昔語り 三人の幼馴染(物語の小さな欠片)

「カルシャークのところに行こう」

 ラジャクはティルにそう言うと、春の陽気に包まれた聖山のなかを歩き始めた。


 山々の間を渡る風はまだわずかに冷たさを含んでいたが、どこか温かみも感じられる。優しい陽射しがそよ風に揺れる若葉を照らしており、その木漏れ日が地面にやわらかな光を落としていた。


 部屋を覗くと机の上に書物を積んだカルシャークが静かに座っていた。彼はちょうど頁をめくろうとしていたところだったが、ラジャクとティルの足音に気づくと、少し驚いた様子で顔をあげる。

「久しぶりだね」

 本を片手に、カルシャークが緊張した様子のティルに声をかけた。

「本当はあれからすぐにでもまた会いに来たかったんですけど、ウォーティス様に弟子入りしたばかりでしたので余裕がなかったんです」

 どこか気まずそうに声の調子を落とすティルに、カルシャークは気にしないでほしいと笑みを浮かべた。

「ティルがこのあたりまで来たのはあの頃が初めてだったのかな。それまで会ったことがなかったよね?」

 カルシャークは記憶を手繰るように、小首を傾げる。

「そうですね。このあたりは僕たちにとって特別な場所なので、ウォーティス様の付き添いでなければ来ることがなかったと思います。初めて来たのが一年半くらい前で、まだ六歳のときでした」

「そんなことよりさ」

 ラジャクが話題を変えようとしたそのとき、ふいに窓の外で羽ばたく音がした。小さな影が枝にとまり、鮮やかな羽を揺らす。

「見たことない小鳥だ!」

 ラジャクが声を上げる。瑠璃色の小鳥の羽の先には微細な桜色の模様が浮かびあがっている。

「珍しいね、季彩鳥きあやどりだ。季節で模様の色が変わるって聴いたけど、不思議だよね」

 カルシャークが答えると、ティルがつぶやくように言った。

「このあたりの動物の一部は、遥か昔にいたとされる幻獣の名残りがあると言われてますね」

 二人がティルを見ると、彼はそれに気づいて少し恥ずかしそうに笑う。

「瑠璃色といえば……」

 ティルは思い出したように、懐から小さな紙包みを取り出した。

「……えっと、その……これ、よろしければ」

 手渡そうとしたが、言葉に詰まりぎこちなくなってしまう。

「なにそれ?」

 ラジャクが身を乗り出して覗きこむ。

「贈り物?」

 カルシャークがその紙包みを受け取ると、なかには栞が入っていた。先ほどの小鳥のような、瑠璃色をした押し花が控えめに飾られている。

「ありがとう。役に立つよ」

 そう言って、カルシャークは目元を緩めた。その一言にティルの表情がほどけて少し緩む。

「ラジャク様にはこれを……」

 ティルが差し出した包みには巾着が入っており、そこには簡素な花の刺繍がついていた。

「これってさっきの押し花と同じ花?」

 ラジャクが弾むように顔を綻ばせる。

「うん。同じ花」

 ラジャクが嬉しそうに指先で刺繍をなぞっていると、ティルが言葉を続けた。

「〝親愛〟〝かけがえのない絆〟……その花の花言葉です」

 ラジャクは一瞬、手を止めてティルを見た。

「……ふーん」

 そっけない声とは裏腹に、巾着を両手で包みこむように持ち直す。

「……悪くないね」

 ラジャクはそう言ったあと、照れくさそうにぽつりと呟いて軽く笑った。

「カル、見て。これ、外で遊ぶのにちょうどよくない?」

「うん。山遊びするときにおやつでも入れておいて、帰りに拾ったものを入れるのもいいだろうからね」

 ラジャクはふと思いついたように、カルシャークの手にある栞に巾着を近づけた。すると、二つの瑠璃色の花が並ぶ。

「お揃いだ」

 はしゃぐラジャクとそれを穏やかに眺めるカルシャークの様子に、ティルがそっと微笑む。それは、以前よりほんの少し柔らかくなったようにみえた。

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