学園に入学したいんじゃが?

「すぅー……はぁー……」

 


 ひとしきり叫んでから、ワシは一度深呼吸をする。

 よくよく考えてみれば、目的自体は達成してるのではないだろうか?

 若返り自体は成功しているし、別に若返ってモテたいとかでもないので女になってしまったのは誤差ではないだろうか?

 若者たちと楽しく過ごせればそれでいいしの。



「――よし、落ち着いたのう。本当は少年時代に戻りたかったが、文字通り第2の人生として楽しむのもいいかもしれんな。一度の人生で男と女、どっちも体験するなんて稀じゃろうし」


 普通ならばいきなり性別が変わってしまえばもっと慌てるのかもしれないが、伊達に100年以上も生きとらん。

 最初の驚きを超えれば、あとは受け入れるだけじゃ。

 なってしまったものは仕方ないしの。


 とりあえず、ぶかぶかのローブを魔法でサイズを調整し身に着ける。

 いつまでも全裸でいるわけにもいかんしな。


「さて、これからどうするか……」


 実を言うと、若返りから先を考えていなかった。

 若返り自体が奇跡に等しいため、それが最終目標になっていたのだ。

 

 まぁ、ここは定番で学園に通うというのもありかもしれんな。

 若いころは魔法の研究一辺倒で碌に授業に顔も出さんかったし。

 なんなら、戦士系のクラスに入って肉弾戦を学ぶのもいいかもしれん。


 魔法の補助があれば、そこら辺の一般人よりは動ける自信はあるが、それでも寄る年波には勝てず鍛えている者よりも体力はないし、魔力を封じられてしまえばただの老人だ。

 

「魔法が使えないダンジョンに行った時は本気でつらかったしのう」


 他の皆が強かったのでなんとかなったが、あの時のワシ、かなり足手まといだったからの。

 もう一度冒険するかどうかは分からんが、いざという時に魔法なしでも戦えるようになって損はあるまい。


 となれば善は急げ。

 ワシの友人で王都にある学園の学園長をやっている者がおるから、入学させてもらうとしよう。

 こういう時こそ長年積み重ねてきた人脈の使いどころじゃろう。


 そして、ワシは手紙をしたため友人に手紙を送るのだった。




 それから3日後、とりあえず事情を知りたいという友人に言われたため説明のために王都にある学園へとやってきていた。


「はー、数十年ぶりに来たが相変わらず立派な建物じゃなぁ」


 見上げるほどにデカい門がまず出迎えており、敷地内には5階建ての白亜の建物が立っている。

 時間は夕方ごろではあるが、中から生徒らしき者達の活発な声が聞こえてくる。

 これから、この中にワシも混じるんだと思うと年甲斐もなくワクワクしてきおる。

 うまく馴染めるといいんじゃが……。


「ちょっと待ったお嬢ちゃん。関係者か許可をもらった人しかこの中には入っちゃいけないよ」


 目の前の光景に圧倒されつつも門を開けて入ろうとすると、脇に立っていた守衛に止められる。

 流石は由緒正しい王都の学園。セキュリティがしっかりしてるの。

 

「おっとすまぬ。ワシはアウグスト……あー……アウグスト・ラージャン様の使いじゃ。学園長に取り次ぎ願いたい。アポは取ってあるはずじゃ」


 ワシは一瞬本名を名乗ろうとしたが、この姿で本名を名乗ったとしても信じてもらえないだろうと思い、使いだという事にする。

 不慮の事故とは言え、かつての英雄が少女になってるなんて知られたらどんな噂が広まるか分かったものじゃないしの。


 ちなみに、ワシの本名は先の通り『アウグスト・ラージャン』。

 万呪のアウグスト、などと呼ばれ一応は有名なんじゃ。

 

 守衛はワシの言葉を聞くと、その場で待つように指示し門の脇にある小屋の中へ引っ込んでいく。

 その後、少しばかり待っていると守衛が戻ってくる。



「学園長の確認が取れたよ。はい、これが許可証だ。学園長室は2階にあるが、案内板もあるから迷わないと思うよ」

「かたじけない」


 ワシは学園の紋章が入ったプレートを受け取ると会釈をし学園長室へと向かう。

 その間も、グラウンドでは剣の交わる音、魔法が飛び交う光景などを目にしワクワクが天井知らずであった。


 ちなみに、道中「可愛い~」「お人形さんみたい」などの声もあったりして、その度に「ワシ、可愛いのか……」と思ったのは余談である。


 そんなこんなでやってきた学園長室。

 ノックをすると中から野太い声で返事が聞こえる。


「入るぞ、ゼーマン」


 そう言って中に入ると、部屋の中には40台と言っても通じるほどの若々しさに、はち切れんばかりの筋肉。

 白髪を短く切りそろえ、日に焼けた健康的な男がこちらを驚いた様子で見ていた。

 

 こいつの名前はゼーマン。この学園の学園長でありワシの友人。

 実年齢は60歳。


「お前……本当にアウグストか……?」


 ゼーマンは中に入ってきたワシを信じられないという感じで見つめながらそんなことを尋ねてくる。


「あぁ、間違いなくワシじゃよ。手紙でも伝えた通り、若返ろうとしたらうっかり手違いでの。まぁ、性別なんて些細な問題じゃ」

「……」


 あっけらかんと答えるワシに対し、なおも絶句するゼーマン。

 うーん、やはり長年の友人がいきなり少女になりましたっていうのは、驚くなって言う方が無理だったか?

 ワシとしては重くとらえられないように軽く言ったつもりだったんが、よく考えればもし逆の立場だったら驚きすぎて昇天してたかもしれなんな。

 

「……るい」

「ゼーマン?」


 なおも沈黙するゼーマンだったが、不意に何かポツリとつぶやいた。

 よく聞こえなかったために聞き返すと、突如ゼーマンはクワッと目を見開き、机を力強くたたく。

 

「ずるい! 俺も美少女になりたい!」

「ゼーマン⁉」


 友人の突然のカミングアウトにワシは驚きを隠せんかった。


「俺だって美少女になって青春してぇよ! アウグストばっかずりぃよ! そんな可愛くなってさぁ!」

「い、いや……じゃからな? ワシは別になろうと思ってなったわけじゃなくな? というか、ゼーマン。おぬし、そんな願望持っておったんか?」


 友人の予想外の願望を知ったことでどういう表情をすればいいか分からなくなってしまう。


「男は誰だって美少女になりてーんだよ!」

「初耳なんじゃが⁉」


 マジか⁉ ワシだけ知らなかったんかそれ⁉

 さっきから衝撃の情報ばかり出てくるんじゃけど⁉

 ワシが少女になったことなど霞むんじゃけど⁉


「俺にも美少女になる薬をくれ!」

「手紙にも書いたが、あの薬はもう作れんよ。1回こっきりの奇跡じゃよ」


 鬼気迫る表情でこちらに近づくゼーマンだったが、ワシの言葉を聞くと露骨にがっかりして自分の席へと戻っていく。

 そんなに美少女になりたかったんか……人の心って分からんもんじゃな……。


「んだよ……美少女になれねーのかよ……」

「なんか、すまんな……?」


 ワシに非はまったく無いはずなんじゃが、なぜだか申し訳なくなり謝ってしまう。


「いや、気にすんな。アウグストは悪くねぇよ。ただ、奇跡を前にして年甲斐もなくはしゃいじまった俺が悪いんだよ」


 それはそうとしか言いようがないな。


「で、なんだったけ。入学したいんだったか? それだったら俺としては別に構わねーぞ」

「う、うむ。それは助かる。もちろん、入学さえさせてもらえれば普通の生徒として扱ってもらって構わん。学費も払うでな」

「俺としては友人たっての願いだから無償でもいいんだが……まぁ、お前がそう言うなら素直に受け取っておくよ。……ちなみに、名前はどうするんだ? まさか、そのままってわけにもいかないだろ?」

「あぁ、そこはもう考えておるよ」


 ゼーマンの問いにワシは自慢げに頷く。

 本名で行動できないというのは百も承知だったのでこの3日間の間に考えていたのだ。


「アウラ・オーガスト。それがワシのこの姿の名前じゃ」


 と、自信たっぷりに言ってみたもののぶっちゃけワシの元の名前を少しばかりいじっただけなんじゃがな。

 まぁ、まったく違う名前に変えても、いざ呼ばれた時に反応できなかったりするしこれくらいでええじゃろう。


「アウラ・オーガストね。了解だ。いつから学校来るんだ? なんなら、もう少しで入学試験があるからついでに受けるか?」

「そうじゃの。せっかくじゃから他の生徒と同じように受けてみるか」


 いい機会じゃし経験しとくのもよかろう。

 なーに、入学試験レベルの試験なんぞ大賢者であるワシからすれば赤子の手をひねるようなもんじゃ(フラグ)


「お、そうか。だったら、受け付けは俺の方で済ませておくぞ。試験内容は筆記と魔力テストだな。んで、入学してから自分が受けたい授業を選択して受けるって形になる。まぁ、アウグスト……アウラは魔法系の授業を受けるんだろ?」

「試験の内容は了解じゃ。授業は……そうじゃのー、戦士系の授業を受けようと思っておる」


 ワシがそう答えれば、ゼーマンは片眉を吊り上げて信じられないという風にこちらを見る。


「ワシが今更魔法の授業を受けたところで仕方あるまいよ。せっかくの2度目の人生なんじゃから、選んだことのない道を選んでみたいんじゃ」


 身体能力自体は魔法で補助ができるが、パワーは解決できてもテクニックは魔法ではどうにもならん。

 ワシに白兵戦の知識や経験値があれば、いざ魔法が使えないとなってもなんとかなるじゃろう。

 そんなことを説明するとゼーマンは腕組みをして唸る。


「うーん、勿体ねぇなぁ。お前さんがいれば魔法科の方ももっと練度が上がると思うんだが。なんなら、授業してほしいレベルだ」

「さすがに入学したての生徒がそんなことをしたら教師の面目丸つぶれじゃろうて。でもまぁ、たまにでいいなら授業くらいは出ようかの。クラスメイトに助言くらいは出来よう」

「お、助かるぜ。魔王は居なくなったとはいえ、魔物どもはまだ闊歩している。強くなるに越したことはないからな」


 ゼーマンのその言葉に、ワシは「そうじゃな」と軽く返す。

 その後、試験の日取りなどを聞き、打ち合わせを終えるとワシはその場を後にする。

 次に向かうのは冒険者ギルド。

 今のワシの体がどれだけ動けるのかの試運転と、少しでも体を慣らしておこうというものじゃ。

 ギルドマスターもワシの知り合い。

 すでに話は通してあるので、ワシは少しばかりテンションを高くしながらギルドへと向かうのだった。

 

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