二卦・やぁやぁ、面倒ごとがやってきた
白梅が須弥の村を出て一か月。
道中の旅は思うよりも順調で、悪鬼羅刹に襲われて
ちなみに男装への変装状態は僅か数日で解けてしまったため、途中からは開き直って15歳の年相応の姿で旅をしています。
白梅を襲撃するものが増えれば増えるほど彼女の懐は温まり、祖国でもある神泉華大国の城下町の一つ『
見た目はただの旅人の白梅、荷物といえば肩から下げている鞄一つと、杖代わりの竹杖一本。
着替えや金銭は全て、子丹大老が夜鍋して作ってくれた『雲仙袋』という無限にものが収まる鞄に詰め込んであります。
そもそも彼女は身を護るための武具は一切付けておらず、家のしきたりで金物系の武器や防具を身に付ける事は許されていません。
それゆえ、白梅が普段から愛用している武器は竹棍一振りのみ。
たったそれだけで、百を優に超える盗賊を相手に引けを取ることなく無事に来れたというのも、全て村での修行の成果であると白梅も理解し、奢ることなく日々を過ごしています。
──ガツガツムシャムシャ
「あ、おばちゃん、この紅焼肉と肉饅頭を使いで、あとは、白酒もお願い!」
忙しそうに走り回る店員に追加注文をして、白梅は懐から代金を取り出して卓の上に置く。そしてすぐさま店員が追加料理を持ってきて、その代金を懐に入れてから料理を卓に乗せていく。
その単純なやり取りをも楽しみつつ、白梅はのんぴりと食事を続けています。
特に決まった目的があって村を出てきたのではなく、世界を見てみたいから飛び出してきた彼女。
だけど、いざ神泉華大国の城下町・
そもそもが武術一辺倒な生活を行っていた彼女にとっては、何もかもが飾り付けられて華美に仕上げられた『中身のないもの』にしか感じることが出来なかったのです。
そんな中でも、彼女にとっては美味しい食べ物や飲み物は虚飾のない本物であり、満腹になって店から出てきた彼女の懐を狙ってくる
それゆえに、今、別卓で発生した揉め事には大変興味があったのです。
「……田舎官吏と、近所の暴徒の喧嘩かぁ……」
長箸でひょいひょいと辛めに炒めた豚肉を掴んで口の中に放り込みつつ、もめ事を観察している白梅。
「でも、この城下町の官吏にしては、ずいぶんと物腰が柔らかすぎるよなぁ」
この国で官吏を行うには、ある程度は腕っぷしに自信があるべきである。
50年前に起きた北方蛮族の侵攻、それを先代皇帝が食い止めたのも、彼の元に集っていた四十八豪傑たちの力があってこそ。
それ以降、平和な時代でも心身ともに鍛えることが推奨されていたのであるが、現皇帝が即位した十二年前以降は、それほど武については推奨されることは無くなったという。
「あーあ。あの清蒸(チンジョン)、手もついていないのに勿体ないなぁ」
頬杖をつきつつ食事を続ける白梅。
うら若き乙女の礼節としては決して褒められたものではないのだが、周りの客は彼女のそんな仕草を咎めるよりも喧嘩の行方が気になって仕方がない。
町の食堂の喧嘩など、この端陽の住民にとっては娯楽の一つにしかすぎず、しかも喧嘩相手は国に仕えている官吏である。
この付近は暴徒たちが適当な金持ちに難癖をつけ、喧嘩に持ち込んだ挙句に一方的に痛めつけ、財布の中身を巻き上げるまでがお約束のように行われている地域。
所詮、国に仕えている官吏には下々で生活している庶民の苦しみは分からないだろうとか、金持ちには俺たちの生活のつらさが判らないだろうとか、とにかく暴徒が難癖をつけているものの、卓の前で食事を取っていた官吏はヘラヘラと笑っているばかり。
「あ~あ、こりゃあ止めに入らないと死人がでるか。面倒くさいなぁ」
椅子を引いて立ち上がると、白梅は持っていた長箸に仙気を纏わせ、一瞬で官吏と暴徒の間に飛び込む。
そのあまりの速さに周囲の客は気が付くこともなく、ただ、官吏に向かって叩き込まれそうになった拳を、突然姿を現した少女が長箸で逸らすところしか理解できなかった。
「な、な、なんだてめぇ、何処からでてきやがった!!」
「どこからも何も、そこの卓で食事をしていた普通の客だよ。人がせっかく美味しい料理を食べていたっていうのにさ、こんなところで血袋を見せつけられるようなことをするじゃねぇよ」
「ふん。血袋になるかどうかは、そこの官吏の出方次第だよ……」
「いや、血袋になるの、あんたたちだから」
──ヒュヒュンッ
白梅が面倒臭そうに呟くと、官吏を囲むようにしていた男の二人が、白梅に向かって殴りかかったが。
それを体を沈めて躱すと、暴徒の一人の背後に回り込み、その膝裏を長箸で力いっぱいぶん殴りつける。
「うぉわっ!」
重心が崩れ背中から地面に倒れると、白梅はそのまま暴徒の鳩尾に向かって拳を力いっぱい叩き込む。
ゲフッと口から何かを噴き出し意識を失ったので、白梅はすくさま振り向いて殴りかかってくる別の暴徒の拳を箸で受け止めると、そのまま近くの卓にあった饅頭を手に取り、その口に向かって押し込んだ。
「ムゴムグゴモァ!!」
「おしゃべりしながら物を食べるなって。ほら、是でも呑んでおけって」
近くにある水がめを掴んでひょいと持ち上げると、その中の水を顔面に向かって力いっぱいぶっかける。この時、ほんの僅かだけ水に仙気を纏わらせ硬度を増していたので、ただの水をぶっかけられた暴徒は丸太で顔面を殴られたかのような衝撃を受け、その場で失神した。
「ほら、次は誰が相手だい? あと一人ぐらいぶっ飛ばさないと、そこで賭けをしている胴元が設けそこなうんでね。ほらほら!!」
白梅と暴徒が喧嘩を始めた瞬間、近くに居た賭事師が胴元となり賭けが始まった。それをちらっと見ていたので、白梅もあと一人ぐらいはぶっ飛ばしたいところであるが、暴徒たちが立ちあがりフラフラと酒場を後にしてしまったので興が覚めてしまった。
「ありゃ、ちょっとやり過ぎたかなぁ……まあ、いっか。官吏のにーさん、危なかったな……」
「いえいえ、あの程度の暴徒ごときに遅れは取ったりしませんよ」
笑いつつ返事を返す官吏だが、その腰に下げられている剣と、越布に填めてある佩玉を見て白梅は頷いた。
越布の佩玉は羊脂玉で作られたもの、そのようなものを普段使いの華服に飾れるほどの裕福な官吏など、この国には存在しない。
もしもいるとするのなら、それはこの国の王族か、その関係者。
しかも白梅の目で見た官吏の身体は研ぎ澄まされた剣の如く、羅紗で編み込まれた華服に隠れた体つきも鍛えられた武官そのもの。
かつての四十八豪傑の一人、白眉の麗人と歌われていた
「では、私はこれで……」
「ああ、またどこかで会えたらな」
「ええ、良き縁がありますように」
そう笑いつつ頭を下げて、白梅は酒場を後にします。
彼女の危険察知能力が、ここにいては危険であると告げていたのです。
(やばいやばい、予想以上に危険人物だよ。とっととずらかって、宿にでも引きこもろう)
そう算段を立てた白梅は、適当な買い物を済ませて急ぎ足で宿へと戻っていきました。
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