第48話 過去編 カルメンの心の傷
カルメンが戦闘の才能を開花させたのは学校を卒業し親衛隊に候補生として所属してからだった。より厳密に言えば軍の保有する銃に触れたからだ。
かつて銃は一般市民の所持も許されたが、火薬の原材料が採れる鉱山が魔物溢れるダンジョンと化してしまい、供給が激減。現在はダンジョンを攻略し供給は安定しているが現在でも一定量の火薬を確保するために原則軍のみが所持、使用を認可されている。
教官が授業を始める。
「これより銃の訓練を始める! 候補生であるお前らに初めて触る武器で鳥を撃ち落とせとは言わん! せいぜい聞きなれない爆発音に耳を鳴らしだ! 戦場でビクビク震えないためにもな!」
それから拳銃の構造や使い方。絶対にやってはいけない禁止事項を叩きこまれる。
みっちりと座学を受けてから拳銃を渡される。
(これが銃でありますか……)
小柄で身軽、性格も勤勉で努力家であるが、もう一押し足りない。魔法も便利であるが器用貧乏。
それが当時のカルメン・エチェバリアの評価だった。またこの頃は黒仮面を被っていない。出番はもう少し後になる。
このまま行けば後方勤務に配属される、普通の軍人になる人生だった。
しかしこの銃との出会いが彼女を戦場へと駆り立てる。
「おお、カルメン候補生。なかなか筋がいいじゃないか」
男でも的の命中が難しい中、一人だけ全発的中していた。
「光栄です。ですが中心には当たりませんでした」
「上出来、上出来。それでは次は弾丸の装填だ」
カルメンは弾丸の装填の作業に疑問を抱いていた。
(威力は絶大だが装填にこんなに時間がかかっていたら矢に射られてしまうではないか……装填済みのシリンダーを何個も用意したほうがいいのではないか?)
ちょうど見本用に装填済みのシリンダーが置いてあった。
カルメンは教官に許可を得る前に思い付きで行動する。装填済みのシリンダーを得意の影魔法で拳銃に組み込んでしまった。
(うん、これでかなり時間短縮ができたぞ)
思い付きが思いの他、効率化に成功し、思わず微笑んでしまうカルメンだったが、
「おい、カルメン候補生、今のは……」
今の行為を教官に見られたと知ると一気に青ざめる。
「教官!? 申し訳ございません、拙は下賜品を勝手に──」
除隊もやむなしと覚悟するが、
「……上出来だ。後で俺と一緒に来い。お前の才能、必ず開花させてやる」
幸いにも教官は思考が柔軟であり指導熱心だった。
すぐに宮廷魔術師を集めて会議を開いた。
それから前例のない試行錯誤の日々。無茶ぶりを振られるもするが勤勉で努力家のカルメンはこれに応え続けた。
そして厳しい訓練を乗り越え成長した彼女は、晴れて親衛隊黒鷲部隊に所属となった。
所属後も遺憾なく才能を発揮した。任務を与えられ、こなす。シンプルなサイクルだが彼女は充実した人生と感じていた。一種のワーカーホリック状態にあった。これを良しとして上層部は暗部の仕事、暗殺なども彼女に回すようになった。彼女はこれも疑いもせずに完璧にこなした。仕事が評価され異例の若さで出世し、副隊長にまで登りつめたが部隊の中では孤立していった。
そして事件が起きる。
王都内で長年探し続けていたスパイの発見の情報が入り、黒鷲部隊はすぐさま出動した。
黒鷲部隊の特徴は戦闘能力の高さではなく、臨機応変に様々な対応ができる汎用性、そして自己完結性にある。
捜索、追跡、戦闘が同時に出来る唯一の部隊。カルメンは一人でそのすべてが出来た。
「拙は一人でやる。他は隊長殿の指揮通りに動け」
新人が単独行動するも誰も文句は言わなかったし、興味が示さなかった。
入手した情報を元に着実に敵を追い込み、ついに発見に至る。
スパイは狭い路地に隠れていた。時刻は昼。出歩く人は少なかったがいなくはなかった。
彼女は結果を急いでいた。
戦場でやるようにすぐさま得意の拳銃を抜き、狙いを定めて発砲した。
弾道は正確だった。そのまま行けば弾丸はスパイの足に当たり動きを封じられると思った。
しかしそうはならなかった。
「足はえー!! おいつけねえ!!」
「あきらめるなよ! 鬼ごっこにならないだろ!」
子供が突然横切る。甲高い発砲音は遊びに夢中で聞こえなかった。
楽しい遊戯の途中。まさか次の瞬間に弾丸が眉間を貫くとは誰も思わない。
こうしてカルメン・エチェバリアは何の罪もない子供の命を奪った。
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