悠久vs海淵③
中央戦場の最前線、〈万能器〉フィラレンテと〈迅雷〉のギルバートが激突する。
雷を纏う剣と骨槍が接触することを嫌ったフィラレンテは、ソードブレイカーを曲刀へと変化させて迎撃。
しかし、雷撃は剣を伝ってフィラレンテの左腕を撃ち抜き軽度の麻痺を引き起こした。
「ワタシの対魔法障壁を貫きますか……!」
「火力の低さには以前、煮湯を飲まされたからな!」
ギルバートは雷系統の魔法を己の装具に浸潤させることで擬似的な
「〈万能器〉よ、アナタのその防御を打ち砕かせてもらう!」
骨肉の焼ける鼻がひん曲がるような不快な匂いと共に、〈万能器〉の巧みな防御の上から確実に体力を削り取っていた。
「〈迅雷〉! アナタも大概、階級詐欺のようですね!」
最低でも金五級ではあり得ない〈
「正直、アナタには今一番来てほしくなかったですよ!」
「警戒してくれていたようで光栄だ!」
「半分は侮りだったんですけどねえ……!」
フィラレンテのギルバートに対する評価は、自分の完全下位互換。
ギルバートは剣術と速射性に優れた雷系統の魔法を高い水準で両立する魔法剣士であり、よってフィラレンテは彼を『自分から多彩さと経験を省いた存在』だと評価していた。
事実、ギルバートとフィラレンテの実力には大きな差がある。通常であれば、わざわざ危険視する必要のない相手。
だが、ストラによって魔法が封殺されている今この時だけは、ギルバートはフィラレンテの下位互換というレッテルを取り払われる。
片手間に張り巡らせた程度の魔法障壁では、金級クラスの実力に足を踏み入れたギルバートの全力の雷を防ぎきれない。
むしろ、下手なリソースの分割はストラの砲撃を防ぎきれなくなる危険を孕んでいる。
「俺も忘れてんじゃねえぞクソアマ! 『隷属 血盟 葬送の円環! 鋼の刃よ、我が血を呑め』!!」
振り解かれた剣をチャクラムに分解したヴァジラが爆炎刃を再生成。
両手に持つ二枚を除いた六枚を飛ばし、前衛をギルバートに任せ中距離戦を仕掛けた。
「もちろん忘れていませんよ! ここに来て手数重視、よく見えていますね!」
フィラレンテはギルバートの参戦により、雷撃による肉体性能の著しい低下を余儀なくされていた。
痺れによる挙動の悪化により彼女のスピードは目に見えて落ちており、それを見逃すヴァジラではなかった。
「テメェはここで殺す! それは決定事項だ!」
ギルバートの攻撃の隙間を埋めるように爆炎刃が飛び交い、フィラレンテの巧みな防御を削り取る。
「火力を上げます! お二人ともうまく避けてください!」
「「応!」」
更に、ストラの魔法砲撃が激化する。
異界掃討作戦の際、即席でパーティーを組んだ経験を存分に活かし、三人の最大火力がフィラレンテをみるみるうちに後退させていった。
劣勢に追い込まれるフィラレンテ。その表情に余裕など一切なく、迫り来る敗北に彼女は呼吸を浅くした。
「……っ、にしても、〈迅雷〉と〈落陽〉に劣らず、アナタも嫌らしいですね……!」
雷と爆炎が吹き荒れ、極彩色の魔法が絶え間なく降り注ぐ。
しかし、そこには確かな間隙が存在し、ごくわずか、フィラレンテが一呼吸おけるタイミングが存在する。
——本来ならば。
雷撃と爆炎刃の隙間を縫うように、トイの短剣がフィラレンテの喉元を的確に襲った。
薄皮一枚裂かれながら、冷や汗を流したフィラレンテが頬を引き攣らせる。
「よく見えていますね!」
「金級に褒められるとは光栄っす!」
海淵軍の一兵卒、トイがあらゆる連携の隙間を埋めていた。
ギルバートやヴァジラ、ストラのような階級詐欺の実力はない。
だが、周りの呼吸がよく見えている。
リズムが途切れる瞬間、必ずトイが現れてはフィラレンテの自由を奪っていた。
「アナタがいなければもっと楽に立ち回れるんですがね……!」
全てが決定打にならずとも、決定打までの絶妙な“繋ぎ”の力。
実力的に劣りながらも必要充分な仕事を果たす、縁の下の力持ち。それがこの場におけるトイという魚人だった。
「受けに回ったら負けなんで! 畳み掛けるのは格上対策の基本っす!」
「ごもっともですね!」
深海へと引き摺り込まれるような息苦しさに、フィラレンテが徐々に強い疲労を滲ませていく。
周りの人間が一目見てわかる疲労。
「フィラレンテ様の支援を急げえっ! 誰でもいい、今すぐに応援に向かうのだ!!」
「応援を向かわせるな! 決して彼らの戦いの邪魔をさせてはならん!」
ゆえに、ストラたちの戦いが激化するほどに周りのボルテージも比例して上昇していく。
応援を向かわせたい悠久と、邪魔をさせたくない海淵。両者の思いやりとプライドが激突し、激戦を中心に円を描き火花を散らした。
「ご安心を! ワタシは負けませんよ!!」
明確な虚勢を張って、フィラレンテは自分自身を鼓舞する。
幾度となく訪れた逆境。死にかけたことなんて何も今日限りではない。
冒険者とは、死に際も力を発揮できる、そんな存在である。
「『転変せよ、不朽の岩山』!!」
それを自ら体現するように、フィラレンテはストラの砲撃が一瞬遅れた隙を突き、トイの短剣に喉を浅く抉られながらも詠唱を敢行。
踏み抜いた右足を中心に一帯の大地を蹴り砕き、剣山のような岩山を生成した。
岩山の頂点に立つフィラレンテとヴァジラたちの距離が物理的に離され、更に〈万能器〉の頭上に無数の水槍が生成される。
「クソが……!」
たった一手で本来の自分の強みを取り戻したフィラレンテに、ヴァジラが忌々しげに舌打ちする。
その横を、〈迅雷〉ギルバートが疾駆した。
「ストラ! 俺を撃て!!」
瞬きの間に肉薄するギルバートにフィラレンテが瞠目し、一瞬の迷いの後に水槍が射出される。
肩口、脇腹、腿を抉られ。魔法制御を乱し、雷が消失したエルフは、しかし止まらない。
「オオオオオオオオオ——ッ!!」
獣のような雄叫びと共に闘気を迸らせ、全力の一撃をフィラレンテへと叩き込んだ。
「惜しかったですね」
渾身の一撃は、骨槍に阻まれて届かず。
「いいや。届いたとも……たった今!」
「なにを……!?」
ギルバートの背から覗く下方、たった一つ極大の魔法陣を形成したストラが視界に入り——フィラレンテは、今日初めて手を誤ったことを悟った。
「——あれは」
ヴァジラ、或いはトイの追撃を警戒して、ワンクッション挟める武器がある左手をとっておいた。
ギルバートが魔法を再展開しようと、その前に骨槍で撃退する自信があったから。
「『穿て』」
ストラの超短文詠唱から空間を焼き切らんばかりの甚だしい雷撃がギルバートへと放たれる。
ギルバートの装具は、雷を浸潤させる特殊な素材を用いている。
そして今、ギルバートの剣は骨槍と……すなわちフィラレンテと直接鍔迫り合いをしている。
剣がごく僅かに骨に食い込んでしまった以上、即席の魔法障壁ではストラの雷に耐える術はない。
「……やられましたね。見事です」
自らの弱さ、足りなさを計算に入れたギルバートの不意打ちに、フィラレンテは素直な賞賛を送った。
ゼロコンマ2秒の後、雷が到達し。
両者を雷が焼き払った。
◆◆◆
「おい、助っ人エルフ。生きてるか」
「……無論だとも。俺は、雷には多少耐性があるんだ」
冒険者になる以前から側にいた雷系統の魔法。
エルフとして長い時を生きる中で少しずつ培われた電気への耐性が、両者の明暗を分けた。
「ギルバートさん、ご無事で何よりです」
「ん? ああストラか。君も大概、エトラヴァルトたちの同類らしい」
「褒め言葉として受け取ります」
撃て、とは言ったものの。
はいもいいえもなく躊躇いなく全力の雷撃をぶっ放したストラにギルバートは少なくない畏れを抱いた。
ストラに畏怖するギルバートを放置して、トイとヴァジラは崩れゆく岩山の奥に倒れ伏すフィラレンテを観察する。
「ありゃ完全に伸びてるっすね」
「ああ、できれば確実に殺しておきてえところだが……」
視線の先、殺意を滾らせる悠久軍にヴァジラは苦い顔をした。
「この体たらくでアレを相手にすんのはちとキチィな」
まず間違いなく、全力で守りに来る。
死に物狂いの相手を蹴散らせるだけの体力は、彼らには残っていなかった。
「ヴァジラ! 貴方一回下がって休みなさい! ストラさんに、他のみんなも!」
激戦の末勝利を掴んだヴァジラたちに、アリアンが手を振って後退を促す。
「ピルリルが後ろで準備してるから、さっさと戻って、元気になってからもっかい出るわよ!」
「ああ、わかったわかった! 今行くからぴょこぴょこ跳ねんな!」
ヴァジラは散らばったチャクラムを拾い集めながら『騒がしい奴だな』とぼやく。
そのまま戦場に背を向け治療に下がろうとした、その時。
「——いやあ、見事にやられちゃいましたね」
意識を失ったはずの女の声を聞いた。
『——っ!!?』
戦場の全員の驚愕を集める。
困惑する悠久軍の奥から、五体満足の金一級冒険者、〈万能器〉フィラレンテが姿を現した。
「——油断も侮りもなかったので、単純にワタシの完敗でした」
「テメェ、双子だったのか……!?」
焼死体のような有様で地に伏せるフィラレンテは変わらず存在する。
であれば、今彼らの目の前に姿を現した女は、一体何者なのか。
「双子ってアナタ、結構面白い発想するんですね」
フィラレンテと瓜二つの女は可愛らしくウィンクを決めてみせる。
「ワタシはフィラレンテですよ。正真正銘のフィラレンテ」
「でも、〈万能器〉とはもう名乗れないですね」
フィラレンテの隣から、もう一人の……三人目のフィラレンテが登場する。
ヴァジラは、恥も外聞もなく叫んだ。
「一体どうなってやがる!!?」
「いやね、ワタシって凡人なわけですよ」
一人、また一人と増えていく。
「アハトのように概念を持っているわけではないし」
「ロードウィルのように博識でもない」
「タルラーのように戦いが大好きってわけでもなく」
「シャクティのような妄執もない」
「どうしようもなく凡人なんですよ」
声、抑揚、口調。
顔、背丈、衣服。
癖、仕草、呼吸。
全てが、同じだった。
十人、二十人と戦場に出現したフィラレンテに、味方であるはずの悠久軍すら恐怖に慄いた。
「フィラレンテ様が、何人も……!?」
「ど、どうなって……ゆ、夢!?」
そんなことを知ってか知らずか。
フィラレンテは、吶々と自分の身の上話を語る。
「ワタシはあらゆる手を尽くしました。負ける度に魔法、戦略、知識、武術……あらゆる手段を増やし続けました」
「でも、限界を知ったんです。ワタシでは、
「そりゃあ、強欲なこって……」
数十人のフィラレンテ。
最早笑うしかないと、ヴァジラは乾いた笑みを浮かべながら軽口を叩いた。
「そうですね。なので、一つの結論に辿り着きました。『——そうだ、数を増やせばいいんだ』と」
カタカタ、パタパタ。
機織り機のような音が鳴り響く。
「なんの音っすか……?」
「皆気をつけろ! 周囲に警戒を——」
困惑するトイ、危機感を露わにするギルバート。
その横で、ストラが声を震わせた。
「み、皆さん。あ、アレを……!」
ストラが指差した先、黒焦げになったフィラレンテが息を吹き返す。
まるで逆再生でもするかのように、天から引かれる糸によって全身が編み込まれ、元通りになってゆく。
「よくできていると思いませんか? 幻惑魔法をデフォルトで仕込むことで、相手の五感に本物の人間と戦っているような実感を与えられるんです」
「まあ、こうして複数操る時は無駄なのでオミットするんですけどね」
「幸い、思考力には自信がありましたから。こうして、うまいこと
声にならない驚愕に揺れるストラたちに、55体のフィラレンテが優雅にお辞儀をする。
『それでは皆様、お初にお目にかかります』
55体の声が一斉に響き、中央戦場全体に宣誓する。
『〈万能器〉改め、〈異界侵蝕〉——』
それは、『悠久世界』エヴァーグリーン、八人目の到達者。
『〈人形姫〉フィラレンテ。皆様どうぞ、お手柔らかに』
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