第24話 励まされるアレクシス嬢
日が昇る。荷車を引いた馬がせっせと走る。平和を取り戻した北の街道にすがすがしい風が吹く。
「見ろよ、この風景をよ。村の若いやつらは何もねえ何もねえと言いやがるがよ、こんな美しい風景があるんだよ」
村長は巧みに馬を操り、村へと向かっていた。
「いやぁ、しかしちょうどよかったのぉ! 商人の荷車が無事で! おかげで捕まえた盗賊どもを村まで運べるからの!」
荷車には気絶した盗賊たちが縛られた状態で積まれていた。
「嬢ちゃんもえぐいことやりよる! ゴリアテは乗らないからって腱を切断し傷口だけ塞ぐ治癒を施すなんてよく考えるわ! あれなら目を覚ましても悪さはできないな!」
いくら話しかけても返事がない。村長はちらりと後ろを見るとアレクシスは確かに乗っていた。ただし膝を抱えて、いかにもといった様子で殻にこもっている。
「お前さんは貴族なのによくやってくれたわ! 村に帰ったらなにかお返ししないとな! お返しといっても今は実りの悪い野菜しかないがな! 見てくれは悪いが味は悪くない! そこは保証する! 楽しみにしててくれ!」
「……私なんて……淑女じゃありませんわ……」
朗らかに気さくに話しかけてもジメジメとしたカタツムリのまま。
元来短気な村長はしびれを切らした。
「もう、我慢ならん!」
一旦馬を止め、アレクシスのもとへ。そして恩人の女の頭にゲンコツを落とした。
「あいたーー!!? なにをしますのー!!??」
「こーら、小娘! 年上の人間が気を使って話しかけてるんだ! 返事くらいしろ!」
「まあ! そんなことで女性の頭を殴りますの!? 嫌ですわ! 重ねた時間でしか威張れない人って!」
「……フン、ちっとは元気が出たみたいだな」
怒りながらもまんざらでもない顔をし、馬を操りに戻る。
「……小娘。俺の傷のことを気に病んでるのか? それとも別のことか?」
「えと、それは……」
「図星か」
「……村長ってば意外と鋭いのですね」
「おう、そうだ。俺は村一番気の利く男だ。昔は女たらしでモテてたんぞ」
「まあ、本当に全然……一切これっぽちも……想像できませんわ……」
「……そう、俺はモテる男。精神的に弱っている小娘の発言でいちいちイラついたりはしない」
馬は走りだした。会話は途切れず、アレクシスから話をかける。
「私は自惚れていましたわ……自分はパーフェクトな淑女だと……誰よりも幸福であり、誰よりも幸福を振りまく……そんな淑女になれたと、思っていましたわ。だから憧れの人にも振り向いてもらえたとそう思っていましたわ。でも、ぜんぜん、だめですわ。私ってば他人の安否よりも、自分の都合を優先させてしまいましたの。これでは……最愛のあの方に会う顔がありませんわ」
ぽとり、ぽとり。水滴が落ちる音。
「お前さん、もしかして泣いて」
「村長! 振り返らないでくださいまし! 淑女は愛する人を失った時以外に涙は流しません! これは涙ではありません、鼻水ですわ!」
「それも淑女としてどうなんだよ!」
アレクシスはハンカチで顔を拭いた。
「……うう、会いたい……でも会う顔がないですわ……」
元気になったと思ったら、またジメジメとし始めた。
「おい、小娘! それくらいなんだってんだ!」
村長は若者を一喝する。
「会う顔がない!? それはこっちのセリフだ! 俺は村を出る前に、がらにもなく手紙を書いたんだぞ! 妻と、アナベルと、息子にだ! 俺はこれから妹家族の敵を取りに行く、たぶん生きては帰ってれないだろう、しかし必ずやにっくき盗賊を道ずれにしてやる、最後までワガママに生きてすまない、許してくれとは言わない、ああ妻よ、お前を散々ののしったがこの村、いやこのカスターニャ王国にもお前ほどいい女はいない、愛している、とな! それがどうだ、ふらっと現れた貴族の小娘に活躍を奪われるところが足を引っ張る始末! ああ、恥ずかしい! 今すぐ死んでしまいたいわ!」
手綱をばちりと力強く叩くと馬が加速する。急カーブを荷車が傾きながら突き進む。
「ちょー!!!? せっかく助かった命なのですから、早まらないでくださいまし!!?」
「でもな、会いたいんだ!! 恥ずかしい!! でも村に、家に帰りたいんだ! なぜならそこが俺の帰る場所だからだ!! おかしいか、小娘!!」
ドゴーン!
あまり整備されていない道。段差がジャンプ台となり一瞬空を飛ぶ。
「おかしくは、ありませんわ!!」
「そうだろう!! じゃあお前もそうするといい!! 貴族のお前は、平民の俺よりも選択肢に恵まれてるんだから!! そうすりゃいいだろう!! 目の前に幸福があるのに見ようともしない、遠ざけようとするなんて、俺は許さんからな!!!」
「……はい!!」
村が見えてきた。
「村長! もういいでしょう! 減速してくださいまし!」
アレクシスがそう指示するも、
「……すまねえ、馬が興奮しちまって減速してくれねえ」
「何してやがりますの、このジジイーーーーーーーーーーーー」
あわや大事故になるところだったが間一髪、元の馬の持ち主である商人が現れ、馬を落ち着かせ事なきを得たのだった。
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