第26話 家族団らんとアレクシス嬢
村長の家には選りすぐりの若い男たちが集まった。
アレクシスはその男たちを左から指さしていく。
「……平均顔、平均顔、平均顔、一個飛ばさずに平均顔……薄々こうなるとわかっていましたが、そろいもそろってモブ顔ですわ……」
結果は無残なものだった。
まるで村をけなされたようで村長は躍起になる。
「おいおい、その言いぐさはないだろう! 個性や印象は薄いかもしれんが気のいい奴らばっかりだ! 特にこのダニエルは母親思いで、どんなに寒い日でもあかぎれしやすい母親に代わって皿洗いをしてるんだぞ!」
「僕はダニエルじゃありません、ディビッドです」
「すみません、私が求めているのは心温まるエピソードではなくイケメンですの。これはお見合いではなく、鑑賞会……いや顔賞会か」
「つくづく頭のおかしい女だ。付き合ってられん。お前ら、もういい。各自仕事に戻ってくれ。付き合わせて悪かった。それとダニエル。これからもお母さんのこと大事にしてやるんだぞ」
「僕はダニエルじゃありません、デイビットです」
ダニエルたちは納得いかないながらもぞろぞろと帰っていく。
成果を得られなかったアレクシスは机に突っ伏す。
「あー、早くお会いしたいですわ、マイフィアンセ……やはりあなたのお顔はカスタネット王国の至宝……」
瞼を瞑れば幾千のカルロスの顔が浮かぶ。
しかしこれはマッチを擦って現れた七面鳥のような幻。腹を満たしてはくれない。
「早くそのお顔を拝みたいですわ……でもお会いするにもまずは
「だめだこいつ。言ってることおかしいわ」
村長が悪口を言っても反応しない。
「やーっと見つけたわ! お嬢ちゃん、これ見て見て!」
奥さんが持ってきた一枚の紙を意気揚々と見せつける。
それは精巧な似顔絵だった。毛一本まで緻密に描き込まれていた。
アレクシスもこの似顔絵に惹きこまれる。無論技術の高さにではなく、描かれた伊達男に。
「まあ素敵ですわー! 野に咲く花のようですわー! ちょっと髪型は田舎臭いですが身なりを整えて誇らしげに背筋を伸ばされているのがクールアンドキュートですわー!」
はしゃぐアレクシスの横で、
「お前、まだそれを捨てずに持っていたのか……」
村長が呆れ果てていた。
「いいじゃない、似顔絵一枚くらい場所を取らないんですし」
奥さんはほほほと笑う。
「お母さま、これはどちら様ですのー!? 直にお会いしてみたいですわー!」
「誰だと思うー? 実はねー、もう会ってるのよー」
「嘘です、嘘です! こんなイケメンすれ違ったら絶対に忘れませんわー!」
「気づかなくてしょうがないわよねー! それはね、私の夫よ。会ったばかりの頃のなんだけどね」
「へえー! お母さまの旦那様ですのー! お母さまの……旦那様……」
ギギギと壊れかけのからくり人形のように首を動かし、似顔絵のモデルを見た。
「ふう、イケメンか……嬢ちゃん、頭はおかしいが見る目はあるようだな……」
村長はもうすでにない前髪をふぁさっと持ち上げてドヤ顔を浮かべる。
そう、彼はイケメンだった。イケメンだったのだ。
現在の彼は絵画では一本一本緻密に描かれていた髪の毛はすっかり禿げているし、伸びていた
「お嬢ちゃん、悔しいかい? この俺の若い頃にときめいちまって、さ」
投げキッスをして煽り立てる。
アレクシスはというと、
「いいえ、悔しくはありませんわ。ただつくづく……時間は残酷だな、と」
「じわりとガチめに涙浮かべてるんじゃねえ。憐れむな、憐れむな」
目じりに浮かんだ涙をハンカチで拭いていると誰かがドレスのスカートを引く。
「お姉ちゃんにいいこと教えてあげる! おにいちゃんは、その絵とおじちゃんとそっくりなの!」
アナベルだった。そして耳寄り情報を教える。
「ええ、その通りなのよ。顔はそっくり。でも中身は息子のほうがしっかりしてるわね。あと身長も高い」
「おい、母さん! 俺だって結婚してからは真面目だったろう!」
「否定になってませんわね」
アレクシスはほほほとほほ笑む。
「あいつがしっかり者なものか……突然俺は騎士になると言い出して村を飛び出しよって。しかもよりにもよって南の領主のほうに志願するし」
「結果的にはよかったんじゃない? ちゃんと仕送りは来るし」
「金の問題じゃない、これは人と人の付き合いなんだ。まったく忌々しいが、村を存続させるには北の領主の顔を立てなくちゃあならん。それなのに村長の息子が南の領主に志願しに行ったなんて知られたら」
「こんな小さな村、北の領主様はいちいち気にしてませんって」
「わからんだろうに! まったくお前ってやつは能天気なんだから、昔からそう!」
話が逸れそうだったのでアレクシスが介入する。
「村長さん。そういうこと言うとまた喧嘩始まっちゃいますわよ」
アナベルが腕で大きなバッテンをつくる。
「けんか、だめ!」
村長は深呼吸してアンガーマネジメント。
「そうだ、そうだな、いかんいかん。もう喧嘩しないと約束したんだった」
奥さんは手を叩く。
「そうだわ、パブロと会ってみるのはどう? あ、パブロは息子の名前ね」
「ふん、あいつと会うのは無理な話だ! 父親であるこの俺がいくら呼んでもこないからな!」
「綺麗なお嬢さんがいるって言えば飛んでくるわよぉ! せめて一日、ね!」
前のめりになって話を進めようとする奥さん。何かしらの狙いが透けて見える。
「あの、お母さま、お気持ちはうれしいのですが、こう見えて急ぎの身。もうまもなくここを発とうと考えていますの」
「え、え、もう、行っちゃうの? もっとゆっくりしていけばいいのに」
「事情はお話しできませんがこうしてる今も差し迫っているのです。なにとぞご理解くださいまし」
「そう、そこまで言うならあきらめるしかありませんね……ああ、あなたみたいな嫁がほしかったわ」
「お母さま、本音漏れてますわよ」
「あなたが貴族だからじゃないの、あなたのような立派な女性がいたら母親としてね、なにかと心強いのよ。それでうちの息子どう? あなたの目からもイケメンに見えるでしょう?」
「ついさっき諦めるって仰ってませんでしたか?」
「うちの息子どう?」
「押し切るおつもりですか? まだお会いしてませんので」
「イケメンだよ、どう?」
「すみません、婚約者がいますので」
「そっか……」
「まあつい先日婚約破棄されたのですが」
「それじゃあ!?」
「イケメンに婚約破棄されましたが面食いなのでぜってえ復縁してみせますわ!」
「そっか……」
力強い
そして現れる第二の刺客。
またもアレクシスのドレスのスカートは引っ張られる。
「おねえちゃん、いっちゃうの……?」
「ええ、行かなくちゃなりません」
「いっちゃ、やぁ」
「さみしい思いをさせてごめんなさいね、アナベル」
アレクシスはアナベルの身体を包むように抱きしめた。彼女の身体は砂糖菓子のように甘い香りがした。
「でもわかってほしい。私は愛する人の、そう、家族のために行かなくちゃならないの。家族の大切さは、アナベルのほうがよく知ってるとおもうの」
「ん、わかった」
あっさりとアナベルは納得した。
「ふふふ、聞き分けがいいのは助かりますが少し寂しいですわね」
「でも、また、あそび来てね」
「ええ、それでしたら指切りでもしましょうか」
「指切り?」
「約束のおまじないですわ。こうやって小指と小指をからめますの」
小指同士を絡めて軽く振る。
解いた後もアナベルは名残惜しそうに見上げる。
「お姉ちゃん……ほんとにまた会えるよね?」
「当然ですわ。淑女は約束を守るものですの」
決まった。アレクシスは心の中でガッツポーズする。
特に理由はないが子供の心に輝く心象を残したかった。本当に特に理由はない。そうしたいだけだった。
格好よく玄関を出ようとする。
しかし玄関の扉は触れる前に勝手に動く。
「親父ー! 盗賊がでたって本当か!?」
向こうから甲冑を着た伊達男が現れた。
「その声は、パブロか!? どうした、いきなり帰ってきて!」
「村のすぐ近くで盗賊が出没したと聞いて、居ても立っても居られなくなってさ……! 抜け出してきちまったよ!」
「バカ野郎! 男が仕事を放り出して実家に帰ってくるとは何事か!」
「はあ!? そんな言い方ないだろう! 心配してきてやったのにさ! 少しくらいは役に立つところ見せてやるよ!」
「とっくに解決しちまってんだよ! そこの頭のおかしい淑女のおかげでな!」
パブロはようやく実家にいる見知らぬドレス姿の女性に気づく。
「すみません、レディ。挨拶が遅れました。私はパブロです。領主イバン様の元で騎士の見習いをしております。あなたのお名前は?」
「イ……」
「イ?」
「イケメンですわあああああああ!!! とびっきり背の高い、素材型!!! 磨けば宝石になりますわよ、これはあああああああ」
「……あとつかぬことをお聞きしますが、どこかでお会いしましたか? お顔に覚えがあるのですが」
「口説かれてしまいましたわあああああなんて手が早いのでしょおお婚約者いる身なのに心がゆれてしまいますわあああ」
身もだえるアレクシス。不意打ちのイケメンに身も心も幸福に満ちる。
一方でパブロは、
「あ、あの、親父、母さん、この人…………正気?」
淑女で、恩人を、つい指さしてしまう。
「俺にもわからん」
「おもしろい子よねえ」
アナベルはけらけらと笑う。
「おねえちゃん、おもしろーい!」
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