答え合わせはまた今度

「エトラヴァルト様に源老がお会いしたいと。明日、お一人で登城をお願い致します」


「え……、は!?」


 俺は三人にバレないように超小声で驚いた。

 そのまま、ひそひそ声で侍女に尋ねる。


「げ、源老が?」

「はい」

「俺に会いたいって?」

「はい」

「明日一人で来いって?」

「はい」


 顔色ひとつ変えない侍女の澱みなき受け答えに、俺は思い切り頭を抱えた。


「何故だ……!?」


「理由はお伺いしかねます。私はただ、リントルーデ様より言伝を預かっただけですので」


 まあ、そうだろう。

 こう言っては失礼に値するだろうが、一介の侍女が直接源老から何かを受けるとは考えづらい。……いや、あのメイドの真似事をしていた第四王女みたいな人なら話は別だろうが。


 要するに、拒否の選択肢はないということだ。


「……わかった。何時に行けばいい?」


「登城の時間指定は伺っておりません。ただ一点、条件があると」


 侍女は一度周囲を見渡し、声を顰めて囁くようにその条件とやらを告げた。


「ライラック様には、決してバレぬようにと」


「え、もう行きたくないんだけど」


 仮病を使いたいという俺の願いは、侍女の『ダメです』という言葉に容赦なく粉砕された。




 そして翌日、ラルフが鍛錬を始めた頃を見計らい俺は一人で城へと足を運んだ。


 城は水を打ったような静けさで、俺と、俺を先導するリントルーデの足音だけが響く。


「今日はやけに静かだな」


「昨日までに必要な雑事は片付けたからな。謁見も、今日からは緊急を要するもの以外は全て謝絶している」


「だから俺の謁見もいつでもよかったのか」


「そうだな。だが、少し違う」


 リントルーデは困ったようで、しかしどこか安心したような。そんな複雑な表情を浮かべた。


「これは謁見ではない。言わば、完全なプライベート。源老の……父上の私用だ」


「え、めっちゃ不穏——」


「さて、着いたぞ」


 俺の言葉を遮り、リントルーデは扉をノックすらせずに開け放った。


「父上! エトラヴァルトが来たぞ!」


 元気よく、子供のような溌剌さでリントルーデが告げた先で。


「……そうか。よく、来てくれた」


 たった一人の護衛すら連れることなく、源老ノルドレイは玉座の前で立っていた。

 53歳、中老に差し掛かってなお衰えない漲る覇気は、正しく統治者の姿。


 俺はすぐさま敬礼し、頭を下げる。


「源老。此度の招集の理由をお伺いしても——」


「私が呼び立てたゆえ、いまは畏まる必要はない。頭を上げよ」


「しかし」


 七強世界のトップ相手にタメ口をきく度胸はさしもの俺も持ち合わせていない。(魔王は例外)

 躊躇う俺の肩をリントルーデが叩いた。


「エトラヴァルトよ、大丈夫だ。ここは公的な場ではない。……そうだな、俺の私室に場所を移そうか」


 リントルーデに促されゆっくりと顔を上げた先、源老ノルドレイは断固として首を横に振った。


「リントルーデよ。私は玉座ここを離れるわけにはいかぬ」


「……そうだったな。すまない、エトラヴァルト。少々居心地が悪いかもしれないが」


「大丈夫だ。既に心臓ヤバいからどこでも変わらない」


「はっはっは! だそうだ、父上。もう少し肩の力を抜いたほうがいいな!」


 息子のリントルーデの言葉に、源老は深呼吸をひとつ。

 玉座を下り、俺の前にやってきた。


「エトラヴァルト。君に聞きたいことがある」


「……なんなりと」


 源老は呼吸を繰り返し、どうにも息苦しそうにした後、意を決したように口を開いた。


「君の旅を、教えてほしい」


「俺の、ですか?」


「ああ。君たちの旅を……ライラックの旅を、私に聞かせてほしいのだ」


 呼び立てた理由はこれなのか——思わず視線を横に立つリントルーデに向けると、武人は困ったような笑顔で首を縦に振った。


 ——『親子喧嘩をしているのだ。十年以上、ずっとな』


 思い出されるのは、リントルーデの言葉。


 こう言ってはアレだが。

 不器用な人なんだな、と思った。


「……わかりました。源老が望むのならば」


 拒む理由は、どこにもなかった。


「ああ、ありがとう」


 源老は柔らかな謝辞と共に、少しだけ険をほぐした。



 俺は話した。

 僅か一年と少しの、短くも濃密な旅の記録を。


 《英雄叙事オラトリオ》には刻まれていないらしい、しかし、俺の記憶に焼きつく日々を。


 心苦しいが、流石に『極星世界』での出来事は話せなかった。

 多分、書状にある程度の事情が書き記されていると思うが、彼の地の出来事は乱雑に広めていいものでははない。



 澱みなく道筋を語る俺に、聞き入る源老に代わってリントルーデがあいの手を入れる。


「『魔剣世界』……ここ最近名前を聞かなかったが、まさかそんなことになっていたとは。そして、再建の足がかりにライラックが関わっていたとは……」


 王子という立場を隠してこそいたが、このレゾナの一件もまた、海淵の第七王子が他世界の問題解決に尽力——更に言えば一つの大世界を敵に回したも同義であり。


 リントルーデはしれっと増えた問題に頭痛を覚えたようにこめかみを揉んだ。


「剣闘大会に出ていたことは知っていたが、《終末挽歌ラメント》とも関わりが……。我が弟ながら、随分と派手な旅をしたものだ」


「自分で言うのもアレだが、類を見ない波瀾万丈さはあったと思う」


 互いに互いの心労を察し慰め合う俺とリントルーデ。その横で、源老ノルドレイは目を閉じて静かに俺たちの旅を咀嚼していた。


「……父上、エトラヴァルトがせっかく話してくれたのだ。感想の一つでも言うべきではないか?」


「…………」


「父上?」


「……むっ!?」


 ぱちっと目を開いた源老は、二、三度頷いたあと、告げる。


「うむ……予想を超える過酷に、少しばかり意識を飛ばしておった。すまぬ」


「ええ……」


 堪えきれず困惑が洩れたが、咎められることはなかった。


 今一度、体裁を保つように目を閉じ威厳を放つ源老。

 隣りのリントルーデが小声で「親バカめ」と言ったのを、俺は聞き逃さなかった。


「父上は武に秀でてはいないからな。些か刺激の強い話だったかもしれん」


「リントルーデ、余計なことは言わんでいい」


 やや拗ねたような言い方をする源老。

 リントルーデの『親バカ』という言葉はある程度の真実なのだろう。源老がリントルーデに向ける言葉には温かみがあった。


 ——では、何故。


「……源老」


 俺の声に、ノルドレイが僅かに目を開く。


「俺からも質問をすることを許していただけるだろうか」


「……許す。なんなりと聞くが良い」


 返事は、肯定。

 俺は、無礼を承知で踏み込んだ。


「ラルフと……ライラックと源老が長い親子喧嘩をしているとリントルーデから伺いました」


 それは恐らく、ラルフの家出の原因にもなっている問題で。

 仲間の、友の抱える問題を前に、たとえ無礼に値することであっても、見て見ぬふりはしたくなかった。


「喧嘩の原因を、教えていただきたい」


「エトラヴァルト、それは——」


 表情を強張らせたリントルーデを、源老の左手が鋭く制した。


「良い、リントルーデ」


「……父上が、そう仰るなら」


 リントルーデが一歩引くのを待ってから、源老が口を開いた。


「親子喧嘩という表現は、リントルーデから聞いたのだな?」


「はい。異界掃討作戦の折に」


「……そうか。全く、お喋りな息子だ」


 その声音には俺やリントルーデを咎めるような印象はなく、むしろ喜んでいるような気配が感じられた。


「喧嘩という言葉は、正確ではない。全ては、私の未熟さゆえ」


 源老は、ゆっくりと玉座を振り返る。

 謁見の間は、源老が最も長く1日を過ごす場所らしい。

 ゆえに、外部の攻撃から源老を守るために、ノアの心臓とも言える中央に位置している。


 窓ひとつない部屋の中央で、リントルーデは彼方の城下の景色を見るように焦点をぼやけさせた。


「ライラックに、落ち度はない。あの子の怒りは、最もだ」


 それより先を、源老は語らない。


「……すまぬ。これ以上は語る気にはなれんのだ」


「いえ、十分です。答えていただき、ありがとうございました」


 少なくとも。

 源老がラルフを嫌っていないことだけは間違いないと確信できた。


「……そうか。まだ、聞きたいことがあれば遠慮なく聞くといい」


 初対面の時に感じた威厳は健在なれど、身構えすぎていたのか。こうして近く寄ると、存外話やすい人だ。


「それでは、ご厚意に甘えて」


 念の為リントルーデに目で許可を取り、俺は新たに浮上した疑問をぶつけてみた。


「源老は、ラル……ライラックの身を蝕む呪いについてご存じですか?」


「——」


「…………、ぁ〜」


 俺の目の前で源老は強く目を瞑り、リントルーデは思い切り心当たりのありそうなか細い吐息を漏らして視線を逸らした。


「……リントルーデ、知ってるのか?」


 その反応は予想外過ぎたというか。

 いや、ここまでラルフを見ている二人なら、知らないはずがないと踏んで尋ねたのだが。


「……どうする、父上」


 その『どうする』は、明らかに伝えるか否かの是非を問うものだった。

 暫し、謁見の間に沈黙が流れた。


「……良い」


 その後、短い肯定が入った。

 源老の許可にリントルーデが驚く。


「父上、良いのか?」


「先の質問は、私の感情で一方的に打ち切った。ならば、此度は答えるのが道理というもの」


「父上がそう言うのであれば……」


 明らかに『え? 本当に言うの? 大丈夫?』みたいな不安をまざまざと全身で表現するリントルーデ。


 なんというか、そこにあるのは深刻さではなく……言葉にしづらいな。

 そう、気恥ずかしさのような感情が一番近い。


「エトラヴァルト。この事は、他言無用で頼みたい」


「ああ、わかった」


 頷く俺の肩を強く握り、『頼んだぞ』と念押ししてくるリントルーデの圧に若干怯みながらも、俺は男の言葉に耳を傾けた。


「まず、貴殿の予想通り、俺と父上は……いや、俺たち源流血族の直系はライラックの呪いを知っている」


「ええ……。そこまで知ってんのは流石に予想外なんだが。呪いの内容は?」


「無論、全員知っている」


「おおう……」


 気まずそうに告げたリントルーデの前で、俺は静かにラルフの冥福を祈った。

 俺の過剰な反応に察しがついたのだろう、リントルーデが嘆息する。


「その様子だと、貴殿も、ライラックも知っているようだな」


「俺のはあくまで推測だけどな……異性と性的接触ができなくなる呪いって」


「……そうだな。細部にズレはあるが、大方間違っていない」


 ラルフ、アレを家族全員に知られてんのか……めちゃくちゃ生き地獄じゃねえか。アイツはどれだけ不憫と不幸を引き寄せればいいんだ。


 この事実を知ったら、奴はまた家出したくなるのではなかろうか。


「……さて。ここから先は、俺と父上、あと第一王子ベラム第一王女アイナンナの四人しか知らぬことだ。——呪いの根源、正体について」


「…………」


 緊張から喉を鳴らした俺にリントルーデが告げる。


「あの、呪いは——」





◆◆◆





 衝撃の事実を知った夜。

 俺は武器の手入れをするイノリの椅子にされていた。


 ソファは広々と空いているにも関わらず俺の膝の上を占有し、白夜と極夜の手入れをするイノリの頬はハムスターのように膨れていた。


「イノリさんや、ここに居られると俺が動けないんだけど?」


「……エトくん、今日はどこ行ってたの?」


「ん? あー、リントルーデに誘われて、ちょっくら模擬戦を」


 嘘は言っていない。

 ラルフの呪いにまつわる衝撃の事実を知った後、俺はリントルーデと二人で彼が普段使っている訓練施設という名の荒野へと移動し、そこで十戦全敗してきた。


「山みてえな大きさの拳にぶん殴られるのは中々ない経験だった」


 見事に地面とサンドイッチにされた。

 苦し紛れに本数制限した魄導の剣を飛ばしたり、愛剣で叩き切ろうとしてみたが、不発。

 魄導の物質化及び戦闘経験値は、当然と言うべきかリントルーデの圧勝だった。


「相変わらず〈異界侵蝕〉は化け物と言いますか……。それを受けて平然としてるエト様も、大概化け物じみてきましたね」


「前は師匠のしごきで瀕死だったもんなあ」


 手加減はしてくれていると思うが、前の俺なら手加減されてもどうにもならなかっただろうことを考えると、大きく成長しているのは間違いない。


 確かな成長を改めて感じていると、膝上から不満の気配。


「最近、エトくんがまた一人で色々やってる」


「それは……仕方ないだろ。〈魔王〉の野郎の思惑とか色々あるし」


 ぷくぅ、とイノリの不満が頬に現れる。


「それはわかってるけどさあ! もうちょっとこう、私たちとの時間を確保してほしいんだよ! 今日とか! めっちゃプライベートじゃん!」


「……すみません」


 イノリの言うとおり、今日なんかは時間をつくりゆっくりする事はできただろう。

 源老の呼び出しは避けられなかったが、その後の模擬戦は完全な俺の興味なわけだし。


「まあ、エトくんが訓練バカなのは今更だからさ。私も考えてみました!」


「急だな、何を? ……ん? 訓練バカ?」


「明日はエトくんvs私、ストラちゃん、ラルフくんの1vs3をやります! これなら時間確保しつつ特訓にもなるから一石二鳥!」


「ん?」


「「えっ???」」


 唐突に巻き込まれた二人が間抜けな声を洩らす中、俺の膝から立ち上がったイノリが振り返り、ビシッと天へ指を突きつけた。


「これはリーダー権限で強制です!!」


「「「ええ……?」」」


 怒涛の展開で、俺たちの明日の予定は決まってしまった。




 予想開戦時刻まで、あと108時間

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