時間)交流してしまうせいで、目を離すことができなかったのだ。世話になった馭者にも逢えずじまいだった。


「――ところで、ルイって踊り娘だったんでしょ。舞踏団……なんだっけ」


「ルルベルよ。だからなに?」


 ルイは不機嫌のきわみだったが、アルバートは気にしないそぶりをする。

 ここで引いてしまうと、ルイとのあいだにできた壁がとりはらわれなくなることが確定してしまい、ディレンツァと合流するまでが悪夢になるからだ。

 会話くらいはできるようになっていたほうがいい。


「〈舞踏団ルルベル〉にいた頃は、沙漠の国の王宮にもきたぐらいなんだから、歴訪の旅をしていたんでしょう? 草原の国を訪問したことはなかったの?」


「――そうよ、少なくとも私は初めてだわ。だから、なによ?」


「いや、ぼくらといっしょになってからまだ日が浅いけど、どこにいっても新鮮だって顔をしてるからさ」


 ルイは目を細める。

 どうやらアルバートはただの世間話をもちかけているらしい。さきほどからの緊張状態を緩和させようとしているようだ。


 アルバートにはそうやって人間関係の調和をはかろうとするところがあった。

 相手と揉めごとを起こさないためなら、媚びへつらう選択を迷うことなくする。

 ときどき、ぽろっと毒舌や露骨な心情の吐露をしてしまうくせに根っからの臆病者なのだ。


「まぁ、草原の国は初めてだからあれだけど、たとえばの話、仮におなじところをめぐっているんだとしたって、状況や時期によって印象や情緒みたいなものはちがうでしょうに」


 ルイはアルバートから目をそらす。


 アルバートは「なるほど、そういうものか」と思いのほか納得した。


「季節も変われば、町の景観も変わるもんね」


「ところで、湾岸事務所って、こっちでいいわけ?」


 ルイは本題にもどることにした。

 事態が進捗しないと、永遠にアルバートの散歩につきあうことになりそうだった。


 ディレンツァは、乗船するための手がかりをみつける目的をもって散策することを提案してきたが、総人口も2000人に満たず、人口密度のそれほど高くなく、経済的停留状態にある港町では、これといった劇的な展開は望めそうもなかった。


「え?」


 アルバートが挙動不審になった。


「ぼくはルイが歩きだしたから、ついてきただけなんだけど――」


 ルイは眉をしかめる。


「あ、いや……そろそろ湾岸事務所をたずねるほうがいいだろうなとは思ってたよ、ぼくも」


 ルイは口もゆがめる。


「あ、えっと、湾岸事務所っていうくらいだから、港のほうだよね、だからこっちでいいんだよ、きっと」


 ルイは鼻息をふいてから、ぷりぷりと歩きだす。

 アルバートはあわてて追いかけた。

 ゆくさきのほうで、カモメが鳴いた。


 港に入ると潮風が強くなった。

 海が近くなったことと、風をさえぎる建物が少なくなったからだろう。

 見まわすと、貨物倉庫がたちならぶ区域には中途半端に積荷の残骸がひろがり、死に絶えたヘビのようなロープや木製の運搬箱が無造作に置かれていた。

 

 物流が円滑におこなわれていた頃の様子は少しもイメージできなかった。

 停泊している船舶がいくらかあり、波にともなってゆらゆらとゆれている。

 商港から防波堤などによって隔てられた漁港を見やっても、小型の漁船群は活発に動いていたときの面影を失ったまま係留されている。

 艫と艫がぶつかり、こすれる音がどことなく古さを感じさせた。


「あ、これってあれかな、ヒトデってやつかな? すごいね、本当に星のかたちしてるんだ。星っぽいだけに光ったりするのかな? あれ、ん? これ、もしかして死んでる?」


 アルバートが防波堤のふちにかがんで波打ちぎわをみながら、ぶつぶつつぶやいた。面倒だから無視することにした。

 

 ルイが視線をめぐらせると、港から少しはずれた高台にある建物に人が集まっているのがうかがえた。

 どうやら湾岸事務所らしい。思っていたよりもずっと小型の建物だった。ホワイトチョコレートのような平たい形状をしている。

 

 つどっている人々は、もっと遠くか、高いところからみればはたらき蟻の群れようにみえるかもしれない。そして、事務所から見下ろすことのできそうな奥の入り江の突堤には灯台もみえる。


「あ、みてみて、漁港のほうに猫がいっぱいいるよ。しかもいまは漁ができてないはずなのに、みんなけっこう肥えてる。いい魚を食べてきた蓄積かな?」


 アルバートが急に高い声をだしたが、ルイは事務所に向かって斜面をのぼりだす。


「あ、ちょっと待って――」


 アルバートもすぐに追いついてきた。


 斜面全体にナデシコやアザミが咲き乱れていてあざやかだったが、坂道はのぼってみると長く感じて息がみだれた。


 事務所は白を基調とした50平方メートルくらいの平屋だった。

 遠目にはさわやかな印象だったが、近づくと積年のよごれや潮風による錆びのようなものがそこかしこに見受けられる。

 あまりほめられた管理状況ではなかったが、自分がそこに住むわけではないのだからルイは気にしないことにする。


 事務所に集まっている人々は、ほとんどが(むさくるしい雰囲気の)男たちだった。

 事務所の入口までやってきたところで、アルバートが唐突に手近な人にあいさつした。


「どうも、こんにちは――」


 話しかけられた男が半身だけふりかえり、アルバートを上から下までじろじろとみたあと、「あん? なんだ、あんただれだ?」といぶかしげに眉をひそめた。

 

 男は30代後半ぐらいで水夫のかっこうをしている。

 アルバートが打ち合わせなく会話をはじめたことにルイはストレスを感じたが、とりあえず顔にでないようにほほえんだ。

 ふてくされたりすると水夫に与える印象がよくない。


「――あ、えっと、ぼくは沙漠の国の関係者なんですけど、ちょっと湾岸事務所に用事がありまして」


 アルバートは気さくな態度をくずさない。

 「沙漠の国の関係者」は余計だと指摘したかったが、もう手遅れだった。

 しかし水夫は関心を示さず、鼻の穴をふくらませただけだった。


「ああ、おまえらも船に乗れない苦情か? 沙漠の国ねえ。ふん、いろんな連中がきてるんだな。まァ航路が凍結してからだいぶ経つし、しかたがねえところだが」


「みなさんもお仕事とかに影響があって、たいへんでしょう?」


「そうさ、たいへんなんてもんじゃない。オレたちはそのことで打ち合わせにきたんだ。最初に被害が報告されてからもう一ヶ月近く経つんだ。問答無用で航路の停止命令がきてもう一週間だぜ。この町の大半は海の仕事の従事者さ。オレたちだって、働かなきゃ喰えねェんだからな」


「うんうん、わかります」


「そうか? それにあれだ、事務所がそのあいだにやったことなんて、王都にこっちの意見を聞いてもらえるよう陳情書をだしたぐらいだからな。ふん。王都のほうでは動いてるっていってるらしいが、じゃあ、そっちでなんとかしてくれるまで、オレらは指くわえて待ってろってことかって話だよ。だろ?」


 水夫が興奮してきた。鬱憤がたまっているのだろう。


「よくわかります。行政っていうのは慎重の名のもとに基本的に後手ですもんね」


(そりゃよくわかるでしょ、あなたはもともと行政側の人なんだから)とルイは目をそむけながら舌をだす。


「ああ、まったくだぜ。オレたちだってなにかできるだろ? 調査なんて、王都に頼まなきゃいけないようなことじゃない。なにかしようって提案しても、危険だから少し待て、対応策を講じるから少し待てだ。そんなんで解決なんかするかっての。オレたちが最近やってることなんて、難破船の残骸を浜辺にひろいにいくぐらいだぜ?」


「――それにお給金でも発生すれば、まだましなんでしょうけど、あは」


「ああ、ただのボランティアだ。やってられるかっての? しかも、けっこうな頻度で漂流してくるんだ。昨日は水の国の船だったんだぜ? なんで、よその国の尻ぬぐいまでしなきゃいけないんだよ」


「おかしな話ですよね。世の中って、たいがいそんなものですけど、あは」


 それでも、アルバートのどこか寝ぼけたような対応をうけて、水夫はにわかに落ち着いてきた。

 アルバートはそのあとも迎合姿勢のまま水夫と会話をつづけたが、ルイは飽きたので聞き耳をたてるのをやめた。


 しかし旅行者たちだけでなく、住民たちもまた状況にうんざりしているようだ。

 推測してしかるべきことだったが、町全体で難渋しているのであれば余計に、自分たちの要求を優先して通してもらうのは難しいのではないだろうか。

 やはり緊急の事態であることを事務所の代表者に主張しなくてはならないのかもしれない。


 ルイは鼻から息をもらす。

 ふと見やった海の上空を、数羽のカモメが鳴きながら横切った。

 鳥のように風にのって遠くはるかに旅をすることができたらこんな悩みはすぐに解決できるのに――。

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